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6.一人を殺すために


「其方、余の配下になれ」


 それを聞いた私の率直な意見としては「何言ってんだこいつ」だった。


 魔王の配下になる。

 それはつまり、魔王軍に入れということだ。


「…………私に、人間を裏切れと?」

「その問いはつまらん。すでに其方は人間の敵になったようなもの。裏切りなど今更だろう」


 その言葉で全てを理解した。

 魔王は私のことを知っている。私が何をしたのかも、私が誰なのかも……すでに調査済みって訳だ。


「狙いは私の死霊術?」

「うむ。死霊術は希少だ。その上、其方の腕は随一だと認めている。人間の愚かさに摘まれるより先に、余が其方を取り込もうと思い、こうして余自ら其方を迎えに来てやったのだ」


 来てやったのだ、って……偉そうに。実際偉いのか。


「其方が人間だからと馬鹿にする愚か者はいないから心配はしなくていい。有能な者は誰だろうと取り込む。たとえ人間だろうと、な」


 魔王は随分と私の能力を買ってくれているらしい。

 でも、


「折角のお誘いだけど、お断りするよ」

「……む?」


 認められているのは嬉しいけれど、それとこれとは話が別だ。


「生憎、私は今すっごく忙しい。魔王なんかに構っている暇はないんだ」


 それに、誰かにこき使われるのは好きじゃない。

 私が『私』を捧げるのはエレシアにだけ。それは魔王じゃない。


「勧誘以外に用が無いなら、私はもう行くよ。いつまでも泳いでる訳にはいかないからさ」


 そっぽを向いて、沖まで泳ぐ。

 そんな私の背中に魔王の声が────


「其方の想い人を助けられる可能性がある、と言ったら?」

「………………チッ」


 やっぱり、そこまで調べていたか。

 エレシアのことは引き合いに出されるかもしれないとは思っていた。でもまさか、今私が最も欲しい言葉が出てくるなんてね。


 この短時間で理解した。


 魔王はとても厄介な相手だ。拒否できないことを知っておきながら、こちらに選択を強いる。あくまでも私の方からお願いする形に持っていくのだから、本当に面倒くさい。


「私に何をさせるつもり?」

「今のうちに目障りな奴を排除しておきたい。其方にその協力をしてもらえれば、余は満足だ。その後は好きなように過ごすがいい。人間との戦争時には各将へ招集を掛けるので、その時だけ働いてくれたらそれでいい」

「随分と優遇してくれるんだね」

「死霊術士には死霊術士なりの働き方がある。其方を前線に立たせるなど、愚かな指示を下すつもりはないぞ」


 もっとこき使われるのかと警戒していたけれど、そんなことは無かった。

 これを守ってくれるかどうかはまだ分からないけれど……魔王が嘘を言っているようには思えない。


「余は嘘が嫌いだ。一度でもそれを良しとすれば、その者の品格が疑われる。それは余にとって不利益でしかないからな」

「そこは誠実なんだね」


 意外と言えば意外なんだけど、むしろ魔王らしいというか……って何が「らしい」だ。

 私は魔王のことを何も分かっていない。

 まだ彼女を信じるには早過ぎる。


「それで、どうする? 余の配下になるか?」

「まだ聞きたいことがある。目障りな奴がいるって言っていたけれど、それは誰? 私がどうにかできる相手なの?」

「それは其方もよく知っている人物だ。……因縁の相手と言うべきか?」


 嫌な予感がした。

 そして、きっとこの予感は当たっている。


「…………まさか、剣聖?」

「正解だ。先日、魔王軍と剣聖の争いがあったことは其方も知っているだろう」


 頷く。その話はまだ記憶に新しい。


「剣聖がすぐに戦争を終わらせて帰ってきたこともね。そのせいで私の計画は狂ったんだ」

「……耳が痛い話だ」


 私の嫌味に、魔王は小さく苦笑した。


「だが、これは言い訳に聞こえるかもしれないが、余はあの争いを勝てるとは思っていなかった」

「どういう意味? わざと負けたの?」

「無論、勝てるならばそれで良かった。しかし、真の目的はそこではない。愚かにも魔王の座を狙う不届き者を『貴い戦死』という名誉を与えつつ一掃する。それが此度の目的だった。そのついでに剣聖とやらの実力がいかほどか確認したのだが、あれは余の想像を遥かに超えていた」


 その言葉に絶句した。

 裏切り者が内部にいること、そいつらを排除するために戦争を仕向けたこと、そのついでに彼らを利用して敵の実力を確かめたこと。それを当たり前のように言い放った魔王の判断と精神が凄いと思った。


「魔王である余が言うのもなんだが、あれは正真正銘の化け物だ。いつか現れる勇者と組まれては流石の余も厳しい戦いを強いられるだろう。ならば今のうちにその芽を摘む」


 たとえ一瞬でも、実際にあれと対峙したことがある私は、剣聖が秘めている異常な力を理解している。

 ……いいや、あの時に見せたのは片鱗だったに違いない。あれが本気を出せばもっとヤバイ。あの時本気を出さなかったのは、単純に周囲への被害を抑えるためと、あの程度の力でも十分に私達を捕らえられる自信があったから。


「剣聖は其方の想い人を監視している。あれをどうにかしなければ其方は目的を達成できず、あれを排除さえすれば両方の利益となる。悪くない案だと思うが?」


 エレシアを取り戻すには、剣聖と騎士団長との戦いは逃れられない。

 私一人じゃどうしようもない問題だった。今から不死者の軍隊を作るのでは遅過ぎる。魔王の手助けを得られるなら、正直願ったり叶ったりだ。


「まずはエレシアを取り戻す。それが条件だ」

「ふっ、余を相手に条件を提示するか。……面白い」


 魔王はニヤリと口元を歪め、こちらに手を差し出した。


「いいだろう。勧誘は保留だ。まずは互いの利益のために協力と行こうではないか」

「その協力、引き受けた。よろしくね、魔王様」


 私はその手を掴んだ。

 再びエレシアを手に入れるため、私はなんだって利用してやる。


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