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26.全員殺す


 戦争が始まる当日。私は皆より一足先にレスタ王国を訪れていた。


 街には私の指名手配書みたいなのが貼られていたけれど、今の私はミアの幻影魔法で姿を変えている。どこからどう見ても平凡な少女で、おかげで怪しまれることなく門をくぐることができた。


 そうして見回り兵達の目を掻い潜り、私は平民がもっとも集まる商業区にまでやってきた。

 今は別の姿とは言え、忙しなくキョロキョロしていれば別の意味で怪しまれてしまう。「きみ迷子?」とか「お母さんはどうしたの?」とか、そう言った問答は面倒以外の何物でもないため、私は落ち着けるベンチに座って、人々の会話を盗み聞きすることにした。


 すると、どうやら今日の昼過ぎに王城前の広場で処刑が行われるとの話が聞こえてきた。

 死霊術士の手によって殺され、アンデッドに変えられてしまった騎士の処刑だと彼らは口々にそう言う。──間違いない。エレシアのことだ。


「噂は、広まりきっているみたいだね……」


 それもそうか。死霊術は複数ある禁忌の中でも特に忌み嫌われている力。その使い手がこの国に現れたと知った人々によって、瞬く間にその情報や噂が国中に広がるのは当然のことだ。


 でも、予想よりも街は普段通りの活気を保っている。


 以前私の両親が馬鹿をやった時は、市民全員が血眼になりながら、両親を殺そうと鍬や斧などの武器を手に取った。片手には武器、もう片方には松明を。そうしてメラメラと燃え盛る赤い絨毯を作って夜遅くにやってきた彼らは、まだ幼かった私にとって恐怖でしかなかった。


 その頃に比べたら、あまりにも平和すぎる。


 ──理由はなんだろう。

 騎士団長や剣聖、国王が関わっているのは間違いない。


「……妙だな」


 でも、理由がなんであれ私がやることは変わらない。

 一先ず、処刑の時間になるまで私がやれることをやって、その後に広場まで行こう。



 そう思って行動を開始した私はようやく、最愛の人との数日ぶりの再会を果たす。



「……ああ、やっと会えたね」


 剣聖に誘導され、ゆっくりとした歩みで処刑台に上る花嫁(エレシア)

 その姿は輝いて見えた。何日も監禁され、若干薄汚れ、全身を拘束具で縛られていても尚、彼女から滲み出る魅力は健在だった。


 思わず泣きそうになった。


 遅くなってごめんね。

 こんなに待たせちゃってごめんね。


 待ってて。

 すぐに──助けてあげるから。


「これより騎士エレシアの処刑を行う──だが、その前にどうか我々の話を聞いてほしい」


 豪華な衣装に身を包んだ男が一歩前に出て、声を張り上げる。

 そいつが国王だ。何度か凱旋や演説で見たことがあるから、間違いない。


 でも、話ってなんだろう?


 処刑はいつも粛々と行われてきた。

 だから今回も同じなのかと思っていたけれど、どうやら様子がおかしい。

 それを他の人達も感じたのか不思議そうに首を傾げたり、眉を顰めたりと彼らは様々な反応を見せている。


「この者は死霊術士の手にかけられアンデッドとなった。彼女は被害者だ。どうか彼女を憎まないでほしい。どうか彼女に其方らの憎悪を向けないでほしい。彼女は騎士として誇りを持ち、最後まで生きた。──その尊厳を傷つけないでほしい」


 国王の口から発せられた言葉に、驚いて目を開く。

 アンデッドは人類の敵だ。たとえ死霊術士の手によって殺され、望まぬ不死者になったとしても、その根本は変わらない。なのに国王は公共の場で声を大きくしてエレシアを擁護した。


