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16.実力主義


「ではこれより、定例会議を始める」


 魔王の一言で始まった会議。

 この部屋には魔王とその幹部──私を含めて六名。当然だけど私以外は皆魔族で、幹部を名乗ることを許されているだけあって見た目も、そこから漂ってくる魔力も人並外れた奴らばかりだ。


 その中で唯一のか弱い人間な私…………正直泣きたい。


「まずは我々の新たな仲間の紹介からだ。──アンリ」

「え、そんな急に? まだ心の準備が」

「早くしろ」

「……はい」


 有無を言わさぬ迫力。

 私は素直に従うことにした。


「……アンリだよ。見た目通りの人間だから、あまり意地悪はしないでほしいかな。まだ魔王軍に入ることは確定してないけれど、その時はよろしく」


 なるべく親しい雰囲気を出せるような笑顔で、声は明るく、口調はハキハキと。

 エレシアから教えてもらった、初対面の人と上手く話せるようになるコツだ。


「この者は余の協力者だ。剣聖という同じ敵を見据えている。そのために手を組むことにしたのだ」

「…………人間と、ですか?」

「うむ、そうだ」


 反応は、あまり良くない。

 そりゃそうだ。人間は今までずっと戦ってきた魔族の敵。そんな奴が急に協力者だと名乗り、しかも幹部と混ざって話し合いに参加している。同じ幹部からすれば、それは面白くない話だろうね。


「けどよぉ、この嬢ちゃんに何が出来るってんだ? 魔王様が認めたってことは、何かしらあるってことなんだろ? ──その後ろのアンデッドがそうなのかい?」


 沈黙を破って質問したのはミカグラだ。

 流石は実力者ってところなのかな。私自身に強力な何かは無いと判断して、背後で目立っているアンデッドに魔王が私を認める何かがあると睨んだらしい。


「……このアンデッドの魔力、上手く見えない。とても巧妙に隠してる。相当強いってことは分かる。……でも、これだけで魔王様が認めるとは、思えない」


 次に口を開いたのは、人間っぽい見た目の女の子。

 目元深くまでかぶったフードのせいで顔はちょっと見えづらい。その子の身長よりもある大きな杖を両手に抱えているから、魔法専門なのかな?


「私はなんでもいいわぁ。魔王様が認めたなら、私はそれに従うだけ。でもぉ? 生きている人間を近くで見るのは貴重だから、あとでゆっくりとお話ししてみたいわねぇん。この後、一緒にお茶とかいかが?」


 おか…………女性っぽい男性は何かの研究者なのかな?

 派手派手な厚化粧に、甘ったるい低音の声。白い着衣でも隠しきれていない筋肉質な図体から繰り出される、くねくねした女々しい動き。何もかもがあべこべな面白い人だ。

 でも、二人きりのお茶会は遠慮したいかな。


「陛下、俺は反対です」


 とても静かで、でもしっかりと室内に響き渡る凛とした声。

 騎士のような見た目の魔族だ。でも、人間の騎士が纏うような鎧とはまた違っていて、動きやすさを重視した軽鎧という感じだ。


「余の決定に反対と……ふむ、理由を申してみよ」

「人間は我々が長年争ってきた共通の敵。それを仲間に引き入れたとあれば、臣下や城下の民は不満を抱えるでしょう。それにどれほど強かろうと所詮は人間。数十年程度で使い物にならなくなる戦力など、我々には必要ありません」


 鋭い眼光。責めるような口調。

 でも、この人が言っていることは間違いじゃないし、なんなら正しいと思う。

 人間の私を相手にしているせいか言い方は厳しいけれど、彼が他の魔族のことを凄く大切に思っての発言だってのは分かるから、これを聞いてあまり怒る気にもなれないな。


「陛下は気にしないと言われるのでしょう。しかし、他は陛下のように達観してはいないのです。もし陛下が真に魔族を率いていくつもりなのであれば、どうか今一度……お考え直しを」


 真剣な眼差しを受けた魔王は、その真摯な願いを鼻で笑う。


「ギデオンよ。貴様、余の決定に逆らいあまつさえ意見するとは……随分と偉くなったようだな」

「出過ぎた真似をしたこと、誠に申し訳ありません。ですが、これは俺の本心。口には出さずとも、他の者も同じことを思っているはずです」

「と、こやつは言っているが……どうなのだ? 余の決定に不満を持つ者は挙手せよ」


 挙がった手は二つ。

 魔法使いの少女と、騎士の男──ギデオンだ。


 ラスティアとミカグラ、研究者っぽい男の人は手を挙げていない。

 多数決なら魔王の意見が通るはずだけど、研究者っぽい男性は「なんでもいい」と言っていたし、完全に肯定しているとは言い切れなさそうだ。


「これは困った。肯定が二名、否定が二名、中立が一人と……意見が分かれてしまったな」


 口ではそう言いつつ、全く困っていない様子の魔王。

 むしろ、困るどころか笑っている。何か企んでいる雰囲気を感じた私は、その嫌な予感が的中する前に身を引こうと口を────


「アンリよ。其方は魔王になる絶対条件を知っているか?」

「……力こそが全て。実力主義だってことだけは」

「その通り。唯一の強者が魔王となる。それは何千年と続く魔王の習わしであり、それに服従する魔族もまた、実力主義に則っている。つまり、だ」

「やめて。その先は聞きたくない」

「つまり、否定する者共を実力でねじ伏せてしまえばいい」

「聞きたくないっての」

「……そうだな。その役は言い出しっぺであるギデオンに任せよう。先頭に立ってアンリを否定し、余の意見すらも否定したのだ。まさかそれすらも拒絶する訳ではあるまい?」

「御意に。その役目、謹んでお受けいたします」

「聞いてよ、人の話を」


 どうして当人を放り出して話が進むのさ。

 ギデオンもギデオンだよ。どうしてそれを謹んで受けちゃうのさ。


 魔族だから? 魔族ってのはどいつもこいつも脳みそに筋肉が詰まってるの?

 それに巻き込まれて、しかも勝手に決闘の外堀を埋めらていく状況…………私は一体、どうすればいいのさ。


『良いではないか。我も丁度、肩慣らしをしたいと思っていたところだ。なんなら魔王軍の全てを相手にしてやっても、我は構わん』

「構え。そこは節度を持って構ってよ。…………ほら、タナトスが舐め腐ったことを言ったせいで、ギデオン以外の人もちょっとイラッとしてるじゃん。いらない怒りを買っちゃって、どうしてくれるのさ」

『買われた喧嘩は受け取る趣味なのだ。……面白い』

「全っ然、面白くないよ!」


 叫んだ。それはもう全力で。


「まぁ、起きてしまったことは仕方ない。頑張って己が実力を示すのだな」

「……………………」


 他人事みたいに言いやがる。

 誰のせいでこうなったと思っているのか……って、そう文句を言ったところで何も変わらないのか。


「…………はぁ……分かったよ。どうせ荒事になりそうな予感はしていたんだ。これで私のことを認めてくれるってんなら、今だけは頑張ってみるよ」

『頑張るのは主人ではなく、アンデッドの我々なのだがな』

「………………………………あのさ。それ今言うことだった? せっかく私が頑張ろうとしているのに、どうしてそう出鼻を挫こうとするのかな?」


 実際に戦うのはアンデッドだから正論なんだけどさ。

 でも、ちょっとくらいは気持ちを入れ替えさせてくれたっていいじゃん。


コロナワクチンの副反応でダウンしていました、白波です。

まさか5日も引きずるとは思いませんでした……皆さまもお気をつけて。

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