86草
前回のあらすじ「新しいクエストが始まる」
―夕方「リアンセル教・本教会」―
「こちらになります。アスラ様、お客様をお連れしました」
「どうぞ。お入りになって」
アスラ様から入室の許可を得た俺達は部屋に入る。中には本棚と細かい装飾がされたエグゼクティブデスク、それと机と革張りのソファー。それだけを見ると社長室を彷彿させ、教会の要素は微塵も感じない。
しかし、エグゼクティブデスクで作業している修道服を着た老年の女性がいることで、ここが教会の中の一室だと感じさせてくれる。
「久しぶりアスラ!」
「ええ。お久しぶりですドルチェお姉さま」
「ああ……そうだよな」
年齢的にはドルチェの方が年上であり、アスラ様は年下になるのだが、見た目ならアスラ様が祖母で、ドルチェが孫のように見えてしまう。
「それで……そちらが噂の冒険者ね」
「ウィードといいます。どうぞお見知りおきを」
「ウィード……いつものキャラと違くない?」
「初対面の相手にそんな不躾が出来るかって……それで、仕事の依頼で来たのだが」
「そうしたら、そちらにお掛けになって」
ソファの方に案内されてたので、ドルチェは俺をテーブルの上に置いてからそこに座る。それからすぐにアスラ様が対面のソファーに座り、話を始める。
「さっそくだけど……依頼は若返り薬の製作よ」
「確認だが……それはリアンセル教の教えから背いていないのか?」
「不老不死の霊薬とかなら問題よ。あくまで若さだけ……それか、若い人に負けないように動ける薬が欲しいの」
「そういうことか……けど、それなら若返りの薬は大分盛っている気がするんだが?」
「それはそうよ? いつだって乙女は若々しくいたいのよ」
笑顔で茶目っ気たっぷりの答えをするアスラ様。
「それにアフロディーテ様は愛と美を司るのよ。不老ぐらいなら何の文句は言わないわ」
「となるとアスラの要望としては、長寿と元気に動き回れる2つの効果がある薬が欲しくて、出来ればそこに若返りの効果のあれば尚良いって感じなのかな」
「お姉さまの仰る通り……で、あなたにそれは作れるかしら?」
優しい目で俺を見るアスラ様。俺のことを知っているようだから、それなりに期待をしてくれているのだろうが……。
「元気に動き回れる薬か……難しいな」
「ウィードでも作れないの?」
「1回だけ飲んで、それが永遠に続く良薬は無いからな。長寿と元気に動き回れる効果のある薬……それを1日1回とか服用し続けないといけなくなる。高額な素材をふんだんに使えば問題ないかもしれないが……」
「信者からの寄付ですからね。私欲でそんな浪費は出来ません」
「ってことだから、出来るだけ安価で長期間効果のある薬を作らないといけなくなる」
「なるほど」
「まあ、そこは栄養ドリンクみたいな物を作ればいいと思うんだが、恐らくアスラ様が本当に望んでいるような効果ではないしな。だから、一番いいのは……多少は値を張るが本当に若返り薬を作ってしまうかだが……そもそも、そんな薬を作れるかが怪しいしな……」
今回の依頼内容からして、アスラ様の欲しい薬は若々しく元気に動ける薬ではなく、中身だけでもいいから、若者のそれと同じにして欲しいというのが本人の願いだろう。しかし、そんな薬が作れるようにこのラボトリーのアビリティが設定されているのか怪しい。
「それを定期的に服用すれば不老長寿だしな。様々な場所で軋轢を生みかねないようなそんな薬を、神様が作らせてくれるとは思えないしな」
「うーーん……そうですね。アフロディーテ様もそれは望まれていないと思われます」
「ちなみにだが……次の世代を育てるのに予定している期間はどれくらいだ?」
「……前の子で5年ほどです。だから、後5年は元気でいられれば」
「他の人に仕事を任せるとかは?」
「すでに行っています。それでも務めはあるので……後継者の育成と今の務めを両立するとなると、やっぱり若い頃の体ぐらいじゃないと……」
「今いる人物から聖女に代わってもらうとかは?」
「すぐには難しいですね。聖女になった者しか知らない仕事とかもありますから」
「そうか……」
「ウィード……どうかな?」
「とりあえずやってみるだな。最低でも若々しく動けると感じられるような効果のある薬を作る。若々しく体を動かせる。それすなわち長寿につながるからな」
「分かりました。それでもいいのでお願いします」
「ああ。モカレートにも相談して作業をしてみるとしよう。とりあえず、出来ても出来なくても10日後に一度報告しに来るでいいだろうか?」
「ええ。出来なければ、それはそれで次の方法を模索するだけですから」
「了解した。満足のいくような薬を提供できるように全力を尽くしてみる」
「ありがとうございます……あの子のためにも頑張らないといけませんね」
