4.剣聖の苦難(フィリン視点)
「…………逃げられましたか」
忌避されるべき存在、死霊術を受け継いだ者。
それを逃してしまったのは痛い。
己の実力を驕った結果、でしょうか。
まさか子供騙しに引っかかるとは、自分自身にびっくりしています。
「どうする。追いかけるか?」
「……いいえ。やめておきましょう。今向かったところで、どうせ逃げられています」
死霊術士が飛ばされていった先は、たしかロロネ湖があったはずです。
とても大きな湖です。深さも相当あったと記憶しているので、あそこに落ちれば生きていられるでしょう。
新人騎士──名前はエレシアでしたか。不利な状況を理解し、咄嗟に主人を逃がしたその判断は評価に値します。騎士団長から期待の新人がいると言われていましたが、確かに彼女は騎士団の未来を担う人物になり得たでしょう。
…………まぁ、生きていたらの話ですが。
しかし、アンデッドになってまで生前の知識があるのは意外でした。
文献で学んだアンデッドは、術者の命令に従うだけの無能者に成り下がると記されてあったはずですが、たまたま記憶の引き継ぎに成功したのか、あの死霊術士の腕が我々の予想を超えていたのか……どちらにしろ知性あるアンデッドが厄介なことには違いありません。
「あの死霊術士は、彼女に特別な想いを抱いている様子でした。このまま生かしておけばきっと取り戻しにくるはず。その時を待ちましょう」
「あの子の足手纏いになるくらいなら、私は──ぐっ!」
「あなたは黙っててください」
主人のためなら自害さえ選ぶ。
なるほど。忠実な騎士らしい、素晴らしい考えです。
しかし、私がそれを許しません。
彼女はアンデッドに成り果ててしまいました。
つまりは聖属性の魔法に弱い。それで縛ってしまえば簡単に無力化できます。
「エレシア……くそっ!」
騎士団長は、変わり果てた部下の姿を見て悔しそうに唸りました。
彼と互角にやりあえる実力を持っていた彼女。その将来を期待していたのでしょう。それが大きかっただけに、期待を裏切られた反動を隠しきれない。気持ちは分かります……が、後悔しても後戻りはできません。
エレシアは死亡し、アンデッドになってしまった。
彼女は誇り高き騎士でも、同じ志を持つ人間でもなく、我々が殲滅するべき敵になってしまった。本来、情けを掛けることのほうが間違いなのです。
「エレシアの身柄は拘束しました。帰還しますよ」
「……ああ」
拘束したエレシアの体を担ぎ、城へと運びます。
その際、黒いローブで彼女を覆ったのは、被害者である彼女へのちょっとした配慮です。
「この件は後ほど、陛下に報告します。騎士団長は報告書作りをお願いしますね」
「了解した。フィリン殿は?」
「私は彼女の監視を。相手がいつ来るか分かりませんから、私がずっと監視していたほうが確実でしょう。それに」
「それに?」
「…………いえ、なんでもありません」
それに何か嫌な予感がします。
私の勘です。しかし、その勘はきっと当たるでしょう。
「…………はぁ、面倒ですね」
面倒事を終わらせて帰ってきたら、また面倒事に巻き込まれる。
最近はこればっかり。本当に勘弁してほしいですね。
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