29.全力を(フィリン視点)
いったい、どれほど戦っているのでしょう。
アンデッドを斬っては増援を呼ばれ、また斬っては呼ばれて。その繰り返しをしているうちに時間の概念なんて忘れていました。
外はどうなっているでしょうか。
騎士達は無事なのか。陛下と騎士団長は逃げられたのか。
そのように心配しながらアンデッドを斬り殺します。
今は……どの程度斬ったでしょうか。百を超えた辺りから数えるのが面倒臭くなりましたが、現時点で千以上はやったと思います。
しかし、相手はまだ余裕を見せている。
一体どれほどの数を控えさせているのか。
考えたくはありませんが、このままでは一生終わりが見えないことは確かでしょう。
どこかに突破口が見つかればいいのですが、思っている以上に相手の防御は固い。
無数のアンデッドの壁に、それらを従えるはノーライフキング。これを突破しなければ死霊術士の元へは辿り着けず、問題解決にもならない。…………なにそれ詰みですか。
「どうせこの国は滅びるんだ。無駄なことをしていないで諦めたら?」
「……諦めたら、見逃してくれるのですか?」
「さぁ? それは魔王次第かな」
「ならば──お断りです」
剣を構え、アンデッドの群れに突っ込みます。
一番手前にいた奴の首を叩き折り、近づいてきたアンデッドを蹴り飛ばし、背後から回ってきた攻撃を避けつつ、周囲の敵を薙ぎ払う。一瞬だけ開けた空間を飛び越え、死霊術士へと一気に距離を詰めました。
彼女はエレシアを取り戻したことで完全に油断している。
叩くなら、今!
「させない」
「っ、く──!」
私と死霊術士の間にスルリと割り込む影が一つ。エレシアです。
彼女は私の一撃を平然と受け止めました。割と本気で剣を振ったつもりなのですが、そんな簡単に防ぎますか……。
騎士団長でも私の剣を受け止めるのは嫌がるのですが、エレシアの表情は微塵も崩れない。
おそらく、アンデッドになったことで元の身体能力が強化されたのでしょう。でなければ騎士団長と互角の実力を持っていると噂の彼女が、これを受け止められる訳がありません。
「エレシア。退いてください」
「アンリに危害を加える者は許さない」
「どうか正気に戻ってください。貴女は操られています。貴女も騎士だったなら、禁忌の存在を許してはおけないでしょう?」
「アンリは私の全てだ。この子を殺そうとする貴様は私の──敵だ」
話にならない。こちらの話を聞こうともしない。
ほぼ洗脳状態です。死霊術士はここまで酷いことをするのですね。
……やはり生かしてはおけません。
これ以上、エレシアのような犠牲者を増やさないために。
これ以上、エレシアが騎士として生きていた尊厳を穢さないために。
「フッ──!」
剣を振り下ろします。受け止められてしまいました。
ならばと握りを変えて死角からの一撃を狙ってみましたが、それも虚しく意味をなさない。まぁそれで諦める私ではありません。一度や二度でダメならば何度でも。私達は剣の応酬を続けます。
「っ、はぁ──!」
「…………」
その間、エレシアは眉一つも変えませんでした。
……ったく。自信が無くなってきますね。
私は一応『剣聖』と呼ばれており、純粋な剣の腕前だけでは誰にも遅れを取ったことはないのですが、こうして剣を交えている私とエレシアとの実力は互角に思えます。
アンデッドで強化されているとは言え、これは異常です。アンデッドとして蘇った際に体の構造そのものを作り変えられた──と、そう思ったほうが、まだ納得できます。
「ふっ! ──、──はは、エレシア。貴女とてもお強いのですね。全力ではないとは言え、この私と互角に斬り合った人は初めてですよ」
「私はずっと努力してきた。アンリのために。私の手で……彼女を守るためだけに」
努力、ですか……。
エレシアの剣は昨日今日で身に付くような代物ではありません。剣術は心技体。その技術がどれほど卓越していようと、他が追いついていないのであれば、さほど脅威にはならない。
なるほど。たしかに彼女は努力をしてきたようです。
「申し訳ありません。エレシア」
私は貴女を見縊っていました。
きっと幼少期から努力し続けていたのでしょう。たった一つの思いのために毎日毎日、剣を振り続けていたのでしょう。
それを私は「作り変えられた」という下らない理由だけで片付けようとしていた。
だから、そのことに謝罪いたします。
貴女の努力は本物だ。
作り変えられただけではない。これは小さなことを積み重ね続けられた──貴女だけの剣です。
