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17.やることなし


 試合は魔王軍の演習場でやることになった。

 幹部と幹部(予定)が本気で戦うことになる試合だから、どうせなら規模を大きくしてしまおうと魔王の悪ふざけが発動した結果、なんと演習場の空間を捻じ曲げてそれはそれは広い会場ができあがった。


 魔王は時間だけじゃなく、空間さえも自由自在に作り変えることが可能らしい。

 流石にずっとこのままという訳じゃないけれど……本当に、やってることがもう意味分からない。


 ということで、魔王のお力によって作られた会場。

 観客は当然いる。演習場で訓練していた魔王軍の騎士や、どこからか試合の噂を聞きつけた大勢の暇人。数百人は入りそうな観客席はすぐ満員になって、座れなかった魔族は立って観戦するつもりらしい。


 魔族は戦いを好む。それは戦争が好きという意味ではなく、単なる娯楽としての戦い──つまりは今回のような試合や模擬戦などに参加したり、観戦したりするのが大好きなのだとか。

 それに加えて、今回の試合は幹部同士の戦いだ。

 幹部は大勢から人気を得ている。ギデオンは幹部の中でも特に人気みたいで、ギデオンの勇姿を見たいがために試合を見にきた魔族が大半らしい。今も『ギデオン様こっち見てぇ!』とか『今日も素敵ですぅ!』とか、黄色い歓声が飛び交っている。彼のファンは女性が多い印象だ。…………顔だろうな。


「はぁぁぁ……どうしてこうなっちゃったのかね」


 試合の準備をしている中、私は憂鬱気に溜め息を吐き出した。

 今私がいるのは簡易的なお城の中。幹部の魔法使いの女の子──名前はミアって言うらしい──が作ってくれた城を制限時間まで守り切ることが、今回の試合内容だ。


 いわゆる防衛戦だ。


 ギデオン達、幹部陣営が攻撃側。

 私陣営が防衛側。


 ギデオン達が私の防衛を押し切って城を制圧できたら、ギデオン達の勝ち。

 制限時間までに城を守り切るか、攻めてきたギデオン達を返り討ちにすれば私の勝ち。

 禁止事項は『致命傷になりうる攻撃をしてはいけない』の一つだけで、全体的にとても分かりやすい試合内容になっている。


 ──だからこそ厄介だ。


 致命傷になりうる攻撃の禁止──殺害以外の項目は何も禁止されていない。

 つまりは『殺さなければ何でもあり』って訳で、敵は間違いなく、こちらが死なない程度に本気を出してくると予想される。


『仕方ないだろう。娘は昔からこういった娯楽が好きだったからな。折角だから楽しみたいと思い、ここまでの規模にしたのだろう』

「……知ったこっちゃないよ、んなもん」


 そんな娯楽に付き合わされる身にもなってほしい。


「こんなことをしている場合じゃないってのに……はぁぁ」


 憂鬱に呟く。

 出来ることなら、さっさと剣聖対策の話し合いを進めたい。


 なのに、どうしてこんな面倒なことに……。


『主人は、剣聖とやらから想い人を取り返すため、娘と協力したのだったか』

「……そうだよ。私の最愛の人、エレシア……彼女の処刑はもうすぐ始まる。だからこんな悠長なことはしていられないんだ」

『なるほど、な……ならば尚更、この試合は主人にとって必要不可欠だろう』

「……はぁ?」


 タナトスは私に、エレシアに時間が無いことを知っても尚、この試合の必要性を諭してきた。


『我が知っている剣聖と、其方が知っている剣聖は別人物だろう。そのため予測でしか物事を測れないが、あの用心深い娘が警戒するほどだ。先代の剣聖とは比べ物にならないほどに強いのだろう。おそらく主人が保有するアンデッドだけで剣聖に勝つことは──難しい』

