59草
前回のあらすじ「モカレートは各種変態薬の作り方を覚えた!」
―昼食後「王都ボーデン・ダーフリー商会」―
「皆さん! ようこそおいで下さってくれました! さあ! こちらにどうぞ!」
昼食後、俺達はもう一つの報酬を受け取るために、オプトが働いているダーフリー商会に訪れる。店内に入ったところで、従業員に声を掛けると、すぐさまオプトを呼んできてくれた。オプトの案内で品物を売っているエリアからスタッフオンリーと書かれている札の先にある階段へと案内してくれた。
「1、2階は店舗でして、3階から上は事務所や応接間などになります」
「私達はどこに案内されているのですか?」
「ここの5階……商会長のお部屋です」
「ニトリルがいるのか?」
「はい。実は会長の方から直接、お礼を述べたいと」
「本当にお礼を述べたいだけか?」
「そこは……会長の方からお聞き下さい」
その答え方……何かあると言ってるようなものだ。まあ、何を言いたいかは大体見当は付くが……。
「あの~……」
すると、先ほどまで黙って付いて来てしまったフォービスケッツの4人、それとモカレートが何か訊きたそうな雰囲気を出していて、代表としてフォービスケッツのリーダーであるビスコッティがオプトに尋ねてきた。
「大丈夫ですよ。フォービスケッツの方々には娘の護衛をしてもらってますし、モカレートさんには指定依頼をさせて頂きたく思っていまして」
「……お前達、巻き込まれたな」
「はは……そうですね」
何となくこの後の展開が読めてしまった俺達。そんな話をしていると、ある扉の前でオプトが立ち止まる。
「会長。お客様をお連れしました」
「ああ。入って来てくれ」
ニトリルの許可が出たところで、会長室に入室する俺達。立派な装飾がされたデスクで仕事をしているニトリルが眼鏡を外して席を立ち、隣にあるテーブルへと案内する。こっちは俺を含めないで7人いるのだが、上座や下座を気にしなければ全員が座れるぐらいに大きい。
「お久しぶりです皆さん。パーティー以来ですね」
「つい最近だろう……で、話は何だ? わざわざ人の少ないこんなところに呼び寄せてお礼だけ言いたいなんて訳じゃないだろう?」
「ウィードさんの仰る通りです……ただ、その前に報酬である我が商会から好きな物をお一人様一つずつ贈らせて頂きます」
「皆さん……って、うちらも入ってるのかい?」
「もちろん」
「あの~……先ほどから皆さんの話を聞いていたのですが……私とこの子達って完全に部外者では?」
「モカレートさんにはご依頼したいことがありまして……それを受けて頂けたら前報酬として贈らせて頂きます」
「……それはどこぞの王様が命令だ?」
「我が商会からの善意ですよ!」
「そう言って、ニコニコされると余計に怪しく思えるんだけどな……全くアレスターちゃんったら……」
そう言って、話の最中に出されたお茶を飲むドルチェ。ここまで隠す気が無いと、逆に清々しく思えてくる。
「で、ニトリルのその依頼って、私達と一緒にダンジョン探索の依頼かしら?」
「はい!」
「もはや隠す気が無いな……いや、王様の名前が出ない限りは隠していることになるのか?」
「まあまあ……お互いそこは深く詮索しないでおきましょう。とりあえず、今度のダンジョン探索に役立つようなスクロールをご用意します。もちろん、下の階には置いていない特別な物も」
ニトリルがそう言うと、席を外していたオプトが他の従業員と一緒に大量の巻物を持ってきた。あの巻物がスクロールか……。
「あの~……その前に、依頼内容を聞いてもいいですか?私、ウィードさんと薬のお話の流れでついて来てしまったので……」
「そうだな……こうなったってことは、言っていいってことだよな?」
「うん。仮に怒られても私がアレスターちゃんに言うから心配しなくていいよ」
「先ほどから気になっていたんですが、ドルチェさんの言うアレスターって……アレスター王のことですよね? それをちゃん付けで呼ぶって……」
「そこも話してやるから……なあ?」
「ええ。これでモカレートも共犯よ」
「ええ!?」
おふざけで共犯という言葉を使うココリスに、それを聞いて盛大に驚くモカレート。そんな中、マンドレイク達はそちらに見向きもしないで、出されたお菓子を仲良く食べているのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―説明後―
「なるほど……」
出されたスクロールを確認しつつ、これまでの出来事を聞いたモカレート。マンドレイク達も真剣に話を聞いている……って、おい。鼻提灯出して寝てる奴がいるぞ。
「はあ~……新しいダンジョンについては聞いていましたが、まさかそれ絡みで血生臭い事が起きているなんて……。そうしたら、あの地下室でお亡くなりになられた方は……」
「この事件の関係者ね。どこの誰かはまだ分からないけど……ニトリルには心当たりがあるかしら?」
「いえ。従業員の中で失踪中とか、家族が行方不明とかは無いので、私共とは別の関係者かもしれません」
「そう……」