寂しそうに話すアスラ様。死んだ聖女候補の事を思っているのだろう。アスラ様とその子の間がどんな関係だったのかは分からないが……良好だったのは分かる。
俺たちはそこで部屋を後にして、王宮への帰路に就く。そこで本人に訊けなかったあることを、ドルチェに訊く。
「ドルチェ。少し訊きたいんだが……」
「何かな?」
「聖女って……1人しか選出できないのか? あのような女性があの歳になるまで、全く後継者の育成に精を出していないとは思えないんだが?」
「ウィードの思っている通りだよ。聖女の称号を持つ人達はアスラ様を含めて6名いたの。そして、アスラ様はすでに3度ほど選出されてるの」
「じゃあ……アスラ様と去年亡くなった聖女を除く4人って……」
「……亡くなられたよ。しかもボルトロス神聖国の連中にね」
強く奥歯を嚙み、今まで見たことがない程に怖い形相をしたドルチェ。ドルチェ達と初めて会った頃に、2度対面したが……狂った信者どもだったな。
「それは……大分、堪えているだろうな」
「だから、フォービスケッツの4人も断れなかったと思うんだ。何とかしないといけないと思って……」
「分かった……何とかやってみるよ。この国の平和のためにもな」
「うん。お願いね」
「任せておけ。とりあえず……ステータス画面を見て何かいい案が無いか確かめるか」
そう言って、俺はステータス画面を見る。アビリティと収納中のアイテムを確認しながら、この後の予定を考えるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―その日の夜「王都ボーデン・お城の近くにある建物の一室」―
「それは……なかなか難しい注文ですね。体の中だけとはいえ若い人と同じにするなんて」
「だよな……」
帰って来た俺達は他の皆と一緒に先ほどの情報を共有する……1人を除いてだが。
「……いい感じ」
ガレットが気持ちよさそうに寝ている。その体はいつもの体型じゃなく、かなり太めにはなっているが……。
「ガレットはいつも通りだな……」
「そうですね」
「……お前らは寝ないよな?」
「安心してくれ。うちらは寝ないからな」
アマレッティがその少し膨らんだ顔で答える。その隣にいるビスコッティとクロッカもその膨らんだ頬を揺らしながら頷いている。
「そんなポッチャリ姿で言われてもな……」
就寝前ということで、安眠のために肥満薬を飲んでぽっちゃりになったフォービスケッツの4人。普段使いの寝間着が内側から引っ張られて、ボタンの隙間からその肌がチラチラと見える。
「この自分のお腹がいいクッション代わりになるんですよ」
そう言って、自分の膨らんだお腹を触るビスコッティ。梅雨の時期が終わり、気温が上がり始めているので暑くないかと思ってしまうのだが……この部屋に置かれている室内の温度を調整する魔道具のおかげで問題ないらしい。
「まあ、いいか……それでビスコッティ達は何かいい情報が無いか? どんな噂でもいいからさ」
「若さとかならヌルットードですけど……体ですか……」
「それなら、市場に売られているニンニクでしょうか。精が付くって冒険者から話題によく上がりますから」
「花のモンスターから採れる油が効くって聞いたことがあるかしら」
「それなら、キラービーの巣から採れるハチミツだぜ。貴族の間じゃ有名だしな」
「あ。私もそれ聞いたことがある。かなり前だったけど……今でも変わらないんだね」
「ハチミツか……いい材料だな」
「それならアルラウネも効くって聞きますね……どこにいるのかが不明ですが」
「……見事にバラバラね」
ココリス以外の皆がそれぞれ美容に良さそうな物、精力が付きそうな物を挙げる。クロッカ以外の物は何となく分かるので、それらは効果に期待できる。
「クロッカの挙げた物ってどんな物なんだ?」
「恐らく花の種から採れる油ですね。なかなかの高級品ですね」
「椿油とか菜種油のような物か……それもアリだな。ココリスは何か無いか?」
「私? そうね……」
ココリスはそう言って、しばらく黙ってしまう。
「どうした? 無いなら無いでいいぞ?」
「いや……あるんだけど、その名前を忘れちゃったのよ。何て名前だったかしら……?」
「どんな物かも分からないのか?」
「モンスターの素材で粉状の物なんだけど……」
俺は他の誰かが知ってるかと思って、皆の表情を確認するが誰一人として分からないことが伺える。
「思い出したら言うわ」
「分かりました。皆さんには申し訳ないんですが、それらの素材を集めるのにご協力をお願いできますか?」
「私達は当然やりますよ。元はといえば私達に来た依頼ですし」
「ドルチェとウィードがやる気だし、私も当然やるわ」
今回の依頼のために、ここにいる全員が協力することが決まったところで話し合いはお開きとなった。
そして……皆が就寝している中、1人コツコツと自分なりに美に効きそうな物を使って配合実験をするのであった。