74草
前回のあらすじ「探し物が何なのかが分かった!」
―早朝「宿場町ココットの近くを流れる川」―
「……どうかしら? 何か見つけた?」
「いや。それらしいのは無いな……」
昨晩、今回の事件にインスーラ侯爵が所有する何かが使われたことで、ここまでの惨事になったと考えた俺達は、早朝、この宿場町周辺を3手に分かれて捜索している。
モカレートとマンドレイク達はレザハックがねぐらにしていた酒蔵を、フォービスケッツの4人は宿場町の中をくまなく調べてもらっている。そして、俺達は宿場町の隣を流れるこの川を調べている。
「……どうしてここを探すことにしたの?」
「うん? どういう意味だ?」
「一番の可能性があるのは酒蔵でしょ? それなのに、あなたはここを選んだ……何か理由があるじゃないの?」
「……そうだな。理由は3つ……1つ。既に宿場町の中を調べてから2週間が経過している。それなのに一向に疑わしい物を見つけることが出来ていない。まあ、宿場町という色々な人が出入りする所だから見落としているだけかもしれないがな……そして、2つ目だが、どうしてレザハックは俺達との戦闘でそれを使わなかったのか。それで全員の意識を失わせてから、一気に皮化させることも出来たはずだしな」
「そうか……仮説が正しければ、街中の人に影響を及ぼす物だもんね。それを私達に使ったら、今頃は酒蔵でレザハックのコレクションの一部になっていたのかも……」
「下手すると、中に侵入してきて、被ってるかもしれないな」
レザハックが皮を被って、姿見で自分の姿を確認するという変なシチュエーションが浮かんでしまった。俺は想像の中のそれらに白炎を使って、全てを焼却しておく。
「嫌な事を言わないでよね?」
「すまんすまん……でも、この皮化の薬……実際にはかなり有効な薬なんだけどな」
「どこが? 性癖の塊じゃないのよ……」
「ダンジョンだと有効だぞ? 飲む量が改善できれば、例えば倒れた味方に飲まして、簡単に移動できるし……今回のトルテ嬢のように瀕死の重傷による死を回避することが出来る。レザハックがこんな事に使用しなければ、もう少し違った評価はされただろうな」
「……確かにそうね。死ぬぐらいなら、これを飲んで丸められて運ばれた方がマシだわ」
「まあ……中にはやっぱりあんな姿になるくらいなら死んだ方がマシって言う奴も多そうだけどな」
「その前に、体がパンパンになるまで飲ませられるのが、私としては嫌だけどな……拷問みたいで」
「だな……もう少し、そこに改良を加えて……少量で効果があって、平面になるぐらいの薬だったら……」
「それなら小人にして欲しいわ……」
「けど、それだと瀕死の重傷を回避出来ないだろう? もっといいのはレザハックみたいにドロドロのスライムにして……」
「……ウィード?」
そんな薬を作ったらどうなるか分かってるでしょうね? と無言の圧で俺を睨みつけるココリス。当然だが、そんな薬を進んで作る気にはならない。
「あくまで案だ。そんな薬を作る位なら、より回復量のあるポーションを作った方がいいしな……っと、話が脱線したな。それで、ここを探す理由の3つ目なんだが……これが一番の理由だったりする」
「どんな理由なの……?」
「宿場町を覆っていた霧だ。あの霧はどうやって発生させていたのか……最初はレザハックの魔法で起こしていたと思っていた。実際に、あいつが死んでしばらくしたら晴れたらしいからな。けど……これが、何らかしらの道具……魔道具を使用して引き起こしていたとしたら?」
「霧を発生する魔道具がどこかにあるってこと? でも、そんな物じゃ人の意識を奪うなんて……」
「それが俺のポイズンパフュームみたいに、状態異常を引き起こすような霧だったら……どうする?」
「それは……可能かもしれない。でも、私達もあの霧の中にいたんだよ?」
「ああ。分かってる……だから、それを別々に考えるんだ」
「別々……なるほど、魔道具は液体を霧状に噴射する物であって、その液体は自身で用意しないといけないってことね」
「大正解。で、あの宿場町全体を覆えるような霧を作るとしたら……」
「随時、補給が出来る川沿いにあるのが当然……ってことね」
「その通りっ! 恐らく、一番最初に宿場町を襲った際には、事前に自分で薬を用意したのだろうが……そんな魔道具が手に入ったために、作戦を変更した可能性もあるな」
俺達が酒蔵に隠れているのを見つけるまで、姿を現さなかった用心深いレザハックの事だ。本来の作戦はもっと慎重に、少しずつ、大事にならないように起こすつもりだったのかもしれない。けど、そんな便利な物が手に入った事で、今回の大規模な事件に発展した可能性がある。
「確か……この辺りに核があったんだよな?」
「うん」
そんな話をしながら調査していくと、レザハックの核が置かれていた場所に辿り着いていた。そこは普通に見ただけだと、特出したところが無い、ごく普通の穏やかな川と変わらない。
「この川に歩道を設けたら、温泉街の観光地気分に……ならないか」
モンスターの出ない前世ならともかく、周囲にモンスターが生息するような世界では危険過ぎて、誰も近寄らないかもしれないな。
「ここね」
ココリスが見ている場所、そこには川でよく見る石が小さな山になっていて、一部崩れていた。
「核をここに設置して、自分を守るためのスライム達がいたそうよ」
「俺達との戦闘に集中し過ぎて、こっちの警備が疎かになったんだな……うむ」
俺はここで、何回目かのスキャンを発動させる。一番、怪しいのはここだ。きっと何かしらあるはずなのだが……。
「……あった」
「どこ?」
