5.くそったれな青空
──空が青い。
憂鬱な気持ちとは真反対の、雲ひとつない空が広がっている。
「…………あぁ、冷たいな」
私は今、大きな湖の中心に浮かんでいた。
エレシアに投げられ、逃がされ、落ちた先がそこだった。
きっと彼女は、ここに湖があることを知って私を投げたんだろう。
「は、はは……」
乾いた笑い声が口から漏れ出す。
あれは酷いよ。
一番恐れていた二人がやってくるなんて、卑怯でしょ。
死霊術で強化したエレシアでも敵わない相手だった。今頃、彼女はあの二人によって身柄を拘束されているのだろう。
まだ死んでいない。
私が生きているのが、その証拠だ。
……だからなんだって言うのさ。
相手は私をおびき出すつもりだ。エレシアを生かしておけば必ず私が助けにやってくるだろうって、彼女を囮に使うつもりなんだ。
助けに行きたい。
でも、騎士団長だけならともなく、剣聖までもを相手にするのは無理がある。
『剣聖──フィリン・ライトソード』
それまでは噂に聞いていただけの人物だった。
あの女の偉業は何度も耳にしたことがある。それは英雄と呼ばれる十分な素質があって、純粋だった頃の私は彼女に憧れさえ抱いていたんだ。
でも、流石の彼女でも人間の域は超えていないだろうと思っていた。
それがなんだ。このザマだ。
まさか、あれほどの化け物だとは思わなかった。あれは人間の皮を被った人外だ。遥か昔から人類の未来を脅かしてきた絶対悪──魔王──と同等の存在だと言っても、過言ではないだろう。
勝てる訳がない。
私なんかが抵抗しようとしても、あの女にとっては赤子を相手にするのと同じだろう。
だったら、どうすれば良いのだろう。
エレシアを助ける?
今行っても、間違いなく殺される。
エレシアを諦める?
嫌だ。諦めたくない。
だって彼女は、ようやく手に入れた私の希望なんだ。
でも、どう足掻いたところで、あの化け物相手にエレシアを奪い返せる未来が見えない。
私が生き残るためには、彼女を見捨てることが一番の正解だ。
エレシアもそれを理解していたから、自分だけが犠牲になろうとあんなことをしたんだ。
私が逃げ延びてエレシアとの間に交わした契約を解除すれば、晴れて私達の間に繋がっていた魔力回路は消え失せる。そうすればエレシアは死ぬけれど、私だけが生き残れるから。
「っ、ざけんな!」
──ざまぁない。
愛する人を守れず、逆に守られて。
逃げろ?
生き延びろ?
そんな未来に意味はない。
大好きなエレシアを見殺しにするくらいなら、私は────
「ふむ。愛する者を奪われ、奪い返すのは不可能に近い。絶望的な状況に立たされた人間の顔とは、なんとも醜いものだな」
目があった。
私はまだ水の上にぷかぷかと浮いている。
それなのに誰かと目が合っているこの状況は、奇妙だと言う他ない。
「……………………誰だよ、あんた」
女だ。褐色肌の女。
偉そうな顔つきと口調で、頭からは禍々しい角が二本伸びている。隠しきれていない強大な魔力は、人間ではあり得ないほど濃厚なものだ。
……いや、この女は人間じゃないんだろう。
私が知っている人間は角が生えていないし、宙にも浮かない。
というか本当に誰だよ。
急に現れて人の顔を醜いって言って、失礼な奴だな。
「余か? 余はヒルデガルダ・エーデルハイド。貴様ら人間の仇敵──世を滅ぼす魔王である」
「……………………ああ、さよですか」
「む、なんだ。随分と反応が薄いな。もっと驚くかと思ったのだが」
驚いているよ。
それはもう、現実から目を逸らしたくなるほどに。
天敵二人の襲撃があって、そのすぐ後に魔王と会ってみな?
どんな強靭な精神の持ち主でも、こうなるって。
「ふむ。そういうものか。普通、魔王と聞けば皆慌てふためき、泣き喚くのだが……この反応は予想していなかった。人間とは面白い。……いや、其方が面白いのか?」
なんか心も読まれてるし。
読心術かな。魔法を使っている様子は無いから、単純にこの魔王の観察眼が凄いだけだろう。
「どうでもいいよ、そんなの。……で、魔王様が何の用?」
「うむ。其方を勧誘しに来た」
「……勧誘?」
魔王が勧誘? 私に? ……なんで?
「其方、余の配下になれ」
「………………は?」
『面白い』『続きが気になる』
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