作者の場合
「そうだ。ファンタジー小説を書こう」
二十歳になってしばらく経ったある日、俺はそう思い立った。
そんな俺は、どこにでもいる大学生。
社会に出たら仕事が忙しくなって、自分の趣味に費やせる時間も減るだろうなと思い、学生である今のうちに前々からやりたかったこと……ネット小説の執筆に挑戦してみることにした。
どんなストーリーにするかを考える。
どんな主人公にするかを考える。
どんなテーマを持たせるかを考える。
すごい。これだけでどんどん時間が消え去っていく。
あぁ、俺が設定を考えるのが下手だから時間ばかりが過ぎていくって意味じゃないぞ。楽しすぎて時間が経つのが速いって意味だからな。まぁ、まだ初心者だから、設定考えるのは確かに下手かもしれないけれど。
主人公は、寡黙で不愛想だけど心優しい、ガッシリとした体格の二十歳の青年にした。魔王を討伐する勇者になってもらって、世界中を旅してもらうんだ。
ちなみに作者である俺は、身長は170センチにギリギリ届かず。体格はヒョロヒョロ。この作品の主人公とはまるで正反対だ。さらに言えば、俺は普段からそこそこお喋りであり、その一方でクールな性格に少し憧れている。
はいそうですよ、この主人公には俺の理想をこれでもかと詰め込んでやりました。良いじゃないか小説の中くらい格好良い自分でいさせてくれ。
ストーリーのテーマとしては、主人公は寡黙で不愛想過ぎて、なかなか人々から感謝されないのだけれど、やがて人々はだんだんと勇者の優しさに気付いてきて、最後は世界中の皆が勇者の無事を祈る。そんな感じにしてみた。
おぉ、我ながらこれは、かなり良いテーマを考えたのではなかろうか。
さすがに書籍化なんて、そんな夢は見ない。
俺は初心者だしな。
ある程度の読者や感想に恵まれたら十分さ。
俺の自尊心を守るのも兼ねて、自分にそんな風に言い聞かせて保険をかけながら、俺は記念すべき第一話を投稿した。
作品を投稿し始めて、一か月。
毎日一話ずつ更新している。
作品の話数は三十話ほどになった。
だが、おかしい。
感想も、ポイントも、ブクマの一件も付きやしない。
そりゃあ確かに、いま流行ってる「ざまぁ」とかも「もう遅い」とかも無いさ。タイトルだってまったく長文じゃない。短めだ。今のネット小説の主流からとことん外れている作品だよ。
だからって、こんなにも読んでもらえないものなのか……。
俺は、ネット小説の現実を思い知らされた。
作品を投稿し始めて、二か月。
きっと読者はまだ、俺の作品に気付いていないだけ。
きっと読者はまだ、俺の才能に気付いていないだけ。
自分をごまかすように、自分にそう言い聞かせながら、俺は執筆をつづけた。更新ペースは二日に一回くらいになった。
感想が来ないのは、きっとあれだろ。皆、書くのを恥ずかしがっていたり、面倒くさいから後回しにしてるだけだろ。俺はいつでも大丈夫だから!
物語が進んでいくにつれて、俺の作品は面白くなるんだ。いつか俺の作品の良さに気付いた読者がレビューとか書いてくれて、もっと多くの読者を呼び込んでくれるという未来だってまだあるはず!
それに俺、思うんだよね。一度書き出した作品は、キチンと終わらせないと格好悪いよなって。だから俺は、誰からも応援されずとも、最後まで書き切ってやるぜ!
自分をごまかすように。
自分にそう言い聞かせながら。
俺は執筆をつづけた。
何のために?
作品を投稿し始めて、三カ月。
相変わらず感想もポイントもブクマも来てくれない。
モチベーションが下がってきたんだろうな、更新は三日に一回くらいになった。毎日更新していた時期が、今となっては信じられない。
読者はまだ、俺の作品に気付いていないだけ。
読者はまだ、俺の才能に気付いていないだけ。
そんなある日、作品投稿サイトの「更新された小説一覧」のトップに、俺の作品が掲載されているのを目撃した。やった、ここに載ればきっと、皆は俺の作品に気付いてくれる!
けれど、アクセスは今までと大して変わらず。
俺の隣や下に掲載されていた作品は、俺の作品の何百倍かもわからないくらいのPVを稼いでいた。
あぁ、なーんだ。
気付いていないんじゃなくて、見向きもされていないだけか。
作品を投稿し始めて、四か月。
更新ペースは、相変わらず三日に一回。
この頃になると、俺はだいぶ開き直り始めてきた。
だいたいさ、サイトのランキング作品の上位陣の感想欄を見てみろよ。たぶん心温まる感想より、誹謗中傷の方が多いまであるぜ? あんな感想をもらうくらいなら、俺は自分が好きな作品を好きなように書いていくね。
ポイントが入れば、ランキングに載ってしまう可能性も高くなる。そうなれば、誹謗中傷の感想が来る可能性も高くなる。それはごめんだ。俺は一人静かに、好きな作品を書いていくぜ。
そう思ってるんだけど……。
なぜかやっぱり、ちょっと虚しいんだよなぁ。
他のユーザーと友達になって、それとなく俺の作品にポイントを入れてもらう作戦とかも考えてみたけどさ、やっぱり最初のポイントくらい、ちゃんとした読者からちゃんと読んでもらったうえでの実力で取りたいと思うんだよなぁ。
作品を投稿し始めて、五カ月。
更新ペースは、相変わらず三日に一回。
ときどき、四日に一回や五日に一回になる時もあった。
ブクマやポイント、感想は……言うまでも無いよな?
