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13.唐突に始まる喧嘩


 地下墓地に籠って九日が経過した。今日で十日目。約束の期限の最終日だ。

 私にとっては長い時間のように思えたけれど、外ではまだ一日も経っていないことに驚きだ。


 当たり前だけど、こういう感覚は初めてだった。

 人々にとって空間魔法なんて伝説に出てくる夢物語だ。そんなものを魔王は当たり前のように使って、時の流れさえも自由自在に操れるなんて最初は信じられなかった。ましてや私がそれを体験するなんて夢にも思っていなかた。

 改めて魔王ってのは化け物なんだな、と思う。

 そんな化け物と協力関係を結ぶことを決めた私も私で、かなり危険な思考を持っているんだろうけどさ。でも、エレシアのためなら当然の判断だよね。


『随分と暇そうだな、主人よ』


 と、大量の骨の上でボーっとしている私を呼ぶ声が。

 私に話しかけられる奴は限られている。ましてやこの直接脳内に届くような気味の悪い声は、新しく傘下に加えたノーライフキングのタナトスのものだ。


「………………」


 そういや、こいつも元魔王だったな。


 ということは、だ。

 こっち側の陣営には魔王が二人もいるってことになるけど、それって普通にヤバいことだよね。


 片方は現役の魔王をやっていて、その化け物じみた実力はこの目で確認した。

 もう片方は最強のアンデッドとして蘇りを果たした。改めて私ってば、かなり取り返しがつかないことをしてしまったんじゃないかって思う。


『なんだ。人の顔をジロジロ見て。骸骨の顔など見てもつまらないだろう』

「……そうでもないよ。骸骨にも違いはあって、それを探すのは案外面白いものだ。暇潰しにはちょうどいい」

『健全な人間の思考ではないな。実に死霊術士らしい意見だ』


 まぁ確かにその通りだ。

 普通の人なら骸骨を見ただけで驚くだろうし、何度も戦場に出て多くの死体を見てきた猛者でも不快に思うだけで「面白い」なんて言葉は絶対に出てこないはずだ。


「で、急になにさ。頼んでたものはできたの?」

『先程終わったところだ。確認を頼む』


 タナトスに頼んでいたものはアンデッド軍団の部隊編成だ。

 今では二万を優に超える軍勢となった私のアンデッド達。そいつらをいくつかの部隊に分けて、それぞれに違う役割を命令する。そのための編成案だけど、思っていたよりも早いな。


 やっぱりタナトスに任せて良かった。

 魔王の知恵は頼りになるよ。……本当に。


『全く、少しは自分で考えてほしいものだな』

「仕方ないじゃん。私はごく普通の一般市民で、戦争なんてやったことがないんだからさ。素人が下手に手を出すより、経験者だけで考えたほうが効率いいでしょ?」

『それは理解している。……理解はしているのだが、ここまでやる気のない姿を見せられるとな。文句の一つや二つくらいは言わせろ』


 溜め息混じりにそう言ったタナトスは、四肢を投げ出して死体の上で寝転がる私を見つめ、二度目の溜め息を吐き出した。


「勘弁してよ。過去一で死霊術を酷使したから、心身共に疲れているんだ。最終日くらいは休ませてほしいな」

『確かに主人の仕事量は目を見張るものがあった。しかし、それとこれとは』

「あーはいはい。部隊編成案はこれで大丈夫。やることは大体終わったからタナトスも休んでいいよー。ここを出たらもっと忙しくなるからね。ちゃんと休憩しないと後で後悔するよ?」

『我はアンデッド。疲れとは無縁だ』

「そういえばそうでしたねー……」


 アンデッドは疲れを知らない。

 走ろうと思えば永遠に走り続けられるし、食事も睡眠も必要ないときた。それだけを見れば羨ましい限りだけど、自分で自分を使役することは出来ないから諦めよう。


『娘、ヒルデはいつ迎えに来るのだ?』

「うん? ……えーっと、今の魔王のこと? 魔王ならもうすぐ来るんじゃないかな。約束の期限は今日だし、流石に忘れるなんてことはないでしょ」

『分からないぞ。娘もその従者も少し抜けているところがあるからな。それに加えて興味のないものには呆れるほど適当になるのだ、あれは』

「あー、なんか分かる気がする」


 でも、流石にこれで迎えに来てくれなきゃ困る。

 もし来なかったら……その時はその時だ。軍勢を引き連れた私とタナトスで直接文句を言いに行ってやろう。


「当人の居ないところで話を盛り上げないでほしいな」

「ん?」

『む?』


 地下墓地の扉が重々しい音を立てて開いた。

 その先には魔王がいて、文句を言いたげな表情でこっちを睨んでくる。若干頬が赤くなっているような気もするけれど、指摘したら消し炭にされそうで怖いから黙っておこう。


『なんだヒルデよ。そんなに頬を赤くして、自分の居ないところで噂話をされて恥ずかしくなったのか?』


 と、火に油を注ぐ馬鹿がいた。

 しかも私の隣だ。魔王は余計に怒るのは当然のことで、やばいと思った瞬間にはタナトスが爆発していた。真横にいた私も被害を食らって引き飛んだけれど、骨山の上に着地してなんとか一命は取り留められた。──マジで死ぬかと思ったけどね!


『娘よ。数年ぶりの再会だというのに、挨拶がこれとは……照れ隠しにもほどがあるのではないか?』

「む? どこぞの死に損ないかと思えば父上ではないか。あのまま大人しくくたばっていればいいものを、アンデッドになったことで余計にしぶとくなったのか? 余が再び引導を渡してやるから、今度こそ安心して逝くがいい」

『なんだその口調は。我の真似か? 昔は「お父様大好き!」と言っていたのに、随分と変わってしまったのだなぁ?』

「──っ!」

『あの時は可愛い娘はどこに行ったのだ? 見た目は麗しく育ったのに、口調が残念に……いや、我の真似をしたと考えたら、それはそれで愛いではないか。……しかし、我は昔の口調のほうが気に入っている。何を今更恥ずかしがる。もう一度、我のことを「お父様」と』


 爆発、再び。

 そして本日二度目の骨山着地。

 いくら死体に慣れた私でも、頭から死体の山に突っ込むのは勘弁したい。


「死ね!」

『残念。すでに死んでいる』


 一人と一体は、何度も吹き飛ぶ私のことなんか御構い無しにやり合っている。

 片方は本気で相手を消し炭にしようと。もう片方は子供と遊んでいるように愉快な笑い声をあげながら。


 魔王と魔王の戦い。

 それはもう側から見れば怪獣大決戦だ。


「いい加減に、しろぉおおおおお!!!!」


 そんな心からの叫びも、怪獣には届かない。

 二人の気が済むまで、もしくは魔王城が崩落するまで、私は必死に地下墓地の中を逃げ回ることしかできなかった。


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