22.同情します(フィリン視点)
「えっ──くしゅん」
急に鼻がムズムズして、私はくしゃみを一回。
……うーん。誰かが私の噂でもしているのでしょうか?
「風邪じゃなければいいのですがね。生物ってのは体調不良の時が一番怖い。興味本位で毒キノコを食べてしまい、三日三晩、高熱と頭痛、吐き気に見舞われながら戦い続けた時は本気で死ぬかと…………そう考えたらアンデッドは体調不良も疲れも感じないのですから、結構羨ましい体してますよね。貴女もそう思いません?」
「………………」
「むぅ、まだ無視するんですか? 本当に私、傷付いちゃいそうです」
「……………………」
彼女、エレシアが監禁されて三日目。
私は毎日のようにここへ通っているのですが、彼女は今の今まで、私と一切の会話をしてくれません。
好感度が上がれば一言くらいは話してくれるかな? と思い暇潰しがてら交流を続けていたのですが、そう上手くはいかないようです。……難しいですね。
しかも、彼女は会話どころか食事すらも取りません。
それでも問題ないのか、様子は彼女の身柄を拘束した時から変わっていません。流石はアンデッドと言うべきか、食事も睡眠も必要ないのは少し、ほんの少しだけ羨ましいと思います。
だからってアンデッドになりたいかと問われたら、そうではありませんが……。
「しっかし、こうやって見ると貴女って綺麗なお顔をしていますよね。私も負けていないと思いますが、着飾って社交界に出れば、男も女も等しく虜にできたのでは?」
「…………」
「どうして騎士になろうと思ったんですか? 家が騎士の家系だというのは取り調べで分かっていますが、何も貴女のような女性がなる必要はないでしょう? 貴女の兄や弟に任せれば良かったものを。なぜ危険な道に進もうと思ったのでしょうか」
「…………」
「答えてくれたら嬉しいなぁ……嬉しいなぁ?」
はい。この通り。
彼女は明日に処刑される身ですが、彼女自身が大罪を犯したとか、禁忌に触れたとか、そういった悪いことは何もしていません。
私は彼女のことが嫌いではありません。
むしろ、同情します。死霊術士なんかの狂気に巻き込まれて、望まぬアンデッドにされて、こうして処刑されるのですから。
「ほんと、可哀想ですよね」
「………………、……るな」
おや?
「何か言いました? 可哀想なエレシアさん」
「……ふざ、けるな」
「うん? 私、なにか怒られるようなこと言いました?」
「私は可哀想じゃない。私は、望んであの子のものになった。あの子の騎士になることだけが私の望みだった。それが叶った。貴様らの常識で、私を可哀想などと言うな!」
……急に饒舌になりましたね。
それほど私の同情が耳障りだったのでしょう。
にしても──望んでアンデッドになった、ですか。
あの子、死霊術士の彼女のためだけに騎士になることを誓った。
果たして、それは本当にエレシアの心なのでしょうか。
死霊術はアンデッドに忠誠を誓わせ、強制的に動かす術です。やろうと思えば洗脳の類いも可能でしょう。
「エレシアさん。貴女は騙されているんです。死霊術は命を弄ぶ外道の禁忌。私や、貴女のような騎士が忌み嫌う存在です。それに味方するのは、あまりオススメしませんね」
「ハッ。どうせ殺されるのだから、今更媚び諂ったところで無意味だ」
「………まぁ、否定はしません」
彼女がどんなに正常でも、アンデッドはアンデッド。
私たち人間の敵となった彼女を、特別待遇で生かしてあげる訳にはいきません。たとえ剣聖であろうと、その『絶対』を捻じ曲げることはできないのです。
「難しいですね。貴女のような清く正しくあるべき人間が、このような不幸で全て終わるなど。本当に難しい世界です」
「……黙れ」
「しかし、謎ですね。貴女の評判は私も風の噂で耳にしていました。たかが死霊術士なんかに不意を突かれた程度で、騎士団長と同等の貴女が命を落とすのでしょうか」
「…………黙れ」
「あの子、名前はアンリでしたか? 死霊術以外に目立った何かは見られませんでした。運動神経は無し。魔力も秀でたものではなく、誰かを魅了するような美貌もない。はっきり言って平凡過ぎる女の子です」
「──黙れ! お前なんかが、あの子を語るな!」
おお、すっごい食いつき。
なるほど。彼女の沸点は死霊術士にあるのですね。
私がいくら話しかけても応じてくれなかったのに、その子のことになると簡単に口を開けてくれる。
ほのめかせば反応があり、侮辱をすれば怒りを露わにする。心酔していると言っても過言ではない依存具合ですね。
何ですかそれ。
ちょっとだけ妬いてしまいそうです。
──コンコンッ。
と、そこで誰かが扉を叩きました。
「剣聖様。国王陛下がお呼びです」
「んもぅ……今いいところだったのに……タイミング悪いですねぇ」
しかし、陛下からの招集とあれば無視する訳にはいきません。
心の底から面倒臭いですが、仕方ありません。今日はここで終わりにしましょう。
「それでは、明日また来ます。……っと、その時が最後の会話になりそうですね」
彼女は明日、処刑される。
陛下からの招集も、そのことについての説明なのでしょう。
「最後くらいは沢山話したいですね。……では、また会いましょう」
名残惜しさを胸に、彼女の牢獄を後にします。
はてさて、明日は何事もなく終わるのでしょうか。
それとも、国を揺るがす波乱が引き起こされるのでしょうか。
それは私にも分かりません。
ただ確かなことは、どうあっても私が負けることはない。
だって私は──世界最強の剣聖なのですから。




