27.始まりの合図
処刑台に降り立ち、エレシアに触れる。
それまで好き勝手喚いていた馬鹿どもは、私の登場にシンと静まり返っていた。
「……やっと来ましたか。死霊術士」
「ああ、エレシア。……エレシア……やっと会えた」
「…………もう逃げたのかと思いました。我々の前に堂々と姿を現したその度胸だけは認めてさしあげます」
「待たせてごめんね。閉じ込められて、身動きを封じられて苦しかったよね。辛かったよね」
「………………ですが、単身乗り込んでどうするおつもりで? ここには大勢の騎士と私がいます。貴女一人でこれを掻い潜れるとでも?」
「でも、もう大丈夫だ。迎えにきたよ。……一緒に帰ろう?」
「……………………あの、ちょっとよろしいですか? せめて話を聞いてくれます? 二人して私の話を無視するのやめてもらえます? 私の心から折りにいく作戦ですか?」
なんだ、横がうるさいな……。
「感動的な出会いなんだ。邪魔しないでよ」
「それは理解しています。……していますが、ここは敵地。のこのこと一人でやってきて、無事に帰れると思わないでください」
女──剣聖は剣を抜いて、その切っ先をこちらに向けてきた。
それに倣って周りの騎士達も剣を抜く。騎士団長は……国王を連れてこの広場から離れたみたいだ。行動が早い。
でも、追えないな。
目の前にいる奴らをどうにかしない限り、あれは逃すしかない。……まぁいい。あの時の雪辱を晴らすために騎士団長は殺しておきたかったけれど、まずはエレシアの救出が最優先だ。
「最後まで諦めなかったその心は素晴らしい。しかし、貴女も騎士エレシアも──ここで終わりです」
「あはっ──アハハハハハハハハハッ!」
「……何が、おかしいのです?」
「いやぁ……ふふっ、ごめんごめん。私も随分と舐められたものだなって思ってさ」
私が何も準備していないと思った?
本当に一人でエレシアを助けに来たと思った?
「残念でしたぁ! お前ら全員、ちゃんと殺してあげるからさぁ!」
「っ、総員。今すぐこの者を──」
「タナトス! 合図!」
『承知した』
私の影から這い出たタナトスが空に向かって紅の魔力弾を放ち、遥か上空まで打ち上がったそれは鮮やかに弾けた。
誰もがそれを見上げていた。
だから、すぐには気付かなかった。
──災厄がすぐそこまで迫ってきていることを。
「……っ!?」
その時、思わず耳を塞ぐほどの警報が王国中に鳴り響いた。
これには剣聖も驚いたのか、他の騎士も含めて辺りをキョロキョロと見渡している。
「魔王軍だ! 魔王軍が来たぞ!」
誰かが叫んだ。
瞬間、広場は大混乱。子供も大人も絶対悪の恐怖に泣き喚いて、わーきゃーと警報よりも耳障りな悲鳴が反響する。誰もが我先にと逃げ出そうとしていて、挙句には大の大人が子供を突き飛ばして、そのせいで子供が転んでまた泣いて、騎士や兵士がそれを助けようと奔走して────なんとも酷い有様だ。
でも、おかげで私を囲んでいた騎士は居なくなった。
『魔王軍』の名前だけでこんなにも効果が出るなんて、協力して本当に良かったよ。
「魔王、軍……? まさか貴女、魔王軍と手を組んだのですか!?」
「せいかーい。ほらほらどうする? 私は優しいから教えてあげる。今回は魔王自らの出陣だ。幹部も勢揃いしている。間違いなく最大規模だろうね。私なんかを相手してないでさぁ、ほら──早く行かないとみんな死んじゃうよ?」
さっきタナトスが打ち出したのは、開戦の合図。
魔王軍はレスタ王国の国境ギリギリで姿を隠し、今までずっと待機していた。そこで私が合図を送れば、魔王軍の進撃が開始されるって訳だ。
それに、剣聖に言ったことは嘘じゃない。
私が剣聖に負けた時のことを考えて魔王も来ているし、幹部も待機している。魔王軍の騎士だって馬鹿にならない。それは以前行った試合で十分理解した。
全員、いつでも出陣できるように準備万端だ。
レスタ王国にとっては、これ以上ない危機だろう。
魔王軍はこの国の騎士や騎士団長には荷が重い相手だ。それこそ世界最強の剣聖様が手を貸さなきゃ、たちまちにこの国は崩壊するだろうね。
「お前らが今まで必死に守ってきたものが壊れる気分はどう? ──アハハッ! ほら、早く行きなよ。こうして私達に構っている今も、沢山の人が死んでいるかもよ?」
そう煽ってみるけれど、剣聖は動かない。
「……どうしたのさ。もう諦めちゃった?」
「いいえ。私は諦めてなどいませんよ。いいようにやられて負けるのは……嫌いなので」
剣聖はゆったりとした動作で、剣を振るう。
何の力も入っていない。そう思えた行為なのに──この威圧感は何なんだ?
「私、負けず嫌いなんです。負けるのがすっごく、嫌いなんです……ここで貴女方を逃したら、なんか悔しいじゃないですか」
「…………騎士達は助けなくていいの?」
「彼らも戦士。魔王軍と戦い、国を守るために死ねるならば本望でしょう。それに──」
剣聖が構える。
「貴女方をすぐに殺してしまえば、何も問題はありません」
肌がひりついた。
……ああ、なるほど。これが殺気ってやつか。
「なるほど、ね……やっぱりお前は、化け物だ」
「お褒めに預かり光栄です」
ここで挑発に乗ってくれたら、まだ良かった。
そしたら私のアンデッド達と魔王で挟み撃ちにできたというのに、そう上手くはいかないらしい。
でも、想定内だ。
元より、剣聖と対峙するために力を蓄えてきた。
少し楽ができなくなっただけで、魔王に半分くらい負担を押し付けられなくなっただけで、全て予定通りだ──チッ。
「タナトス。……やるよ」
『ようやく我らの出番か。待ちくたびれたぞ』
タナトスが指を鳴らせば、周りの建物が崩壊し始める。
万を超えるアンデッドの軍勢を出し切るには、少し狭いなと思っていたところだ。
流石は私の参謀だね。
いちいち何かを言う前に動いてくれる。面倒臭がりな私にはありがたい。
でも、やってもらってばかりだと示しがつかないから、私は私の仕事をやってしまおう。
「【血肉は朽ちず、滅びず、壊されぬ】」
タナトスが喚び出したアンデッドに強化を施す。
耐久力を上げたり身体能力を強化したり、ノーライフキングであるタナトスの影響を良い意味で受けやすくなる効果もある。これは死霊術で蘇らせたもの全てが対象だ。
「準備はよろしいですか? もう少しで居眠りするところでした」
「わざわざ律儀に待ってくれてありがとう。それじゃあ早速──やろうか」




