76草
前回のあらすじ「次は化粧品作り」
―「王都ボーデン・街道」―
「一雨来そうだな」
「うん」
次の仕事をヌルットード退治に決めた俺達はその間に準備をしっかりこなし、いよいよクエストが発注されたので、ヌルットードが生息する王都近くの川辺に向けて移動をしている。
先日の雨でぬかるんでいるが、ストラティオはそれを物ともせず、いつもの速さで曇天模様の街道を走っていく。
「~♪~~♪」
「ごきげんね? どうしたのモカレート?」
「だって……この長期クエストで荷物を持たずに移動できるなんて……最高じゃないですか!」
そう言って、再び鼻歌を歌い始めるモカレート。ストラティオに取り付けられているボックスにいるマンドレイク達も体を揺らして喜びをアピールしている。
「そんな長期になるのか?」
「もちろんです! ヌルットードを仕留めて、薬の原料を取って、すぐさま加工して……そして加工した物を持って、そのまま次の狩場へと……」
「なかなかハードスケジュールだな。いつもはどんな装備で行ってたんだ?」
「まずは……ストラティオだと運搬する際に、売り物が破損とかしてしまうので馬車を用意して、その中に薬を詰めるための瓶に調合の道具、野宿する可能性もあるので、テントとかの準備。後は食事やらなんやら……」
「凄い重たい装備で挑むのは分かった。俺の収納みたいなアビリティは無いのか?」
「私は無いです。いつも持ち歩いている鞄……これは魔道具で、ウィードさんのように収納することは出来ますが容量は少ないです。大量に収納できる魔道具は……お高いので……」
「なるほどな……」
「この国の女性の美のために大量に作ってもらわないといけないからね……二人共、頑張ってね!」
目をキラキラさせながら話すドルチェ。俺達の隣を走っているココリスも冷静さを装っているが……若干口元が上がっているのを見逃していないからな。
「で、最初の場所は?」
「王都の水源の一つであるモゴ湖。ストラティオなら明日には到着するわよ」
「それでも、私達が一番乗りじゃないんですけどね」
「そうなのか?」
「王都のクエストを受注したと同時に動き出すパーティーは多くありまして、ストラティオに乗ってモゴ湖に戻って、あらかじめ用意しておいた仮拠点で寝泊まりしつつ捕獲するって方々もいますね」
「後は、俺みたいな優秀な荷物持ちを引き込んで移動するとかか」
「そうです。それだけ、このヌルットードは儲けが出るお仕事なんですよ! ……そのヌルットードの気持ち悪さを我慢できればの話ですが」
「……ちなみに全員大丈夫だよな? 直接解体する事が出来ない俺が訊くのもアレなんだが……」
「問題無いわ。騎士団に所属してた頃は毎年狩りに行ってたし」
「私も特に」
「調合しますから当然」
「そうか……なあ、マンドレイク達の中で1体だけダメって拒否ってるやつがいるんだが……?」
籠の中にいるマンドレイク達が俺の質問にその短い両手で丸を作って答えてくれる中、1体だけその体を横に振って苦手な事をアピールする奴がいる。
「ああ。んーちゃんは苦手なんですよ。それだから、他の事をやってもらいます」
やっぱり、んーちゃんか……他のマンドレイク達と比べたら個性的だよなこいつ。
「とりあえず、事前の打ち合わせ通りに、今日はモゴ湖近くの宿場町で1泊して、翌朝、モゴ湖で狩りをするわよ。皆……私達の美容のために頑張りましょう!!」
おおーーーー!!!!と勢いよく返事をするドルチェとモカレート。それだけ、この国の女性には必須な化粧品なのだろう。
「ウィード……いい物を期待してるね!!」
「あ、はい」
俺……今回作るのが初めてなんだが……そこまで期待しないで欲しい。下手すると化粧水wwwとか変な物を作ってしまうかもしれないんだぞ?
