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14.裏切り者


「余は反対だ」


 これ以上ない怒気を含みながらそう言うのは、現魔王。

 絹のような白い髪は所々が焼け焦げ、ぷくーっと膨らませたその頬には煤がこびり付いている。荘厳な服装も今は汚れたり破れたりしていて、誰がどう見ても何か問題が発生したんだろうなと予想がつく格好だった。


 そんな魔王と対峙するのは私の配下、タナトスだ。

 何が起こったのかを簡単に説明するなら──親子喧嘩、かな。

 一歩間違えれば魔王城を半壊させてしまうほどの大規模な喧嘩だ。騒ぎを聞いて駆けつけたラスティアが魔王を、私がタナトスを死ぬ気で押さえつけていなければ、きっとそれは現実になっていただろうね。


「まぁまぁ魔王様。久しぶりの再会なのですから、そう怒らずに」

「これが怒らずにいられるか! ふざけたことを抜かすだけでは飽き足らず、人の幼い頃の話をベラベラと……! 挙句には魔王に抵抗するなど、馬鹿にするのも大概にしろ!」


 ドンッと机を叩く魔王。そのせいで机とその下の床にまでヒビが入って、積み重ねられた書類が崩れ落ちたけれど……思った以上に周囲の驚きは小さい。

 むしろ「また始まった……」と言いたげな溜め息を吐き出して、何事も無かったかのように各々の仕事に戻っていた。


 魔王軍にとって、魔王の癇癪は日常茶飯事なのかな。

 そう思うほどの落ち着きぶりだけど、その度に床が割れるほどの揺れが起こるのは正直勘弁してほしいなと、私は人間代表として声を大にして言いたいよ。


『何を怒っているのだ? まさか、我に勝てなくて不貞腐れたのか? 負けず嫌いなのは昔から変わらないのだなぁ……我は懐かしいぞ』

「くっ……! 言わせておけば貴様ぁ!」

「魔王様! 落ち着いて! 深呼吸ですよ深呼吸! 怒りに身を任せてはいけません!」


 タナトスは何度も火に油を注ぐ。

 その発言で魔王が更に怒ると理解していながら、わざとそうやっているんだろうな。さっきから魔王が怒鳴るたびに、とても楽しそうに笑っているし……これは確信犯で間違いない。