 ……なるほどね。


 奴らはあくまでも、全て悪いのは私だと言いたいんだ。

 エレシアはただの被害者であると、彼女は最後の時まで誇り高き騎士として生きたと、そう言って騎士団の体裁を守ろうとしているんだ。


 ──ふざけるな。


 そんなことのためにエレシアを利用するな。

 お前らの下らない体裁のために、私のエレシアに同情するな。


 ──ふざけるなふざけるなふざけるな。


 エレシアは私のものだ。彼女に向ける怒りや哀しみ、憎悪も全て私のものだ。私だけの特権だ。お前らがしていいものじゃない。部外者のお前らがそれをエレシアに向けていいはずがない。当然だよね。だってエレシアは永遠に私のものになったんだ。私だけのものになったんだ。お前らに入り込む隙間なんて何一つない。それを無視して割り込んでくるのは許さない。絶対に許さない。


 ──ああ、そうか。


 分かったよ。とても簡単な話だ。

 そっちがどうしてもエレシアを庇うと言うのなら、私がそれを壊してあげればいいんだ。奴らが今まで積み重ねたものを全て、台無しにしてしまえばいいんだ。


「うぇええええん! 魔物怖いよぉぉぉ!」


 泣き叫ぶように声を張り上げる。

 もちろん演技だ。私は舞台に立ったことがないし、誰かから演技を褒められたこともないけれど、誰もが困惑しているこの状況下では、演技力なんてどうでもいい。──きっかけを作る言葉だけで十分だ。


「そ、そうだ! そいつはアンデッドだろ! 魔物なら殺せ!」

「どうしてアンデッドなんかを擁護するんだ! 騎士だったからってなんだ。あんたらも同じ騎士なら、さっさとそれを殺してくれよ!」

「アンデッドなんて気持ち悪い!」


 平民は弱い生き物だ。

 敵から身を守る術を持たない彼らは、目の前にある敵に酷く恐怖する。

 被害者だからなんだ。騎士だからなんだ。そいつは敵だ。アンデッドだ。今すぐに殺すべきだ。なのにどうして守ろうとする。騎士は何をしている。国王は何をしている。お前らの思いなんてどうでもいい。さっさとそこにいる敵を殺してしまえ。


 そんな愚かで盲目な恐怖心を撫でてしまえば、崩壊はすぐに始まった。


 少しづつ良い方向へと傾き始めていた状況が、たった一つの発言でいとも容易く覆された。


 国王の困惑した顔が見えた。

 騎士団長の悔しげな顔が見えた。

 剣聖の驚いた顔が見えた。


「……ふふ、アハハッ!」


 腹を抱えて、笑う。

 これ以上なく盛り上がった会場は、本当に──滑稽だった。


「皆の者静粛に! 落ち着くのだ!」


 無駄だよ。無駄無駄。

 私は暴走した彼らの恐ろしさを知っている。もうお前の声なんて届きやしな──────ぁん?


 その時、弧を描いて放たれる物体を見た。


 ──石だ。

 道端によく落ちている、片手で持ち上げられる程度の小石だ。

 それが吸い込まれるように、処刑台に立つエレシアの体に──当たった。


「………………………………はぁ?」


 自分でも驚く声が出た。

 地鳴りかと耳を疑うほどの低い声。……怒りの感情だ。


 石が投げられた? 誰に? エレシアに? 誰が?




 こ い つ ら か ?




「ああ、ああ……分かったよ。そんなに死にたいなら、私がそれを叶えてあげようじゃないか」


 私に掛けられていた幻覚は、いつの間にか解けていた。

 ……そういえば、感情が昂りすぎると解除されるから注意って言われてたっけ。


 まぁいい。今更隠す必要はない。

 ──どうせ、みんなここで死ぬんだからさ。


 足に力を入れて、処刑台に跳ぶ。

 そこでは丁度、剣聖がエレシア目掛けて剣を振り下ろそうとしていた。


「終わらせましょう」

「──ああ、そうだね。終わらせようか」


 この茶番もこの国も何もかも。私の手で終わらせてあげるよ。


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