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8.今やれることを


「互いの自己紹介は終わったようだな。では、これより地下墓地へ向かう。ついでだ。ラスティアも同行しろ」

「分かった」

「かしこまりました」


 戦争で死んだ魔族は地下墓地に運ばれるらしい。

 それは名前の通り魔王城の地下にあって、一般兵の魔族だろうが、魔王の腹心とも呼べる幹部だろうが、魔王だろうが、死ねば揃ってそこに放り込まれるのだとか。


「そこにある死体は其方の好きにするがいい。……と言っても、ほとんどが戦争で死んだ者だ。五体満足の死体は無いに等しく、どれも体の一部が欠損をしていたり、細切れになっていたりと目も当てられない酷い惨状だ。肉もほとんど腐り、骨になって地面に埋まっているだろう」


 魔族は葬式を行わないらしい。

 戦争するたびにいちいち葬式していたらキリがないし、他種族との交流をしていないせいで物資もお金も無駄に使うことができない。だから遺された家族には死者の遺品だけを渡して、地下墓地に遺体を運び込むのだとか。


「特に剣聖との戦争で亡くした魔族は、どれも酷い状態でした。遠くから観察していましたが、どれも一瞬にして細切れでしたから……」

「どうだ。使えそうか?」

「……うーん、問題はないと思う。でも本来の姿のまま動かすのは難しいだろうから、死体をつなぎ合わせた合成獣にしたほうが手っ取り早いし、より強力なモノを作れるかな」


 もちろん、それは死体に対する侮辱だ。

 ただでさえ命を冒涜する禁忌なのに、原型が分からないほど改造されて動かされるのは、死んだ本人にとっても、遺族にとっても、許せることではないと思う。


 もう死んでいるとは言え、生前は仲間だった魔族だ。

 魔王やラスティアが嫌な気持ちにならないかなと思って、一応、行動に移る前に大丈夫かと聞いておいたけれど……。


「構わん。どうせ腐っていたものだ」

「死体の扱いに関する全権はアンリに譲渡します。この件について誰も文句は言わないでしょう」


 問いかけに返ってきたのは、冷静な言葉。

 戦争を繰り返して何度も死体を見てきて、そういう感情が薄れているのかな。……ま、反対されないなら私の好き勝手に改造できるから、許可が降りないよりはマシだけど。


「しかし、死霊術で合成獣も作れるのですね。恥ずかしいことに死霊術のことはあまり詳しくなくて、ただ死体を蘇らせるだけだと思っていました」

「死体に限った話になるけど、やろうと思えば基本的に何でもできるよ。まぁ私は芸術とか分からないし不器用だから、適当に肉と骨を繋ぐだけで不格好になるけどさ。でも、合成獣は元になる死体が多ければ多いほど手間も面倒になるから、このやり方はあまり好きじゃないんだ」


 普通なら死体を一つ蘇らせるだけで、膨大な魔力と時間を消費する。

 でも、私が編み出した術式のおかげで、そういった面倒な行程を省略できるようになった。エレシアの時は色々と拘ったせいで完全体になるまで二日も掛かったけれど、ただ蘇らせるだけなら半日程度で事足りる。


 ……と言っても、それは死体一つの話。


 地下墓地にある魔族は、少なく見積もっても千は超えているだろう。

 肉や骨を繋ぎ合わせるだけの簡易的な合成獣だとしても、一週間かその倍の時間が必要になるんじゃないかな。


 剣聖を相手するために、なるべく沢山の駒が欲しい。

 でも、私には時間がない。

 こうやっている間も、エレシアはあいつらに捕まっている。私を誘き出すためなのか殺されてはいないようだけど、いつ相手の気が変わるか分からないから、あまり悠長なことはしていられない。


 そう説明したら、魔王は至極当然のようにこう言った。


「ならば時の流れを遅くしてしまおう」

「え? そんなことできるの?」

「余の力があれば容易だ」


 容易って、普通はあり得ないんだけど……。

 魔王は空間系の魔法が得意なのかな。さっきの空間転移もそうだし、時の流れを遅くするのも、全て空間や時空を操るのに分類される。


「……とは言え、長期間になれば魔力の消費も馬鹿にならん。一日やる。それまでに全て終わらせろ」

「ちなみに、こっちの一日はどれくらいになるの?」

「十日だ」

「!?」


 二度見した。それはもうガッツリと。


「十日!? そんなに!?」

「余が嘘を言うとでも? 本来ならばより引き伸ばせるのだが、一日も継続させるならばこれが限界だ。其方のために全ての魔力を消費する訳にもいかないのでな」

「い、いやいや! それで十分だよ!」


 正直、長くても三日くらいだと思っていた。

 魔力を即座に回復するポーションとか家宝とか使って、死ぬ気で頑張ればどうにか……って覚悟していたのに、返ってきたのはその約三倍。規格外にも程がある。


「魔王、やばぁ……」

「この人は自重を知りません。早く慣れたほうが身のためですよ」


 そう教えてくれたラスティアは、どこか虚しい目をしていた。

 きっと彼女も最初は私と同じだったのだろう。私もいつかは同じようになるのかな。もしそうなら、いつになったら同じになれるのかな。…………そう考えただけで気が滅入った。


「明日、其方を迎えにいく。そのまま幹部会議を開き、其方を他の者どもに紹介する。それが終わり次第、対剣聖について話し合う。休む暇はないぞ」

「…………分かった。死なない程度に頑張るよ」

「うむ。そうしてくれ。この程度のことで死なれては困るからな」


 言い方は厳しいけれど、全くもってその通りだ。

 エレシアは今も一人で頑張っている。騎士団長と剣聖に見張られながら、一人寂しく耐えてくれているんだ。だから私も頑張る。死ぬ気でやらなければ、彼女を奪い返すことすらできないから。


「──さて、ここだ」


 永遠に続くかのように思われた螺旋階段を降り、私達は巨大な扉の前にたどり着いた。


 死霊術士は職業柄、死の匂いにはとても敏感になる。

 だからこそ私には理解できた。この先が地下墓地で、私の想像を遥かに超える数の死体がそこに埋まっているのだと。


 少なく見積って千体?

 その程度で済んでくれていたら、どれほど嬉しかっただろうね。


「食事が必要になった際は、扉近くの魔石を使って連絡を」

「他にも必要な物があれば遠慮せずに伝えろ。可能な限り届けさせる」

「……うん、ありがと」


 一日程度じゃ足りないよ。とは言えない雰囲気。


 そうか。これは私への試練なんだ。

 これくらいしなければ化け物を──剣聖を越えられないという、どうしようもない現実を突きつけられているんだ。


「エレシア・クレイマンの処刑日時が分かった」

「っ!」

「三日後。それが其方にとっての運命の日だと思え。──ではな」


 振り向いた瞬間、扉は重々しい音を立てて閉じられた。


「ああ、分かったよ」


 魔王は、わざと最後になってあの言葉を言ったんだ。

 死に物狂いで頑張らせるため。弱音を吐く時間すらないのだと理解させるために。


「…………本当に、容赦のない魔王だよ」


 でも、おかげで俄然やる気が出てきた。


 エレシアを取り戻す。

 そのためには何だってやってやる。


 だから、


「エレシア──どうか無事でいて」


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