そう思いつつも、俺はそんな事を言い出せず、たた、ドルチェの腰のベルトに釣られたままモゴ湖へと向かうのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―翌朝「モゴ湖」―
「おおー! これは広いな!」
翌朝、夜中に降っていた雨は止んで曇り空の中、俺達は宿場町から出発して、徒歩でおよそ1時間ほどで森の中にあるモゴ湖へ到着した。モゴ湖はかなりの広さで、対面の岸にある森林がかすんで見える。湖は透き通っていて、泳いでいる魚が見えるのだが、途中から真っ黒色になってしまっている。
「底が深いのか?」
「はい。どれだけの深さがあるかは分からないらしいですけどね……それより、早速……!」
「ああ待て。逸る気持ちは分かるが、一度これでも飲んで落ち着け」
俺は収納から、適当な飲み物を取り出す。今まではテーブルや地面に出していたが……今は蔓があるので、そこに出してから手渡すような事が出来るのはありがたい。
「それと、軽食はいるか? ここからしばらく狩りを続けるなら、少し腹に入れといた方がいいだろう」
「そうだね。携帯食だしてもらっていい?」
「分かった」
クッキーのような固形の携帯食を取り出し、それをマンドレイク達も含めた皆に配る。そして、それを食べつつ、皆でこの後の行動を話し合う。
「とりあえず、ここからモゴ湖の淵にそって進みながら討伐していくでいいんだよな?」
「うん。それで、今回、私はナビゲーションで敵の位置を随時補足するよ」
「私はいつも通りのアタッカー。で、皆の解体作業中は見張りをするわね」
「私もマンドレイク達と一緒にアタッカーを務めます。素材回収後は解体と調合作業に回りますね」
「俺は素材の回収と見張り、パーティーの状態を見て休息の判断に薬の提供……とりあえず、解体作業以外をやれって事だよな?」
俺がそうまとめると、皆が首を縦に振って同意する。
「そうしたら、さっそく行きましょうか。この時間なら夕方までには1周出来るでしょうから」
「そうだね……よし! 私は準備いいよ!」
携帯食を食べ終えたドルチェが出たごみを俺に預け、空いた手で杖を構える。他の皆もごみを俺に預けて武器を手に取る。
「じゃあ……行きましょうか」
ココリスが歩き出した。その後を皆が付いて淵を歩き始める。モゴ湖にはモンスターらしい影が見えないので、必然的に森林側を警戒する。
「ちなみにヌルットードって、いつも水の中にいるとかじゃないよな?」
「あくまで水辺の土地を好むだけですね。泳ぎは得意ですが、お魚さんのように水の中で呼吸できる訳じゃ無いですから」
「そうか……それならいいが」
「皆。来たよ」
ドルチェが何かを察知する。俺達は森の方へと意識を集中させると、森の奥から草木が揺れる音が聞こえる。
「ゲッロゲッロ!」
カエルの鳴き声、それが徐々に大きくなっていく。どうやら、狙いは俺達のようだ。
「俺達を喰いがいのある餌と見てるのか……」
「肉食だからね」
そんな話をしていると、3匹のヌルットードが森から現れる。事前にその大きさを聞いていたが……。
「こんなデカさのカエルは勘弁だな」
紫色の肌にヌルッした粘液、ギョロとした猫ような黄金色の目、そして……中型犬サイズのカエル。口から見える。さらにヌルッとした長い舌……。
「ビスコッティ達がやりたくない理由が分かる気がするな……」
毒が無いのに、あたかも毒があります! と思わせるような風貌。無いとは分かっていても、今度はそのヌルッとした粘液に手を触れられるかと訊かれたら……ダメと言う奴も多いだろうな。
「しかし……こんな奴が大量に出て来るとはな」
「行くわ!」
ココリスが俺達に一声掛けて、ヌルットードへと向かって行く。ヌルットードはその舌を伸ばして攻撃を仕掛ける。
「……アクセル」
身体強化の中でも速力を上げるアビリティを発動させるココリス。避けたと思ったら、すぐさま攻撃へと行動を移す。
「ゲッロ!?」
避けたと思ったら、すぐに自分達の前にやってきたココリスに驚くヌルットード。その間にもココリスは止まらず、そのまま持っている槍で1匹のヌルットードの頭を貫いた。
「ウォーター・ホイール!」
すかさず、俺も水魔法でヌルットードの首を刎ねる。もう1匹いたが、そちらはマンドレイク達のサウンド・ショットでひっくり返され、そこにココリスが槍で腹を貫いた。
「もういないよ」
「りょーかい……まずは3匹ね」
「何か下処理をするのか? 無いのなら俺の収納に仕舞っておくぞ」
「そのまま収納でお願いします。食肉で捕まえている訳じゃ無いですから」
「分かった」
俺は倒したヌルットード3匹を収納に仕舞い込む。
「よし。後は……」
血の匂いに惹かれて、他のモンスターが来ないよう俺は水魔法で地面の血を洗い流しておく。
「これで大丈夫か?」
「いいわよ。どうせ……この後、雨が降るだろうし」
そう言って、曇り空を見上げるココリス。その表情は先ほどとは打って変わって真剣な物になっていた。
「ここからが本番か」
「ええ。だから……気を付けてね」
この天候がどのような影響を及ぼすのか……今の俺にはそれを知る由も無かったのだった。