「……永遠に眠り続けていれば良かったものを」

『呼び起こされてしまったのだから仕方ない。恨むなら主人に地下墓地の独占権限を与えた己を恨むのだな』

「………………くっ!」


 と、急になぜか矛先を向けられた私。

 咄嗟に視線を逸らして難を逃れたけれど、内心では今も注がれ続ける敵意に心臓はうるさく鼓動し続けている。


『あまり主人を虐めてやるな。ヒルデのそれは人間に悪影響だ』

「──チッ」


 心臓を鷲掴むような敵意は霧散した。

 それと同時に息苦しさも消えて、ようやく私は落ち着いてお茶を飲めるようになった。


「すまなかったな。其方に八つ当たりをした」

「いや、別に怒ってないよ。……うん。良いお茶だ。ここまでお茶が美味しいと感じたのは初めてだよ。二度とこんな気分を味わいたくないね」

「…………すまん」


 包み隠さずに嫌味を言えば、流石の魔王も罰が悪そうな顔になった。

 ……珍しく反省していそうな顔だ。今はそれを見られただけで満足しておいてあげよう。


「タナトスも、あまり魔王を虐めないであげなよ。娘との再会で嬉しくなるのは分かるけどさ、その度に巻き込まれる身にもなってね」

『うむ。悪かった。次からは気をつけよう』


 本当に反省しているのか分からないけれど、魔王に二言は無いと思いたい。……割と本気で。




          ◆◇◆




「では、其方の報告を聞こう」


 どうにか魔王達の親子喧嘩を丸く収めた私は、私が地下墓地でやったことの報告をすることになった。


「アンデッド約二万。最上位アンデッド、ノーライフキングが一体。上位アンデッド、デュラハン二十、リッチ十。その他全ては中位と下位だ」


 それらを上手く纏めてくれたのがタナトスだ。

 デュラハンを中心とした前衛部隊が三つ。リッチを中心とした後衛部隊が三つ。私が改造して飛べるようにしたスケルトンの飛竜部隊が一つ。合計で九つの部隊が編成された。


「ふむ。ただの人間にしては良くやったほうか」

「……もう少し褒めてくれてもいいと思うけど? 結構頑張ったんだけどなぁ」

「これでも褒めているつもりだ。正直、出来て精々一万程度だと思っていた。余の想像を超えてくれる者は見ていて面白い。今後も精進するといい」

『すごく頑張ったんですね。これからも期待しているので、無理しない程度に頑張ってくださいね────と、ヒルデは言っている』

「……………………」

『ははっ、なんだヒルデよ。そんな目で見て、構ってほしいのか?』


 私はあえて何も言わない。

 安易に触れれば命の危険がないと分かっているから。


「ン、ンンッ──! これで報告は以上だよ。まだ死体は残っているけど、これ以上雑魚を増やしても労力の無駄だと思ったから、補充用として今は放置してる」

「うむ、それで良い。……して、其方はこの戦力で十分だと思うか?」

「…………正直、難しいと思うよ」


 こっちには二万の兵と三十体の上位アンデッド、ノーライフキングもいる。

 それでも、私のアンデッドだけで剣聖と──あの国と対等に戦えるかと言われたら、それは難しいと答える。


 剣聖が持つ力は、なにも剣術だけじゃない。

 類い稀なる剣の才能と邪を滅する聖なる力。両方を習得し、そのどちらも至高の域に達しているから、あいつは剣聖の名で呼ばれているんだ。


 アンデッドは聖属性の攻撃に弱い。

 それは上位アンデッドも例外じゃなくて、それだけで殺されることはなくても、明らかな弱体化は喰らうと予想している。

 私と剣聖は相性が悪い。最悪だと言ってもいい。

 そんな相手と真正面から戦うのは、はっきり言って戦力の無駄だ。駒を消費するだけの戦いはやりたくない。


 だから、私には協力者が必要だ。


 絶対強者。正真正銘の化け物。魔族の王。

 魔王ヒルデガルダ・エーデルハイド。彼女が持つ力と、彼女が誇る最大戦力の協力が。


「よろしい。では其方に聞こう。其方は──余に何を差し出す?」


 私はすでに魔王から優秀な駒をもらった。

 その上で剣聖を相手するには足りないと、もっと協力してくれと頼み込んでいるんだ。


 協力も無償ではない。

 魔王を、その配下を利用するに値する対価。それはすでに決めてある。


「貴女に忠誠を。無事に私の花嫁を取り戻すことができた暁には、この力を魔王陛下に捧げると誓う」

「それは同種への裏切りになると理解しての発言か?」

「──はっ!」


 笑い飛ばす。

 私を直々に勧誘してきた奴が、何を今更。


「先に私達の邪魔をしたのは向こうだ。その報いは受けるべきでしょう?」


 裏切りなんて知ったことか。


「私達の仲を邪魔する奴は誰であろうと排除する。それに例外はない」

「たとえ魔王でも……か?」


 その一言でラスティアの警戒心が高まった。


 …………なるほど。

 魔王が私に何を言わせたいのか、ようやく理解したよ。

 魔王とラスティアは私の裏切りを警戒している。それは私が魔王と対等な力を手に入れたから。もし私が何かしらの原因によって反旗を翻したら厄介だから、今のうちに信頼できるかどうかを見定めておきたいんだ。


「ああ、そうだね。もし私達の居場所を壊そうとするのなら、私は全力で抵抗する。たとえ魔王でも、だ」

「逆を言えば、こちらが其方らの邪魔をしない限りは安全であると?」

「その通りだよ」

「生意気だな」

「なら、私をここで見限る?」

「……ふっ、愚問だな」


 魔王は笑い、側に控えるラスティアを見つめた。

 最後まで私のことを警戒していた彼女も、余計なちょっかいを出さない限りは大丈夫だと判断してくれたのか、小さな溜め息を吐き出していた。


 まだまだ警戒はされていると思う。

 でも、面倒事になる可能性は無くなった……かな?


 私の望みはエレシアを取り戻すことだけ。

 私は剣聖を相手にしなきゃならない。本番までになるべく体調とか精神とかを整えておきたい。仲間内で揉めるのはそれ以前の問題だ。険悪な雰囲気になるのは正直避けたいから、疑われなくなるだけでも十分だ。


「いいだろう。人の身で魔王軍に加入するのだ。それくらいの威勢がなければ余の配下に相応しくない」


 魔王は立ち上がり、私の前に立つ。

 私はタナトスの見様見真似で膝をつき、彼女から流れてくる力を受け入れた。


 手の平に熱が生じた。

 そこには紋様が刻まれていて、私のものとは違う力を感じる。


「それは余の力の片鱗だ。貸してやる。上手く使え」

「期待されてる、って解釈でいいのかな?」

「無論だ。余は期待しない者を勧誘せず、余の城を跨ぐ権利すらも与えない。だが、決して慢心するな。その身に傲慢を抱いた瞬間、其方は其方自身を滅ぼすことになるだろう」


 期待と忠告、脅しも少々。

 どこまでも一筋縄じゃ終わってくれない、魔王らしい言葉だ。


「死霊術士アンリ──其方を歓迎する」


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