「この先。川の中央だ」
俺は蔓を伸ばして、魔道具のある場所を指す。そして、スキャンによる結果が出た。
「魔道具名はキング・ミスト。あらゆる液体を霧状に噴射することが可能。噴射範囲は液体の量でも変わるらしいが……最大で町一つを覆うことが出来るそうだ。そして、本体にインスーラ侯爵家の家紋が刻まれているらしいぞ?」
「あらあら。それは嬉しい情報ね……」
ココリスは手を前に出し、黒い靄で川を覆いソウルドレインを発動させる。
「なるほどな……そうやって、道を作る事も出来るのか」
「急流だと、凍らせるより早く、流されちゃうから難しいかもしれないわね」
ココリスはそう言って、履いているスカートの位置をこっそり整えている。見た感じ分からないが少しお腹周りがきつくなったのかもしれない。ココリスはそのまま何事も無かったかのように振る舞って、その氷の道を渡り川の中央まで進む。そして、ココリスが川に片手を入れて魔道具を引き上げる。
「これでいいの!?」
「おう! それだ!」
ココリスが戻って来たところで、川から拾い上げた魔道具を確認する。魔道具は円柱状の金属で、側面には家紋らしきものが刻まれている。
「これが……お探しの品物か」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―魔道具発見から数日後の夜「王都ボーデン・客室」―
「さあ……ウィード」
「……ほ、本当にやる気なのか?」
「うん」
川から拾い上げた証拠を、すぐさま王様のところまで届けた俺達。後の事は王様達に任せて、王様が用意した客室で、今回のクエストに参加した全員でゆっくりしていた……のだが。
「皮化薬で安眠を得るなんて……出来るのかな本当に……?」
「何事も実戦あるのみ。安全も確認できた」
「まあ、それはそうだが……」
レザハックから奪った情報を元に、俺が作った皮化の薬が与える人体への影響は、つい昨日、王様の方で、誰に投与したのかは分からないが確認を取ってくれた。万能薬wwwでしっかり元に戻れたという事だし、ガレットに飲ませても問題は無いのだが……。
「ここまで来たら、一度体験させてあげた方がいいと思いますよ?」
モカレートの意見に全員が頷く。百聞は一見に如かず……一度体験させれば気が済むだろうと思っているのだろう。
「分かった……そうしたら、これを……」
俺は改良した皮化薬の入った瓶をテーブルの上に出す。
「体の膨張による痛みが無い皮化薬だ。これなら限界まで飲めるだろう」
「そんな改良してたの?」
「本当は量を減らせないか試したんだが……ダメだった。どうも大量の水で全身に薬の効果を行き渡らせる必要があってな。まあ、逆に言えば、こんな薬を悪用できる奴はそうそういないから、毒薬として気軽に使われる心配が無いってところだな」
「つまり、これを悪用する奴が現れたら、ウィードの旦那を疑えばいいんだな!」
「その通りだ! って、その時はこいつらにバレるからな?」
俺は常にドルチェとココリスと行動を共にしているのだ。そんな事をしたらすぐにバレるに決まっている。
「って、いう事で……モカレートとビスコッティはトラウマだと思うから見るなよ。ガレット。口を開けてくれ」
すると、すぐに、あーんと口を開けるガレット。ゆったりとしたワンピースのような寝間着を着て、すでに準備万端ということか。俺はその口に向けて蔓を伸ばし、そこから薬を出していく。
「……大丈夫なの?」
クロッカが心配するのも当然だろう。何せクロッカのお腹が妊婦のように膨らんだと思ったら、そこから全身がパンパンに膨らみ始めていくのだ。この姿は何度見ても破裂しないか心配になる。
その間にもガレットは蔓から出る薬を飲み続ける。脂肪で太ったのと違って、全身を空気でパンパンにしたような姿……確か膨体とかいう状態異常があったような気がするが……それに近いな。
「おーーい……ウィードの旦那? 本当に大丈夫か? モカレートの時と違って、まるで球体になってきたぞ?」
「そこは身長差だな……ガレットの方が背が低いから……」
ゆったりとしたワンピースが肌に張り付いて、今のガレットがどんな状態なのかが分かるのだが……体が球体状になり、その中にパンパンに膨らんだ腕と足が飲み込まれていく。このままだと、同じように膨らんだ頭も飲み込まれて、綺麗な球体になるのでは? と思ったのだが……。
「これで、必要量に達したぞ」
必要量を飲ませたので、俺はそこで薬を飲ませるのを止める。ガレットは短くなった手でお腹を触ろうとするが、体に飲み込まれ、パンパンになった腕はお腹に触れることができず、自分のパンパンに膨らんだ体をぽんぽんするだけになっている。
「私とは少し違いますね」
「私もです。こんな姿になったら服が弾け飛んじゃいますよ」
「飲んだのがゲル状だったのも関係するのかもな……」
「うっぷ……」
ゲップをしつつ体をポンポンするガレット。すると、その手足から厚みが無くなる。そこから今度は球体に膨らんだ体が少しずつ萎んでいく。
「お、おお……」
萎んでいく感覚を全身で感じるガレット。そして、いつものサイズぐらいになったと思ったら、そのまま皺くちゃの体になっていき……。
「皮だけになりましたね」
「うん」
ビスコッティとモカレートがなった皮だけの状態になってしまった。クロッカはそれを綺麗に畳んで、ベットの上に置く。
「これって……安眠出来てるのかしら?」
「それは……明日の朝にでも、本人から聞いてみろ」
恐怖の状態異常を、快適な眠りのために使用したガレットの姿に呆れつつ、俺達はクエスト完了後のゆったりとした時間を過ごすのであった。