「…………チッ」


 あれが正真正銘の化け物だってことくらい、私だって知ってる。

 それでも、ノーライフキングが率いるアンデッドの軍勢ならどうにかなると思っていた。剣聖を集中攻撃で潰せば、エレシアの奪還くらいは可能だと思っていた。


 しかし、タナトスの意見は厳しいものだった。


『だから、だ。確実に勝つためには、魔王軍と』

「魔王軍との協力は必要だって言いたいんでしょ? ……分かってるよ、それくらい」


 だから私は、幹部に認められなきゃいけない。

 この試合でギデオンに勝って、人間でも十分な戦力になるんだってことを、魔王軍に所属する全てに見せつけてやらなきゃいけない。


 それは分かっている。

 分かっていても、花嫁のことを心配する気持ちのほうが先に来ちゃうんだ。


 私は今、焦っているのだろう。


 戦力は整えた。

 出来る限りのことはした。




 それでも剣聖には──届かない。




「いいよ分かったよ。この際だ。徹底的にやってやろうじゃ──」

「よっしゃああああああああああ!!!! やってやろうぜぇええええええええええ!!!!」

「いや、うるさっ」


 城の外から聞こえてきた野太い男の咆哮。

 それはミカグラの声だ。

 彼は本来賛成派だったはずだ。なのに試合があると分かった途端、私と戦うと面白くなりそうだからと迷わず否定派に寝返りやがった。


 そんな訳で私の相手はギデオンとミカグラ、ミア。私が仲間に加わることを否定した三人と、ミカグラと同じ理由で面白そうだからと参戦することになったギデオンやミカグラの部下達。

 数は圧倒的にこちらが有利。

 でも、相手は魔王を根本から支える幹部と、何度も戦争を経験してきた魔王軍の猛者達だ。それらを相手にすると考えただけで、もう面倒臭い。


「もうタナトスが敵陣に突っ込んでさ、みんなを蹴散らしてきてよ。それが一番手っ取り早いでしょ」

『確かに我ならば単騎で殲滅は可能だろう。それが最も確実で効率も良いが、それでは試合を行う意味が無くなる』

「……どういう意味さ」

『我だけが活躍したら、他の者はどう思うか考えてみろ。幹部を殲滅した我の力は認められるだろう。……だが、それだけではダメなのだ。今回の目的は、主人が幹部として相応しいかと見極める戦いなのだから』

「別にさぁ。タナトスを従えているのは私だから、それで十分なんじゃないの?」

『いいや不十分だ。それでは我が幹部になればいいと言われて終わりだろう。主人の力とは見てもらえない。だから防衛を利用した総力戦を娘は提案したのだ』


 タナトスだけが目立ってしまうと、当然観客はタナトスの実力に目が行く。

 それを従えている私じゃなくて、ノーライフキングという存在だけに注目されちゃって、肝心な私の実力証明にはならないのか。


 ってことは、だ。

 ただの人間だと下に見られている私が認められるためには、今私が従えているアンデッドの軍勢を全て上手く使う必要があるってことになる。


「うっわぁ……めんどくさ」

『要は主人の死霊術士としての実力を見せつければいいだけだ。主人は地下墓地に待機させたアンデッドを呼び出せばいい。あとは我の采配でどうにでもなる』

「それって、結局はタナトスだけに任せっきりってことにならない?」

『二万を超える軍勢が主人の手中にあると分かっただけでも、十分な脅威になる。その中に上位アンデッドも存在し、ノーライフキングである我をも従えていると理解すれば、誰も主人の実力を否定しない』

「……そういうもんかね」

『そういうものだ。なので主人は基本的に何もしなくていい。どうせ前線に出てもやられるだけだ。アンデッドへの指示は我が出すから、大人しくそこの玉座に座っていろ』

「はいはい。そこまで言うなら、あとは頼みましたよ……っと」


 どこからともなく聞こえてきた角笛の音。

 試合開始の時間が迫っている合図。あと少しすれば上空に花火が打ち上がって、それが弾けると同時にギデオン達が乗り込んでくるだろう。


「本当に頼んだよ。そのために有能な駒を作ったんだからさ」

『ああ。……期待してるといい』


 手をひらひらさせながら、玉座に座る。

 すると目の前に薄いガラス板みたいなものが浮かび上がってきて、外の映像が映し出された。


 ……なるほど。こうなることは予想済みって訳か。


 どういう原理で映像を転送しているのか知らないけれど、おかげでここから動かなくても試合の様子が分かるようになった。

 退屈しないようにって配慮してくれたのかな。

 それなら私も、素直にありがたく観戦させてもらおう。


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