75草
前回のあらすじ「それで安眠できた?」
「……寝た気がしない」
―王都に戻ってから3週間ほど「王都ボーデン・お城の近くにある建物の一室」―
「……一族共々、絞首刑か」
「うん」
部屋で薬を作りながら、ドルチェの話を聞く。この部屋には今は俺とドルチェしかおらず、他の皆は城の兵士と一緒に訓練へ行ったり、城の図書館に行ったり……後は城下を散策に行ったりと、思い思いの場所に出掛けている。
結局、俺達はインスーラ侯爵家の誰とも会う事も無く、そして報酬の一つである拷問をする事も無いまま、首謀者一族はあの世に逝ってしまった。
まあ、その事に対して文句を言う奴はいない。それより他に得た報酬を有意義に使う方が大事というのが皆の総意である。俺もこうして、部屋でゆっくり商品の薬を作ったり、新薬の実験に勤しむことが出来る。今は皮化薬から新しい薬に変異させられないかの実験中だ。
「しかし……良かったのか? レッシュ帝国の奴らから文句が出ないのか?」
「そこは大丈夫。レッシュ帝国の王様直属の臣下の人がやって来て、双方の合意の元で情報を聞きだしたから……それに、この国に対してレッシュ帝国の貴族が何かしらの陰謀を企んでいたというのもあって、穏便に済ませたいって事だったから」
「そうか……互いに大変だな。どれだけの貴族が処分されるんだか……」
インスーラ侯爵家の手足として、実行役を務めていたユース伯爵家も身分剥奪の上で、当主は絞首刑、それ以外は投獄か、遠くの鉱山での強制労働という処分が決まった。他の追随していた貴族達も何かしらの重い罰が下されている。
「領地は貴族に分配して分け与える予定かな……ただ、それだけだと管理が大変になるから新たに功績のある人物を貴族に昇格させて管理させるかも」
「まあ、そこは王様やランデル侯爵に任せる。そんな面倒ごとは御免だ」
「ウィードらしいね」
「まあな……で、そろそろ次の話をしないか?」
「次?」
「仕事だよ。インスーラ侯爵家の後始末やらで王都に3週間ほど滞在しただろう? もうしばらく、ここに留まるのもいいが……それとも、仕事しないでグータラ生活でもするのか」
「ううん……するよ。ココリスとの相談にもなるけど、そろそろ雨季の時期で、ちょうど王都にいるから、あの仕事を受けようかな……って」
「期間限定クエストか……いいな。面白そうだ……他の皆も受けるのか?」
「……フォービスケッツの4人は受けないかも。逆にモカレートさんはウキウキで一緒に来ると思うよ」
「なるほどな……薬師にはうってつけだが、女性には不人気のクエストって訳か」
「うん。そのクエストってモンスター討伐なんだけど、カエルなんだよね」
「ヌルヌルしてダメって奴が多そうだな。それで詳細は?」
「それは……」
コンコン!
誰かが扉を叩く音。その後、すぐに扉が開けられ、小さな兄妹が入って来る。妹はどこかドルチェに似ているが金髪であり、兄に至っては顔は似ておらず赤い髪である。
「しつれいします!」
「しましゅ……」
「あら? どうしたの?」
「お母様がお茶会するので、お二人を誘いに来ました!」
「来ましゅた……」
兄の発言の後に、妹の方が嚙みながら真似て言う。それでいて、人見知りなので尻すぼみして終わってしまう。何とも可愛らしいその姿……。
「王子様とお姫様からのお誘いだぞ?」
「そうしたら、行こうか」
ドルチェは椅子から立ち上がり、小さな植木鉢に入っている俺を両手で持ち上げる。
「植物が意思を持つなんて……不思議です」
「そうなの~?」
「そうだぞ。モンスターとかにはいるけどな……」
兄が妹に俺がどれだけ珍しいのかを説明する。この二人、髪の色や見た目が似ていないが、れっきとした一人の王女様の子供である。単に妹のお姫様が王様似で、兄の王子様は王女様似というだけである。
「平和だね……」
「だな」
将来、この国を背負って立つ兄妹に和まされながらエスコートされる俺達。その後、何事もなくお茶会に参加するのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―その日の夜―
「私達はパスですね……」
ビスコッティの発言に全員が頷く。4人とも寝間着姿で後は寝るだけの状態で、俺達の部屋で談笑をしに来ている。
「モカレートさんに訊いてみたんですか?」
「まだだよ。今日の昼頃にウィードと話している最中に出た話題だしね。ココリスはどう?」
「問題無いわよ? ここの誰よりも場数は踏んでるから」
「その発言だと……騎士の頃にも戦ったのか?」
「ええ。ウィードには話していないの?」
「うん。王子様とお姫様にエスコートされて、お茶会してたから」
