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[短編]異世界恋愛

貴方は彼に相応しくない

作者: 月森香苗

 女性というのは集団でなければ誰かを糾弾することが出来ないのだろうか。

 そんなことをまさに女性の集団に囲まれた状態にあるイザベラは考えていた。現在彼女がいるのはローズミスト公爵家の夜会が行われている広間の一角である。広大な領地を有するローズミスト家に招待されたイザベラは婚約者と共に参加しており、その婚約者は現在別の知り合いと歓談中である。イザベラもまた知人に挨拶をしようと動き出そうとした時であった。この公爵家の令嬢であるアマーリアとそのご友人方に囲まれたのである。

 公爵家が主催している以上招かれているのは当然身分が保証されており、高位貴族に連なる者たちばかりであるが、そんな夜会にまだ若い令嬢たちが参加しているのは縁を結ぶ為であることは分かり切った事である。

 思い思いに飾り立てたドレスは色が被らないように苦心しているのであろうが、その分どうにも乱雑に思えてしまうのはイザベラがさほど夜会に参加しないからである。濃い赤に金糸で刺繍を施したドレスは婚約者の色である事は誰もが知っている。ローズミスト公爵は招待した以上、パートナーの色を纏ってくるであろうイザベラを立てて娘にはその色以外を身に着けるように命じたはずだ。

 実際はイザベラへの当てつけの様に彼女は鮮やかな赤のドレスを着ているのだけれども。


「イザベラ様、身の程を弁えて婚約を解消するようにと折角忠告して差し上げたのに、まだ実行されていらっしゃらないのね」

「アマーリア様、イザベラ様はなりふり構っていられないのですよ、きっと」

「本当にみっともないこと。辺境の田舎娘ですのにね」


 甲高い声で罵るから周囲がちらちらとこちらを見ているのだけれども、きっと彼女たちは気付いていないのだろう。数名は真顔のまま令嬢たちの顔を確認している。年嵩の男性や女性達は繋がりを広め深める為に来る事もあれば、同時に己の子供たちの相手を探しに来ることもある。この状況が実は目の前の令嬢たちにとって未来を左右するものになっていることは全く理解出来ていないはずだ。そうでなければイザベラがこの場所に留められているはずがないのだから。


「はっきりと申し上げますわ。イザベラ様にレオンハルト様は相応しくありませんの」

「アマーリア様、私にどうしろとおっしゃるのですか?」

「言われなければ分からない時点で貴方に彼は相応しくないというものよ?」

「ではお伺いしますが、どなたであれば彼に相応しいとおっしゃるのですか?」


 レオンハルト様を慕う方は多い。それこそ、目の前のアマーリア様は勿論の事、彼女の周囲にいる令嬢たちだってレオンハルト様へ思いを寄せていることをイザベラは知っていた。彼女たちはイザベラという婚約者を排除するために同じ感情を抱く集団で行動しているのだけれども、そこに矛盾が生じている事に気付いていないのだろう。


「フローラ様、貴方もレオンハルト様をお慕いしていますよね? 仮に私が婚約者でなくなりアマーリア様がその座を射止められたとして、素直にお祝いを告げられるのですか?」

「え?」

「そもそも貴方達全員、レオンハルト様を慕っているのでしょう。私という標的がいるから一致団結しているけれども、別の誰かが選ばれればまた攻撃をする。自分以外の誰かが選ばれるだけで不満なのでしょう? 相応しいとか相応しくないとかではないはずです。自分でないことが不満なのでしょう。違いますか?」


 自分でない人間が選ばれるから不満を抱く。誰が相手でも、結局彼女たちは不満なのだ。


「そもそも、婚約は家と家との契約という事を理解していらっしゃらない時点で、あなた方の方が彼に相応しくありません。恋に溺れるのは勝手になさってください。ですが、レオンハルト様と私の婚約は王家によって命じられたもの。あなた方が解消しろと申し出ること自体、王家への謀反と思われてもおかしくないのですよ?子は親の所有物。子の責任は親が背負うもの。つまり、あなた方が軽率におっしゃるその言葉の責任を誰が取るのか。もうお分かりですね?」


 国王陛下が己の息子である第二王子のレオンハルトをイザベラの婚約者にするよう命じたのには理由が当然ある。それは国の利益の為でもあるし、もっと切実な事情がある。手にした扇を口元に当てながらイザベラは呆れたような表情を隠さない。美しいブルネットの髪の毛を複雑に結い上げたイザベラは空の色だねと婚約者が褒めたその目に嘲りを含める。