「皆さん。我が商会の従業員も既に被害にあっています。これ以上、犯人達に好き勝手やらせる訳にはいきません……そのためにも、私からも協力させてもらいます」
「それが未販売のスクロールか」
「ええ。中には使用方法が分からないために、未販売というのもありますが……ほとんどは強力な物のなので信頼できる方にしか販売していない物になるので、きっと今回のダンジョン探索には使えますよ」
「まあ……そうだな。さっきから見てるけどなかなか凄い物ばっかりだったしな」
草の為、スクロールを開けない俺は、近くにいるドルチェやココリスが開いた物を横目で見ながら確認している。レアな回復魔法に魔剣士、各種属性魔法や状態異常などのアビリティが習得できるようだ。
「お店で売ってるのもアリか?」
「いいですけど……それなら、ここにあるのを取った方がいいですよ。店で売ってるのはアビリティではなく。アビリティの中の技を覚える物ですから」
「アビリティの中の技?」
「例えばこちらのスクロールが火魔法を習得できる物に対して、下で販売してるのはファイヤーボールだけを覚えられるスクロールになります」
「へえ……なるほど」
「利点としては、スクロールでファイヤーボールを覚えて使い続けても、適性がなければ火魔法を習得できないですけど、こちらは火魔法を習得してるので、使い続ければ他の火魔法も訓練次第で使用できるようになるんです」
「おおー!! それはこっちの方がお得だな!!」
「はい。だからウィードさんも、今あるスクロールをオススメしますよ」
「それを聞いたら、ここの物を選んでしまうな……」
「私、これにしようかな……」
ドルチェが一つのスクロールを見ている。何のスクロールだろう?
「回復魔法のスクロールね」
「うん。今はウィードに頼ってるけど、安定性を考えるならもう一人いた方がいいと思ってたんだ」
「そうだな……何かあった時にはそれはいいかもしれないな」
「それなら、私は攻撃強化を考えて……これにするわ」
「ココリスは何のスクロールを選んだんだ?」
「身体強化魔法。これがあれば、速力を上げたり、パワーを上げたりすることが出来るわ」
「全て強化とかは出来ないのか?」
「分からないわ。何せこれもレアだもの……それに、アビリティを習得することで、どんな技を覚えられるかは、基本的には秘密……手の内を明かす訳にはいかないわ」
「なるほどな……」
二人以外にも、どのスクロールにするか決まったようで、すでにスクロールにある呪文を呼んで覚えている最中である。
「さて……俺はどうするかな。うん?」
俺が何にしようかとスクロールの束を見ていると、それとは別に机の隅に置かれたスクロールがある。
「なあニトリル? その隅にあるスクロールって何だ?」
「これは、あまりにも使えないスクロールですよ。ご覧になりますか?」
「ああ。使えないと言われても、どんな風に使えないか分からないからな」
「じゃあ、私が広げるね」
「頼む」
ドルチェが机の上に置かれていた俺を自身の前に移動させて、使えないスクロールを広げていく。
「そよ風を起こせるアビリティ……か」
「新鮮なお野菜を見分けられるアビリティ……」
「ハチミツがある場所を教えてくれるアビリティっていうのもあるわね」
なるほど……これは、かなり限定的過ぎる。お野菜なら八百屋さんや農家さんなら欲しいアビリティな気もするが……そよ風とかハチミツとか……何か残念過ぎる。
「えーと……これは……あれ?」
「何だこれ?何も書いていないぞ」
「ああ……それですか。それは完璧なハズレですよ。一応、お金持ちのスクロール収集家が欲しがると思いまして仕入れはしてるんですが……まがい物じゃないのは確認済みなのでご安心を」
「そうか」
スクロールは使用すると、その場で光の粒子になって消える。つまり、これを鑑定した人物が間違ってなければ、これは何も書かれていないスクロールってことで間違いないのだろう……が。
「なあ? これ俺のスキャンで確認してもいいか? そう言われると気になる性分でな」
「ええ。どうぞ」
「では……遠慮なく。スキャン!」
俺はスクロールに草の一部をくっつけてスキャンを使う。こうすることで、範囲を絞れるようになるのだ。結果は……スクロールで間違いないようだな……うん?
「これって何のスクロールかは分からないのか?」
「そうですよ? それが何か……?」
「いや……かなりぶっ飛んだ……しかも、ありえない名前が付いているのが分かったんだが……」
「ぶっ飛んだ?」
「ありえないって……どういう事?」
「……オーディン。北欧神話の神……全知全能にて戦争と死の神。知識に貪欲で目や命を代償に差し出すようなやべえ神だ。しかも、これって前世の話だからな? そんな神様の名前が出て来るとは……」
(条件を満たしました)
「誰だ!?」
話してると、機械音のような無機質な声が聞こえた。
「どうしたの?」
「いや……何か」
「ああ!!? スクロールが!!」
ドルチェの叫びに反応して、スクロールを見ると、光の粒子になって消えていた。俺は慌ててステータス画面を開くと、特殊アビリティの中にオーディンの名前が載っていたのであった。