2. 新たな再会
【花嫁を迎えるために、最高のおもてなしを】
私はこの二日間、色々な準備をしてきた。
二人が生活していく上で必要になる消耗品や家具類。長持ちしやすい保存食。
エレシアが不自由に思わないようにと妥協せず、家が取り壊される直前に掻っ攫ってきた資金を使い切る勢いで買い揃えた。
全ては私の花嫁のために。
そうやって自分がやれる限りのことを終えた頃、運命の瞬間が訪れた。
「………………アン、リ」
戸惑いを隠しきれていない、か細い声。
少しの物音があるだけで掻き消えてしまいそうな声を、私は聞き逃さなかった。
「っ!」
ソファーにもたれ掛かっていた体を起き上がらせ、声の方向にぐるんっと振り向く。
そこには最愛の人がいた。
鮮やかで優しい金色の髪。人形のように綺麗な顔立ち。つま先から頭のてっぺんまで完璧に整った肉体は、もはや芸術と言っても過言ではない美しさがあった。
「エレシアっ!」
彼女を抱きしめ、その感触を噛みしめる。
「やっと目が覚めたんだね? ああ、良かった……ずっと待っていたんだよ」
「アンリ……?」
「気分はどう? 体に異常はない? 変な感じがしたら言ってね。私がすぐに直してあげるからさ」
エレシアの体は、心臓が特に損傷していた。
家に持ち運んだ時には修復が難しい状態になっていたから、心臓の代わりに我が家の家宝『竜の核』を埋め込んだんだ。上手く混ざり合ってくれるかは不安だったけれど、問題なさそうで安心した。
でも、油断はできない。
いつ不具合が発生するか分からないから、しばらくは様子見が必要かな。
「……エレシア? どうしたの?」
核との同調は問題なさそうだ。
なのに、エレシアの様子がおかしい。
ぼーっとしているような、戸惑っているような?
「……なぁアンリ。ここはどこだ? なぜ、アンリがここに?」
「まさか、覚えてないの?」
「……すまない。何も覚えていないんだ」
どうやら、エレシアは本当に二日前のことを覚えていないみたいだ。
記憶の引き継ぎに失敗した? それなら本当に何も覚えていないはずだ。私のことを覚えているのはおかしい。……なら、二日前からの記憶だけが抜けているのかな?
これは別に珍しいことじゃない。
本来、死霊術で蘇らせた屍人は記憶領域を持たない。意思を持たず、ただ主人の命令に従うだけの駒になり、その体が完全に壊れるまで働く。エレシアが自分で何かを考えて、発言するほうがおかしいんだ。
これは私に死霊術の才能があったからこそ出来た技だ。
「エレシア。いくつか確認をするけれど、いいかな?」
「ああ、頼む」
死霊術で蘇らせる前に、私はエレシアの体にいくつか暗示をかけた。
これは、その暗示を忘れていないかの確認だ。
「エレシアにとって、私は何?」
その質問に、エレシアは怪訝な表情を浮かべた。
「私はアンリのものだ。……そ、その……永遠を誓い合った仲……だろう」
「うわぁ……尊い……」
照れながらもしっかりとそう言うエレシアの姿は、とてもそそられるものがある。
何度も聞いていたい。録音魔法を使って永久保存したい。その言葉一つ一つを噛み締めて余韻に浸りたい。彼女は私のものになったんだって証明になるから。
それにしても『私はアンリのもの』かぁ……。
とても良い言葉だ。今まで我慢してきて本当に良かったと思う。
でも、これはあくまでも『暗示』だ。
エレシアの心は私じゃない誰かに向いていた。その気持ちを無理やり私に捻じ曲げただけのこと。あの機会さえ無ければ、彼女は永遠に私のものにならなかった。
…………ああ、自分で言っていて悲しくなるな。
「…………アンリ?」
「んんっ! ああ、ごめんね。なんでもないよ」
落ち込むのは後だ。
今はエレシアの前なんだから、暗い顔をして心配させるのだけはダメだ。
「それじゃあ最後の質問。エレシアは死霊術に対して、どう思ってる?」
「人の命を冒涜する禁忌の魔法だ。術者は大罪人となり、各国から指名手配を受けることになるだろう」
その言葉に迷いはない。
どこまでも真っ直ぐで誠実な騎士らしい回答だ。
「私はそれを使ってエレシアを蘇らせたよ。それについてはどう思ってる?」
「アンリが私のためにやってくれたことだ。愛しい者の決断を切り捨てることはできない」
──私の言葉を疑わない。
──私を否定せず、全てを肯定する。
それが、私がエレシアに施した暗示だ。
騎士である彼女は、死霊術の存在を決して許さない。
きっと、親の仇のように思っていることだろう。
だからこの暗示が必要だった。
私が掛けたそれはしっかり効いているみたいだ。
そうじゃなきゃ自分を愛しているなんて、騎士として撲滅するべき存在の禁忌を前にしておいて、あのような言葉が出てくる訳がない。
「エレシア。私はあなたを一度殺したんだ。……痛かったでしょう。苦しかったでしょう。でも、それは私達が永遠に結ばれるために必要なことだったんだ。許してくれるよね?」
普通なら「ふざけるな」と言われるだろうね。
でも、エレシアはそんなこと言わない。
だって私達は──愛し合っているのだから。
「ああ、私はアンリの全てを許そう」
伸ばした手を掴まれ、握り返される。
その手は冷たかったけれど、愛おしそうに目を細める彼女の姿からは、とても暖かなものを感じた。
次回は8月7日の12時です。
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