 優雅に流れる音楽、人々のさざめき。公爵領で造られたワインの微かな匂い。そして緊張の走るこの空間。


「イザベラ、こんなところにいたのか」

「レオン様。遅いわ」

「ごめんね、ビリジアン辺境伯と話をしていたらつい。で、この状況は?」

「私とあなたの婚約を不満に思う令嬢たちよ」


 婚約自体は5年前とどちらかというと最近のことだが、知り合ったのはそれよりも遥か前。イザベラが3歳、レオンハルトが5歳の頃からだから17年の付き合いになる。愛称で呼ぶことを許され、気安く話すことも出来る関係である上、婚約を結んでからというもの定期的にイザベラの家がある辺境伯領に来ている彼に隠し事はないし、この状況を隠す必要性すらない。


「私が貴方に相応しくないそうよ?ねえ、レオン。私ではなく彼女たちの中から婚約者を選ぶ?」

「あり得ないよ。だって、彼女たちでは私のしたいことが何一つできない。それこそ、彼女たちこそ私に相応しくないね」


 赤い髪の毛、金色の目。王家の色を身に纏うレオンハルトは令嬢たちが憧れる白馬に乗った王子様という端整な顔立ちをしている。外から見ている分には優しそうな穏やかな表情で性格もそうなのだろうと思われがちだが、彼は非常に冷酷だし現実主義者だ。理想よりも実践と結果を重視している性格の悪さを持っている。


「そもそも、私からイザベラに申し出て婚約を結んでもらっているのにどうして他を選ぶと思うのか理解出来ないね。国王陛下も王命で下したこの婚約を解消する理由が分からない。第一、彼女は辺境伯当主という立場であるのに何で君たちは彼女をこうして取り囲んでいるのかな?己の立ち位置も理解出来ない者を私は必要としないよ」


 先ほどから言葉の切れが鋭い。しかしイザベラは止めない。レオンハルトが言うように、イザベラは20歳にして辺境伯を襲爵している。15歳の時に両親が魔獣襲撃に対して撃退している最中に死亡してしまい、イザベラがバーミリオン辺境伯になる事が決まった。この国では男女関係なく長子相続の法がある上、親類縁者の誰を見てもイザベラ以上の魔力持ちがいなかったことが決め手であった。

 国防を担う辺境伯領の中でも最も過酷と言われる北の辺境伯領の思わぬ出来事に国王陛下も即座に対応した。その結果がレオンハルトとの婚約である。誰が婿入りしてもいいとは思っていたが、まさか己の息子を差し出すのか、とイザベラは驚くが元々王位に興味がなく、どちらかというと魔獣や隣国からの襲撃に対して軍略を施し勝利を国に捧げたいと願っていたレオンハルトが己を売り込んできたのだ。あれは最早押し売りである。

 かくして結ばれた婚約に対して反対は殆どなかった。だからだろう、内情を知らない令嬢たちの強烈な嫉妬がイザベラに向けられるようになった。


「それと、ローズマリー公爵令嬢。私とイザベラがこの場に来ることは知っていたはずだよね。当然、イザベラは私の色を纏う事は想定できたはず。それにもかかわらず、そのドレスの色を選んだというのは不調法にも程がある。私はそういう礼儀のなっていない女性を好む事は無いよ」


 とどめを確りと刺したレオンハルトはイザベラの腰を引くとその場から優雅に抜け出す。レオンハルトが来た時点で顔色を悪くしていた令嬢たちは、最早立っているのすら苦痛と言わんばかりになっていたが、それでもイザベラを憎々しげに見ている。彼女たちが今後社交の場に出るのは難しくなっただろう。

 貴族の世界というのは厳しい序列によって作られている。

 王族は別格として、貴族として公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵の順位は覆せない。

 さらに、家族内でも明確な序列がある。爵位を有する当主が頂点であり、その次に後継者。そこから夫人、子息、令嬢である。女性当主も認められている我が国では、後継者になれなかった子息を婿にしてもその者に当主の座が与えられることは無い。厳格な血統管理が行われている為、当主になる為には代々受け継がれている各家門が有する特別な魔道具を起動させなければならない。血と魔力と宣誓により爵位を得る当主の力は当然ながら強い。そして女性は当主にならない限りは誰よりも低い地位に甘んじるしかない。婚姻を結び当主の妻として夫人になればその地位は向上するが、未婚の令嬢の立場というのは実に軽んじられている。