「ってことで、今回、討伐するモンスターの情報を教えてくれないか? カエルとは聞いてるんだが……」
あの後、王女様とその子供達と一緒にお茶会をした俺達。その間、旅の話をしたり、お茶会の場所が城内にある小さな庭で行われた事もあって、話だけではなく、その庭を一緒に散策したりもしていたので、ドルチェに訊く暇も無かった。
「名前はヌルットードって名前のカエル型もモンスターよ。」
「そうか……かなりヌルっとしたモンスターなんだな……」
その冗談のような名前で、このカエルがどんな奴か分かってしまう。この名前を付けた奴はきっとオッサンだろうな……。
「そうなのよ……だから、このクエストが苦手って言う人も多いのよ」
「ヌルヌル……嫌だ」
「うちもだ……」
どうやら、フォービスケッツの4人はそれと対峙した事があるようで、げんなりした様子を見せる。
「倒すなら問題無いけど……素材となるとね……」
「でも、問題になっちゃうから倒さないとね」
「どんな問題なんだ?」
「ヌルットードが大量に河川とかにいると、そのせいで水がヌルッとしちゃうのよ……そんな水をウィードは飲みたいかしら?」
「水として飲むなら勘弁だな。そうなると、河川の流れを調整する施設とかにも影響が出そうだな」
「その通り。だから騎士団も総出で狩りに出されるのよ。ここ以外の領地も私衛や冒険者で対応するわ」
「で、今回は王都周辺のヌルットードを担当する訳か」
「そうよ。それと沼地と湖に生息するというだけで、決まった場所が無いから、あっちこっちに行って駆除する感じね」
「それは重労働だな……けど、実りの良い仕事なんだろう?」
「そうだよ! それに……今回はウィードがいるからね……いいのが期待できそうだし……」
ドルチェが満面の笑みを浮かべている。それだけじゃない。ここにいる皆が良い笑顔になっている……。先ほどまでげんなりしたフォービスケッツの4人が一瞬にして笑顔になるとは……女性がここまで笑顔になる理由……そしてこのカエルの特徴……。
「化粧品か……?」
そのヌルッとした物がアロエと同じ物と考えれば、すぐに思いつくことだ。それを薬師達は加工して、様々な化粧品として売り出すのだろう。
「……期待してるよ?」
「ああ。化粧品作りは初めてだから、モカレートに聞きながら作るとするか」
次のクエストは狩りをしつつ、化粧品を作ることになりそうだな……。
「期待してます……!」
フォービスケッツの4人から、羨望の目で見られる。ここまでハードルを上げられると困るのだが……。
「今も言ったが、初めてだからな?……期待せずに待っていてくれ」
少しでもハードルを下げるために、俺はそう言っておくのであった。
それからしばらく話を交わしたところで、この集まりはお開きになった。フォービスケッツの4人は自分達の専用の部屋に帰って行き、ドルチェとココリスも寝る準備を始めている。
「あ。そういえば……ウィード? 王女様に何を渡してたの?」
「うん? 何の話だ?」
そのドルチェの言葉に俺はドキッとする。俺は惚けたフリをして、何も渡していないとアピールする。
「私が王子様達と庭園で遊んでる時に、王女様と何か真剣に話をしてたのが見えて……その後、収納から何か薬を取り出したのが見えたんだけど?」
「……ナンノコトカナ?」
頑張って……努めて冷静に惚ける。そう、惚けているつもりなのだが……カタコトになってしまった。まさか、見られていたとは。
「あからさまに怪しいわよ……あんた王女様に何の毒を渡したのよ?」
二人の視線が俺を捕える。いつもなら言っていいと思うのだが……相手は王女様だしな……。
「毒では無い。いつものアレだ……マンネリ防止」
俺はそう言っておく。それで二人には通じたようで、特に、ココリスは頬を赤くして、すぐにベットに潜り込んでしまった。
「あの子達に弟か妹が出来るんだね……」
「かもな」
王女様は細身で赤髪の美人である。そんな彼女に相談を受けた俺は自分の出せる薬を説明すると、強さの違う肥満薬と、獣化変身薬を所望されたので渡しておいた。王様が満足すればいいのだが……。
「どんな、(ご想像にお任せします)やってるんだろうね?」
「だから……お前はもうちょっとオブラートに包め。見ろ。ココリスが撃沈して気絶しているぞ」
ココリスがベットに潜り込んだまま、動かなくなってしまった。
「死因は……悶死か……」
「死んで無いけどね?」
ドルチェはそう言いつつ、部屋の灯りを消し、お休みの挨拶をしてベットに潜り込んでしまった。
「さてと……研究の続きでもするか……」
俺は静かになった暗い部屋で、昼頃に行っていた皮化薬の変異実験を再開するのであった。




