89草
前回のあらすじ「新たな薬の作成に成功!」
―翌朝「王都ボーデン・モカレートの家 調合室」―
「素材集めの際に、何かを討伐しないといけない素材とか無かったか? こう……王都に無いからとか」
「王都に無い素材ですか?」
クロッカが顎に手を当てて、昨日の事を思い出そうとする。しばらくの沈黙の後……。
「無いですね」
「……そうか」
そんな話は無かった……か。そうなると、本当に若返り薬が欲しくて依頼しただけなのか……。
「あ、でも……」
「でも……なんだ?」
「美容にいい素材を探している時に、あるお店の店主が言ってたんです。あいつらの仲間じゃないよな? って」
「あいつらの仲間? 俺達の事か?」
「私もてっきりそうかなと思って、店主と話してみたら違ってました。その方々は顔を隠すように黒いフードを被っていたそうですから」
「黒いフードを被った集団……そいつらも探していたってことか?」
「そうみたいです。そのお店でも普通に美容にいい商品を買って、去っていっただけですから」
「……そうか」
怪しげな黒いフード……ね。もしかしたら……。
「それで……何か今回の件とその黒いフードの集団が何の関係があるのかしら?」
俺とクロッカが話していると、そこにココリスが起き上がって話に混ざって来る。
「聞いていたのか?」
「ええ。ドルチェからあなたの様子がおかしいって聞いていたから……ちょうどいいと思ってね」
「盗み聞きは良くないな……」
「あら? 隠している方が悪いでしょ?」
「まあ、それもそうか……」
「……で、どうなの?」
ココリスが起き上がって、顔を近づけて俺をガン見する。美人がここまで顔を近づけるのはかなりドキドキするな。
「知らん。俺も今、知ったところだしな」
「でも、何かあるんでしょ?」
「うーーん……あるかもしれないし、無いかもしれない。すまないがこれは惚けていないからな。本当に、そこの関係は分からないんだ」
「つまり……あなたの推測?」
「そうだ。だから、下手に話すものじゃないと思って黙っていたんだ」
本当に、俺の話が本当なのか、何か隠していないのかと疑って俺を睨み続けるココリス。俺が耐え切れずに口にすると思っているのだろうが、知らないものは知らないのだ。それと、その気になれば視点を自由に変更できるので、この威圧は正直言って意味が無いんだけどな……。
「どうやら無さそうね」
「当たり前だ。それで、どうする? 俺の妄想でも聞くか?」
「当たり前でしょ。で、どうしたのかしら?」
「それは……」
俺は昨日の考えていたことを正直に話す。その間、2人は静かに聞いてくれた。
「……っていう訳だ。どうだ?」
「そういえばそうですね。しかも、モカレートさんは冒険者としても、薬師としても有名です。この王都の人間……しかも、教会のトップとなれば知らないはずがないです」
「つまり、この若返り薬自体はどうでもよくて、その黒い集団の調査、もしくは捕縛が目的だったってことかしら?」
「さあな。もっと、調べれば他の原因に出くわすかもしれないが……今の所は、それだけだしな」
「ふぁああああ~~~~」
すると、ガレットが大きな欠伸をしながら起きる。
「おはよう……それと、私もそいつらに会ったけど」
「お前、聞いていたのか?」
「ううん……寝てた。ただ、何か聞いていた……?」
「なんだそりゃ?」
「ガレットはこれが基本だから、考えるだけ無駄ですよ」
「……ガレットのアビリティの中に睡眠学習というのが、あるんじゃないのか?」
「ない。私のアビリティは魔法に極振りみたいな物だし」
「そうか」
つまり、これは特技という事なのだろうか? それはそれで凄い特技だとは思うが……。
「それよりも……ガレットも聞いたの?」
「うん。何故か全員、黒いフードを被っていて、明らかに怪しい雰囲気を醸し出していたって」
「……怪しいわね」
「だな。時期的には夏なのに、黒いフードを被っているってこと自体がおかしいしな」
「店主は、新しい日焼け防止かね。とか言っていたけど……?」
前世でもそんな姿の女性がいたような気もするが……わざわざ、店の中でもそんな姿のままでいる必要が無いだろう。
「王都内で、美容に効く素材を集める黒いフードの連中……怪しいわね」
「そうですけど……どうして、こんな面倒な方法を?」
「そこが問題だ。何か意図があるんだろうな……もしかして、若返り薬はそいつらをおびき出すための餌か?」
「いえ、それだと話が合わないわ。それこそ、ウィードとモカレートの2人に頼めばいいのだから」
「それもそうか」
「何か大変な事になっている感じです?」
「聞いていただろうリーダー。絶対にこれは面倒ごとで間違いないぜ」
そこに、ビスコッティとアマレッティが話に混ざってくる。俺達が今回の依頼について議論していて気付かなかったが、他の皆もいつのまにか起きていたようだ。