 例えば、子爵当主の女性と公爵家の後継者ではない子息では当然ながら女子爵の方が権力と発言権を持つ事になる。更にいえば、相手が後継者であっても女子爵の方が上である。何故ならば、何時その座を落とされるか分からない後継者よりも既に当主である女子爵の方が磐石なのだから。侯爵家の三男と子爵家の次期当主であれば、この場合は辛うじて侯爵家の三男の方が優遇されるが、どちらかと言えば本人というよりも家に慮っている所がある。

 こういう立場に関しての知識というのは貴族であれば家で家族もしくは家庭教師などから聞いて学ぶことであるし、令嬢であれば茶会などで情報や知識を仕入れることなど容易であったはずだ。

 序列的には先ほどの令嬢たちよりもイザベラの方が上である。その上である彼女に対しての無礼を見過ごすような高位貴族はいない。この夜会に招かれた令嬢はそれなりにいる。その彼女たちから今夜のことが広がるのは時間の問題だ。

 滅多に領地から離れることのないイザベラは社交シーズンに王都にいる期間が短い。その為、参加する会を厳選しているし、招く方も理解した上で丁重に誘ってくる。だからこそ貴重な時間を有意義に使いたかったのに無駄な時間を過ごしたと溜息を零せば、レオンハルトが上機嫌にイザベラの手を握る。


「そもそも俺は君しか見ていないのにね」

「とても重苦しい」


 囁くような声でプライベートの話し方をするレオンハルトに、イザベラもいつも通りの口調で返す。出会ったときからひとめぼれをしたからお嫁さんになってと愛を告げてきたレオンハルトは17年間ずっと愛を告げ続けてきていた。一途と言えば聞こえはいいだろうが、イザベラからしたらその愛情はひたすらに重いものだ。環境が環境なだけに王子殿下を婿に出来ないと婚約の申し入れをレオンハルトがしても父は断り続けてきたのだが、その父が亡くなり、共に戦っていた母も亡くなり、15歳の少女を守るにはそれなりの後ろ盾と支えてくれる人が必要だった。

 領内にいる騎士たちはどこまでも部下であり、共に戦う存在で、イザベラが心から自身の弱さも何もかもさらけ出して委ねて明日へ向かって再び進む為に隣にいて欲しいと思えたのはただ一人だったので、押し売り上等で攻めてきたレオンハルトをイザベラの意思で受け入れた。

 何だかんだ反対していた父もただの親馬鹿で、可愛い我が子を取られたくなかっただけで、軍略を組み立てる頭脳明晰さを見せるようになったレオンハルトを認めていたのをイザベラは知っていた。次に申し込まれたら受けるか、と笑っていたその直後に両親は戦いの中で亡くなった。


「王命だとか何だかんだ言ってるし、先ほどの令嬢たちに恋に溺れるのは勝手にしなさいと言ったけど、結局のところ私たちの婚約って政略に見せかけた恋愛結婚よね」

「そうだよ」


 ダンスホールの中心でくるりくるりと踊る二人の囁くような会話。ターンをするたびにレオンハルトの襟足あたりで結ばれた長い髪の毛がふわりと揺れ、イザベラのドレスの裾も同じようにふわりと揺れる。


「そもそも、君が俺に相応しくないんじゃなくて、俺が君に相応しくないんだよ。だって君は15歳で自分の足で地を踏みしめて両親を喪ってなお戦わなきゃいけない戦場に身を投じたんだから。だから俺は君に相応しくなれるよう今でも必死だよ」

「ねえ、レオン。私ね、貴方のそういうところが好きよ」


 レオンハルトはイザベラを裏切らない、見捨てない、一人にしない。お互いに足りないところを補い合おうとしてくれる。レオンハルトがずっと愛を捧げてくれるから、イザベラもまた彼を愛した。彼ほどの重い愛情をイザベラは返すことは出来ないけれども、それでも自分の中で彼に渡す事の出来る愛は惜しみなく注ぎたいと思っている。


 それから半年後、二人は王都と辺境伯領で盛大な婚姻の式を挙げた。

 戦場に出るイザベラと後方でその頭脳を惜しみなく発揮するレオンハルトは決して隣国からの侵略を許さず、魔獣からの襲撃も撃退しながら国を守り続け、子や孫に見守られながら年老いて死ぬまで常に寄り添っていたという。

10/30追記

思ったよりもご覧いただけているようで本当に驚いています。

この作品は『これが漫画なら見栄えしそうなとこを舞台にしたいなぁ』と思って実に局地的な部分にスポットを当てました。

楽しんでいただけると幸いです。

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