「でも、だからこそ……残念で仕方ありません」
先程も言った通り、剣は心技体全てが均衡を保っていなければならない。
技術は勿論のこと、体で足りない部分は魔力で補っている様子。そして心。それが正しく保たれていると言うのであれば、つまり────
「貴女は、心の底から彼女を慕っているのですね」
それは洗脳の類いではない。きっと生前から、ずっと……あの死霊術士のことを想い続けてきたのでしょう。
素晴らしい愛情です。
互いが互いを想い合う。決して引き千切れることのない線で結ばれた二人の関係は、とても素晴らしいことだと思います。
しかし、それのせいで一体どれほどの人が不幸になったでしょう。
エレシア。貴女は確かに騎士だった。
ただ一人のために努力し続け、ただ一人のために剣を捧げようとした。
でも、それは間違った方向へと歪んでしまった。どんなに強く想っても、どんなに努力し続けても、大勢を不幸にして得られる騎士の誓いなど──そんなものは正しい騎士ではありません。
「私は貴女を気に入っていました。だからこそ貴女を助けてあげたかった。救ってあげたかった。……自分で言うのも何ですが、私が他人を思いやるのはかなり珍しいことなんですよ?」
だから、このような結果になってしまうのは──非常に残念で仕方ありません。
「エレシア。私は貴女を殺します。私の手で全てを終わらせ──っ──、────?」
グサリ──と胸を刺し貫くような感触。
下を見ます。エレシアの胸から銀色の剣が飛び出し、それは私の胸にまで到達していました。
「か、ハッ──」
喉から逆流するものを吐き出します。
──真っ赤な血でした。
見ればエレシアの口からも同じようなものが流れています。彼女も何も聞かされていなかったのでしょう。その目は驚いたように見開かれており、その体はゆっくりと倒れて────
「死霊術士ぃぃぃ!」
胸を貫く剣を掴み、引き抜く。
そのせいで手が少し切れましたが気にしません。今はそれよりも許せないことがあります。
「よくもエレシアを! 貴女はそれでも──」
「それでも、何?」
「貴女の大切な人だったのでしょう!? それを利用するなんて……っ、貴女に、貴女に人間の心は無いのですか!」
相手はエレシアだけだと、油断していたのは確かです。
しかし、だからと言って最愛だと口にする人を盾に使い、挙句にエレシアごと貫くなど──人の所業とは思えません。
「…………だから?」
キョトンと目を丸くさせ、まるで『どうして怒られているのか分からない』と言いたげに首を傾げる。
「何か勘違いしてるようだけどさ、エレシアの全ては私のものなの。エレシアをどう扱おうが私の勝手。そうでしょう? ──エレシア」
「……………………ああ、そうだな」
エレシアは立ち上がります。
まるで何事も無かったかのように、平然とした顔をその顔に貼り付けたまま。
「ああ、ごめんねエレシア。痛かったでしょう? びっくりしたでしょう? でも許してくれるよね? だってエレシアは私のものなんだから。文句なんて言わないでしょう?」
「私は、アンリの役に立てたか?」
「そりゃあ勿論! あれを見てよ。あの剣聖に初めての痛手を負わせられた。エレシアのおかげだ」
「そうか。それなら良かった」
どうして、ですか。
貴女は利用された。私を傷つけるためだけに、その胸を貫かれたのです。
なのにどうして、貴女は──心から嬉しそうに笑うのですか。
「本当に、最悪ですね……」
ああ、出来るならば理解したくなかった。
エレシア。貴女を騎士のまま殺してしまいたかった。
ですが、それはもう叶わない。今更どう足掻いたところで、貴女はそちらを選ぶのですね。
ならばエレシア。
私は貴女を『敵』として定めましょう。
「【神よ。神聖なる天上の地母神よ。フィリン=エルヴィストが願う。今こそ御身の敵を打ち滅ぼす力を我に貸し与え給え。邪悪なる者を排除するための御加護を分け与え給え】」
彼女達は敵です。
私、フィリン=エルヴィストが全力を出すに値する──敵です。
親愛なる地母神よ。御身が少しでも味方してくれるなら、この悲惨な現実を許せないと思うのであれば、私にその力を貸してください。
いつも上から見下ろすだけでは、つまらないでしょう?
少しくらいは贔屓してください。私はそれに見合う信仰心を捧げてきました。御身の教えを守り、そのために剣を捧げてきました。この力を振るってきました。
だから、さっさと────
「私に──【協力しなさい】」




