98草
前回のあらすじ「事前情報の確認」
―翌日の早朝「イポメニの古代神殿・2層」―
「よし……行くわよ」
昨日とは打って変わって、装備をしっかり整えた俺達はさっそく2階層から3階層へと続く階段を下りていく。
「とりあえず、今日のところは10層まで行きたいね」
「ちなみに前回は?」
「11層……うう。トラウマが」
「ミミックに加水状態にされて帰って来たんだったな……で、その体でしばらく過ごす羽目になったと」
「そうよ。まあ、今は薬もしっかり用意されているから問題無いわよ……まあ、そうならないのが一番だけど」
「そうだな」
昨日、ギルドマスターのフェインから話を聞いた俺達はコテージに戻る前に店によって、ここの攻略に必須な過水を解除する薬である減水薬を1つ購入。その夜、皆が寝ている間に俺がせっせと増産しておいた。
「減水薬は60個だからな。そこは注意してくれよ」
「分かってる。とは言っても、今日は使わないわ。状態異常を使う奴らは11層からだし」
「昨日の時点でも確認されていないから安心ですね」
「だな。今日は肩慣らし……明日からが本番だな!」
「アルヒの洞窟の一件もある。お前ら注意を怠るなよ?」
ビスコッティとアマレッティの2人が余裕をかましているので注意しておく。アルヒの洞窟ではラーナの称号を持つラーナ・ボンゴが現れたことで、ダンジョンの敵の数が増えた事例がある。用心する必要はあるだろう。
そんな話をしてると、ついに3層へと到着する。1,2層は広い空間に四方が水の壁で覆われていたが、3層は神殿と同じ材質の石で作られた壁がいくつも設置されていて、恐らく迷宮になっていると判断できる。
「迷宮探索か……どれだけの規模か分からないが時間が掛かりそうだな」
「そうね……規模は1、2層と変わらないはずだけど、ここからそれが10層まで続くと思うと大変ね」
「ジメジメしてる……」
ガレットの言う通りでかなりジメっとした空気である。こんなところに長居していたら、葉っぱにカビが生えてしまうかもしれない。
「え? そんな大変じゃないよ?」
「そうよ。短時間で済むわ」
俺とフォービスケッツの4人がその大変さを想像していると、ドルチェとココリスの2人がそれを否定する。
「何か策でもあるのか?」
「だって……ナビゲーションで一発だもん」
「……あ」
そういえば、魔法が10分ほど使えなくなる代わりに、周辺の情報が分かるドルチェの特殊アビリティであるナビゲーション。いつも敵の数や方向などを知るために使われていたから、地形も丸分かりということを忘れていた。
「……本当に肩慣らし程度で済むかもしれないな」
「今回は人数もいるから、安心して使えるよ……ってことで、ナビゲーション!」
ドルチェがさっそくナビゲーションを使って周囲の障害物の位置を把握する。
「皆! ドルチェの指示を受けながら移動するわ。ドルチェを中心に陣形を取る! ドルチェはウィードを両手に構えてちょうだい!」
ココリスが指揮を取り皆が陣形を取る。前方をパラディンのビスコッティと槍術のアビリティを持つココリスの2人が担当、後衛を盗賊とレンジャーのアビリティを持つアマレッティが担当して後方からの襲撃に備える。
そして中間には魔法攻撃をメインとするガレットとクロッカを置くことで、素早く前後からの襲撃に備える。
「で、俺はこのダンジョン攻略で一番の要であるドルチェの絶対死守か……分かりやすくていいな」
「7人もいるからね。しっかりと役割分担しないと混乱しちゃうからね」
「ココリスさんは元騎士。統率のアビリティもあり実績もありますからね。安心できます」
「過信し過ぎよ。それに状況を冷静に分析する能力ならウィードの方が高いわ」
「前世の知識を上手く利用しているだけだ。今回の状態異常なんて全くの初耳だしな……やっぱり、これも神様の趣味か……」
「「「「え?」」」」
俺の言葉にここにいる全員が驚きの声を上げる。
「言ってなかったか? どうも肥満とか膨らむとかの状態異常が多いと思って聞いてみたんだが……って、ここで立ち止まってるのもアレだからさっさと移動しようぜ。話すのもその最中でいいだろう?」
「え、ええ……」
立ち止まってるのもアレなので、さっさと進むことをココリスに進言して移動を開始する。
「で、どういうことなんですか?」
「前の世界の話なんだが……一昔前の女性はポッチャリしていた方がモテたそうだ」
「まさか……そんなノリで?」