改めて思うけれど、こんなにも読まれないものなのか俺の作品は!
いやここまで来ると逆にすごいな!
いつまで0ポイントを貫けるか、ちょっと記録に挑戦したくなってくる!
そうでも言わないとやってられないよ。
作品を投稿し始めて、半年。
今月は、一度も作品を更新できなかった。
ブクマ? ポイント? 感想? なにそれ食べられるの?
あぁ分かったよ、認めるよ。
俺だって少しくらいポイントや感想が欲しかった! 書籍化まではいかずとも、そこそこ人気作家としてチヤホヤされたかった! 読者に感想をもらって、その返信で「ここは実はここが伏線になってて、この時の主人公はこう思ってて……」みたいなことを語りたかった!
きっと読者は、俺の作品に気付いていないだけ。
きっと読者は、俺の才能に気付いていないだけ。
自分をごまかすように。
自分にそう言い聞かせながら。
俺は執筆をつづけてきた。
何のために?
そんなの、俺の作品を読んでほしいからに決まってるだろ! こんなサイトに作品を投稿するんだ、作品を読んでほしくない奴なんかいないだろ! 諦めずに頑張っていれば、きっと誰か一人くらいは俺の作品のファンになってくれるかもしれないって、スコッパーとかいう人種が掘り出してくれるかもしれないって、そう信じてずっと頑張ってきたよ!
けれど、ダメだ。
どうやら俺の作品は、どこまで行っても、つまらないらしい。
半年経っても、ブクマもポイントもゼロのままなのが、その証拠だ。
最近、思うんだ。
俺は自分の作品の中で、勇者に随分と過酷な運命を強いてきた。
どれだけ頑張っても、どれだけ戦っても。
まるで呪いのように、誰からも感謝されず、報われない勇者。
そんな運命を勇者に課してしまった俺も、勇者と同じ運命を辿る呪いを受けてしまったんじゃないかなって。
はぁ、何言ってるんだろうな俺。
そんな妄想を垂れ流して、いよいよ俺も限界なのかな。
きっとこのままエンディングまで書き切ったのだとしても、この作品は0ポイントのままなんだろうな。感想もゼロのままで、誰からもお祝いなんてされないんだろうな。
小説にとってそんな虚しいエンディング、他にある?
そんなエンディングのために頑張る意味って、ある?
もう、諦めようか。
勇者、お前だって疲れただろ?
この作品を削除してしまおうと思って、俺は小説情報のページを開く。削除するにはどうすれば良いのかが分からず、とりあえず小説情報のページを下の方へスクロール。この時の、小説の消し方を探している俺の瞳は、たぶん死んだように光を失くしていたと思う。
小説情報のページの、一番下の方。
そこで俺は、信じられないものを見た。
総合評価 12 pt
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え?
なんだこれ?
俺の作品に、ブクマとポイントが入ってる……?
なんか、評価ポイント平均とかいう星が、五つとも青くなっている……?
俺は、混乱した。
混乱し過ぎて、なぜかマイページへと戻ってきた。
すると今度は、マイページの左の方に、見慣れない赤文字があった。
゛感想が書かれました
ふぁー?
震える手でマウスを動かし、俺はその赤文字をクリックしてみた。
この赤文字をクリックすれば「書かれた感想一覧」に飛べるとか知らなかったはずなのに、まるで最初から知っていたように、俺のマウスカーソルは赤文字へと導かれていた。
そこには、こんなことが書かれていた。
『いつも楽しく読ませてもらってます! 勇者が背後の村を守るため、一歩も退かずに魔物と戦っていた場面、とても格好良かったです!』
ああ…………。
我ながら、単純だと思う。
たった一件のポイントと感想で、こんなに身体が打ち震えてるんだもん。
いつも楽しく読ませてもらってます、かぁ。
ずっと最初から、俺のこの作品を読んでくれてる読者さん、いたんだな……。
気が付けば、俺は「新規小説作成」の項をクリックしていた。
目の前には、作品を綴るための真っ白なスペース。
なぁ、勇者。
俺はまだ、書けそうだ。
お前はまだ、行けそうか?
俺はこの物語を最後まで書き切ってみせる。
たとえ、たった一人の読者しか、この作品を読んでくれなかったのだとしても。
一人でもいたら、十分だ。
心からそう思えるくらいに、このポイントと感想は、俺を救ってくれたんだ。