11.魔王の死体2
正座する私。
目の前には先代魔王の思念体。
『ふむ、なるほど。そのような理由があったのだな』
「…………やっと理解してもらえた?」
変に刺激しないようにと細心の注意を払い、人間の私がどうして魔王城の地下墓地にいるのかを説明し終わった頃、私の足には限界が訪れていて、最早痺れを通り越して感覚を失っていた。
俗に言う、満身創痍だ。
『ああ。死霊術士とは言え、ただの人間が五体満足で魔王城に忍び込める訳がない。部外者が侵入した時点で城全体の罠が作動し、侵入者を確実なる死へと追い込むように我が設計したからな』
そんな危ないことになっていたのか、この城。
しかも、アンタがやったんかい。
『状況をもう一度整理しよう。貴様は剣聖から幼馴染を奪い返すため、現魔王と手を組んだ。それで貴様は地下墓地に運び込まれた死体に関する全権を得て、死霊術にて戦力となるアンデッドを作り出していると』
「うん。その通りだよ。それで、先代魔王をノーライフキングとして蘇らせようと思って、貴方の墓を探していたんだ」
でもまさか、その先代魔王の遺体に思念体が残っていたとは思わなかった。
こうなるとちょっと面倒だ。
最悪、この先代魔王がノーライフキングにとして蘇ることを拒絶すれば、私の計画は崩れ去る。
剣聖と戦うには強い駒が必要だ。
あの女は数で押し切れるような相手ではない。質も量も十分に整えて挑まなければ返り討ちにされて終わっちゃう。だから、私の軍勢にはノーライフキングの存在が必要不可欠なんだ。
「どう、かな……私としては先代魔王にも協力してくれると嬉しいなぁ、って思うんだけど」
『いいぞ』
「そうだよねー。そんな簡単には頷いてくれな…………え?」
今、なんて?
私の聞き間違いじゃなければ、『いいぞ』って聞こえたんだけど?
『我はすでに魔王の座を引いた身。現魔王が貴様に死体の全権を与えたのであれば、死者である我々はその決定に従うのみだ。貴様が我にノーライフキングとなり、手足となって戦えと言うのであれば──我はそれに応えよう』
「でも、いいの?」
死んでいるとは言え、彼は先代魔王だ。
そんな化け物みたいな魔族が、人間なんかに従うのは不快じゃないのかな。
いや、まぁ……おとなしく従ってくれるなら、それに越したことはないんだけどさ。こうも上手くいくと逆に不安になるじゃん。
『先程も言った通り、我々魔族は魔王に従う。たとえ我が先代であっても例外はない。これは絶対厳守の掟なのだ』
「それに不満は無いの?」
『魔族は力こそが全て。人間で言うところの実力主義だ。唯一の強者が魔王となるのだ。それに付き従うことこそが魔族にとっての普通であり、本能とも言うべき行動原理でもある』
腹が減ったらご飯を食べるように、眠くなったら眠るように、絶対強者に従うのは魔族にとって当たり前のことらしい。
──実力主義。
なるほど、とても分かりやすい例えだ。
「それじゃあ、今から貴方を蘇らせるよ。今後はノーライフキングとして多くのアンデッドを纏め上げ、私のために働いてもらう」
『その命令、請け負った』
魔法陣を描き、その上に先代魔王の遺体を横たわらせる。
ノーライフキングは何度も作り出せるものじゃない。ましてや元になる素体が魔王だなんて、二度とない機会だと思っていいだろう。
だからこそ、私にできる全力を注ぎ込む。
「【私の呼びかけに応じて蘇れ。其方は──
『我が名はタナトス。冥界をも従えた魔王である』
これにて契約は成立した。
親指を噛みちぎり、魔法陣に血液を垂らす。魔力を注ぎ、ノーライフキングの心臓となる核を創造した瞬間、魔法陣から闇が溢れ出し、地下墓地は深淵に呑まれた。
その深淵全てに濃厚な魔力が宿っている。
それは地下墓地にある死体にまで影響が及び、私が手を加えるまでもなく、独りでにそれらは動き出す。
王の誕生にアンデッドが震えている。
喜びと恐怖。絶対強者に抱く感情が入り混じり、それは契約者である私にまで流れてきた。
『………………ふむ』
たった一言。
それを発しただけで空気が震えた。
『悪くない目覚めだ。これが新たな我、か』
王族が纏うようなローブと、闇を凝縮させた宝玉が宿る杖。
──成功だ。
「は、はは……」
喉から乾いた笑いが漏れ出る。
私はとんでもないものを蘇らせてしまった。
でも、それに後悔はない。最初から望んでいたことだ。彼が、ノーライフキングがいれば取り戻せる。あの女から私の花嫁を──。
『改めて、我が名はタナトス。これより我は死霊術士アンリを主人と定め、その行く末に付き従うことを約束しよう』
王に相応しい風格を見せながら、タナトスは恭しく跪く。
付き従うと言われた。
私を主人と認めてくれると言ってくれた。
でも、タナトスの目は同時に、こう物語っていた。
『貴様が我の主人に相応しくないと判断した瞬間、貴様を殺す』と。
──どうか失望させてくれるなよ?
タナトスはそう付け加え、楽しそうに笑うのだった。