「そんなノリだ。目的も聞いたんだが……人の増加が目的だそうだ。ちなみに獣化とか痩身薬もそのノリだな」
「……聞かない方が良かった気がする」
「神の威厳とかあるだろうから、アスラ様にも黙ってたしな……だから黙っておいてくれよ」
「言いませんから。不敬罪で処分されちゃいますから……」
ビスコッティの言葉に全員が頷く。まあ、こんな話を信じるなんて事情を知っている奴等しか分からないだろうし、恐らく話が漏れても問題は無いと思うが……。
「そこの角にモンスターの反応があるよ。数は3つ」
「戦闘は免れそう?」
「無理。進行方向にいる」
「そう。なら戦闘に入るわよ」
ドルチェが敵を補足したところで、皆が武器を構える。角を曲がるとその先に待ち構えていたのは……。
「うーーん……ナメクジか。まあ、湿気ってるしな……」
大きなナメクジが這っていた。しかも触覚が緑色でカラフル……何か寄生されているのだろうか。といより、ナメクジって海水を嫌がるんじゃ……。
すると、ナメクジ達もこちらに気付いたようで、俺達を獲物だと判断したのだろう。こちらに迫って来る……ゆっくりと。
「なあ、アレを倒したら目の部分から変なモンスターが現れるとか無いよな?」
「無いわよ? パラスラッグは大した素材が無いし……魔法で倒してしまった方がいいわね」
「なら、私達の出番ね」
「……ヌメヌメ気持ち悪い」
ガレットとクロッカの2人が杖を構え、魔法をぶっ放す。ゆっくりと動くことしか出来ないナメクジ達はそれをもろに受け、一瞬にして消え去ってしまった。
「魔石を回収して、次に行くわよ」
「はいよ」
俺はそう返事して、収納のアビリティを使って、移動しながら地面に落ちている魔石を回収する。すると、また反応があったようで再び皆が武器を構える。
ここから本格的にダンジョン攻略が始まる中、俺はあることを考えていた。
(……パラスラッグ。パラサイトとナメクジの英語名であるスラッグの造語……だろうか。やっぱり寄生虫が……)
パラスラッグはどんな事があっても消し炭にしようと、俺は心に決めるのであった。うっかり、誰かが寄生されて、どこぞの物語のように目が飛び出るような事を防ぐためにも……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―数時間後「イポメニの古代神殿・9層」―
「うん? 少し雰囲気が変わったな」
順調に下へと下りていき9層に辿り着く。すると、先ほどまでのヌメヌメとした雰囲気は無くなり、ほどよい湿度になっている。
「ここから出現するモンスターの種類が変わるのか?」
「パラスラッグがいなくなるよ。ここに出るのはスライムとウニウニだけ」
3層から8層まで何度か戦闘があったのだが、そこで出てくるモンスターはパラスラッグ以外には普通のスライムと、ウニをただ人型サイズまで大きくしたような姿のウニウニの3種類だった。
「へえ……それは少し嬉しいな。どうも、あの姿は好きになれん」
「はは! ここにいる全員がそう思ってるよ……っと」
アマレッティが何かに気付き、そちらを振り向く。そこにあるのは……。
「宝箱……」
通路にポツンと置かれた宝箱。いかにも怪しい。
「アレってミミックか?」
俺がそう訊くとドルチェが体を強張らせる。そういえば、ミミックに水を注入されたとか言ってたな……。
「いや……これは……」
アマレッティはそれに近づき、蹴りで器用に宝箱の蓋を開けて中身を取り出す。
「ごまだれ~」
「どうしたのウィード?」
「気にするな」
アマレッティの宝箱の開け方と、宝箱の中身の持ち方を見ていたらふと思っただけである。流石に両手で宝箱の中身を掲げることはしなかったが。
「アクアマリンか……いいね。高値で売れるよ」
アマレッティはそう言って、俺にアクアマリンを預ける。役目を終えた宝箱はスッと霧散していく。
「その代わりに宝箱が出てくるわ。開けても無害な宝箱が……ね」
「で、油断したことろで11層からミミックが襲ってくるのか……質が悪いなおい」
「そういうこと……気を引き締めていくわよ」
その後、2回ほど宝箱を発見するが、どちらも無害でかつ高額で換金できる宝石だった。
「へへ……! 大量大量!」
ホクホク顔のアマレッティ。その表情はしばらく崩れる事はなかった。そしてすぐに10層へと続く階段を発見した俺達は、そのまま階段を下りて行くのであった。