「それじゃあ……素材集めは無駄だったってことでしょうか?」
「モカレートの言う通りで、そういうことになるのかな……」
「2人とも……それはまだ分からないぞ。もしかしたら、本当に欲しいのかもしれないしな」
純粋に考えすぎだという可能性も、まだ捨てきれない。しかし……あまりにも不自然な点が多すぎる。
「アスラ様にもう一度、会ってみる?」
「止めとけ。確かな確証も無いし、もし推測が本当だとしても、当の本人が素直に話すとは思えないしな……まあ、本当に困った時の最終手段だな」
「じゃあ……どうします?」
「それは……なあ、ココリス?」
ここまでの話を聞いて、何をやるのか既にハッキリしているであろうココリスに、今日の予定を発表してもらう。
「ガレットとビスコッティはここでウィードとモカレートの新薬作成のお手伝い。残りは他に素材が無いかを調べつつ、そいつらの情報を収集。それ以外にも怪しい噂が無いか集めて頂戴!」
「……ってことだ」
「分かったぜ! って……何でこの2人はここでの手伝いなんだ?」
「それは、ガレットは魔法による素材の加工とかしてもらわないといけないし……ビスコッティは作業の手際が良かった……ただ、それだけよ?」
「ビスコッティさんは料理をされるせいか、素材の下拵えも完璧でしたね」
「照れますね」
モカレートの素直な感想に照れるビスコッティ。ただし……料理が苦手な奴らが苦笑いをして、それ以上何も言わなくなってしまったが。
「そうしたら、支度を整えて早速仕事に入りましょ」
ココリスの言葉に全員が頷き、とりあえず朝食を取りに部屋を後にする。
「……お前、忘れ去られているぞ」
前言撤回。今だに花提灯を膨らませているんーちゃん以外だった。
その後、マンドレイク達が来ていないんーちゃんに気付き、寝たままのんーちゃんの足を引っ張って、部屋から連れ出すのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―朝食後―
「おお……これは」
「どうだ? 戦闘に役立ちそうな薬だろう?」
今朝方出来た新しい薬をビスコッティに飲んでもらった。今回の薬は肥満薬と同じ5段階のタイプがあるもので、いつも通りに下から2段階目の物を飲んでもらった。
「はい! 今ならどんな重い物も軽々と持ち上げられますよ!」
ビスコッティはそう言って、腕を曲げて大きな力こぶを見せつける。
「凄いですね……戦斧を使う女性冒険者がこんな感じでしたよ」
「私も同じ感想ですね」
そう言って、筋肉で太くなった足を触るビスコッティ。服の隙間からチラッと見えるお腹は見事なシックスパックになっていた。
「獣化でこんな筋肉が付く物もあったが……どんな動物になるかランダムだったしな。やっぱり、身体強化薬っていうのがあってもいいよな」
今回、新たに出来た薬の効果だが、体の筋肉を増強する物である。筋力の増強具合は色で変わり、濃ければ濃いほど筋力が付く。効果時間は飲んだ量で変わるのだが、どれだけ飲んでも1時間が限度である。
「媚薬に精力の付く食材を混ぜることで出来る薬……大変、面白い薬ですね」
「ああ。それに冒険者にウケが良さそうだよな。材料費も安いから安く売れるし。それに、ガレットのように後衛の奴が飲めば、魔法が使えない時の対策の1つとして使えそうだよな」
「そうかもしれない……ねえ? 私も飲んでいい?」
「いいぞ。ビスコッティと同じ奴でいいか? 個体差が出ないか確認したい」
「うん。いいよ」
俺は新薬をガレットに渡す。ガレットはそれを一気に飲み干し、自分の体を確認する。
「どうでしょうか?」
モカレートの質問に、ガレットは腕を曲げて力こぶを見せつける……が、小さい。ローブを少しだけ上げて足を確認するが、そこまで太くなった感じがしない。
「ふむ……どうやら日常的に体を鍛えて、それなりに筋肉が付いている奴の方が効果があるみたいだな」
「そうですね……となると、売るときには必ず試飲して、自分にあった効果のある薬を飲まないといけないですね」
「ん。残念」
自分もビスコッティ達のように戦えると思っていたのだろう。あまり感情を露にしない彼女が珍しく、ガックリと肩を落とし、今の心境を表している。
「そうしたら、もっと強い薬を飲めばいいんじゃないですか?」
「そうだな……ガレット。すまないがその薬の効果が切れたら、より効果のある物を飲んでもらっていいか?」
「いいよ」
「それじゃあ、効果が切れるまでしばらく時間がありますから、昨日の続きをしましょう!」
その後、俺達はこの新薬の効果を試しつつ、昨日と同じように美容に効果のある薬を生み出そうと調合を繰り返していく。2人が身体強化されたおかげで素材の下拵えがスムーズになって助かる。
しかし、この1時間後に起こるまさかの出来事に俺とモカレートは戸惑うことになるのであった。




