48草
前回のあらすじ「知り合いとの遭遇」
―「エポメノの崩壊した塔・56層と57層の間の階段」―
「……至福」
「肥満薬を飲んでそう言ったやつ、始めてなんだが……」
口数が少なく、この「フォービスケッツ」の中で一番最年少の少女、ガレットが肥満薬で少し膨らんだ自分の体を堪能しながら寝ている。
「こんな快適な冒険なんて……その草欲しい!!」
「俺は限定品だからな。この二人が手放さない限りは無いぞ?」
「お二人共……!!」
レンジャーであるケモ耳少女アマレッティがドルチェとココリスに俺の譲渡を頼むが二人は手でバッテンを作って、その願いを拒否した。
「はあ~……温かい」
「ですね……」
そんなアマレッティのやり取りに関わらずに、パラディンでリーダーのビスコッティと希少な回復魔法が使えるプリーストであるクロッカが、用意した焚火台で燃えている火に手を当てながら会話をしている。
この「フォービスケッツ」の4人は2年程前にココリス達から冒険者としての心得を受けていて、その際に親しい関係になったそうで、俺と会う少し前にも会っていたそうだ。
「あなた達……防寒具はどうしたのよ?」
「確かに……薄着だよな?しかも、クロッカとビスコッティなんてスカートだし……」
4人の服装を見ると、どう見てもこれから極寒の世界に行くような服装では無い。それぞれの職業に似合ったデフォルトに少し手を加えたような服装をしている。
「それ私が理由……」
寝ているガレットが寝ながら、片手を上げて原因が自分だと伝える。
「私の魔法で周囲の温度を適温にする魔法を使ってる……だから必要ない……zzz」
「と、いうことで薄着なんです……まあ、吹雪の際は逃げるのに集中するためにそれを解除してしまったのですが……」
「魔力切れとか無いようにポーションは用意してたけどね……」
「あ、それで思い出した。皆の防寒具、うちが預かってるんだった」
アマレッティがウエストポーチから4人分の防寒具を取り出す。そんな小さなウエストポーチにどうやれば入るのか……って、もしかして。
「それってマジックバックとかそんなものか?」
「ああ、そうだよ。4人分の防寒具に軽食、それと二人が言っていたマジックポーション……まあ、大体はそんなところかな」
「へえ……」
「ってことで……ほら。ガレット!あんたもだよ!」
「は~い……zzz」
アマレッティは寝ているガレットに布団代わりにコートを掛け、起きている二人にはそのままコートを手渡していく。
「ちゃんと足も温めるようにしときなさいって」
「いや~……それだと動きにくくて……スカートの方が走りやすいんですよね」
「ああ……脚を大きく開けるのか……」
「そうです!だから戦闘には……」
「……ちなみに履いてるよな?」
「うん?何をですか?」
「いや……それだと下着が見えるだろう?だからちゃんと短パンとか履いてるんだよな……と思って」
「それはもちろん!!……あ」
「……」
二人の顔が赤くなっていく……ああ、いつもはそうじゃないのか……。
「……男の俺が忠告するぞ。うら若き乙女がそんなはしたない事をするなよ」
「「はい……」」
俺は何食わぬ顔で二人に注意する……あの見事な黒と赤は秘密だ。気まずくなった二人は手に持ったココアを口に入れて、一息入れようとする。
「さてと……どこから話を聞いた方がいいかしら?」
「依頼人が誰かとかですよね……」
リーダーのビスコッティは飲んでいたココアのマグカップを置いて、真剣な顔になる。確か守秘義務とかがあるはずだが……いきなり依頼人が誰とかそんな話をしていいのだろうか?
「実はこれ……ここから移動に一日かかる隣町で依頼を受けてるんですが……審査対象です」
「審査対象?何だそれ?」
「草さん……じゃなくてウィードさんは知らないんですね?」
「ああ。この世界に来て日が浅くてな……」
既に4人には俺の事は説明している。この4人……この若さと裏腹に既にランクはAランクであり、俺達より上のランクなのである。という事で、事前に俺を説明することで、この後のギルドとのやりとりとかをスムーズにする意味があったりする。
「審査対象というのは、今回みたいに怪しい依頼に対して、冒険者ギルドが高ランクパーティーに依頼してそのクエストに不審な点が無いか調べつつ、仕事をこなしてもらうという物になります。そしてこの依頼が黒だと判明した場合はそれをすぐさま報告。また黒と判明したこのクエストを達成できない場合になってもパーティーにはお咎め無しになります」
「なるほど……冒険者がクエストを審査するって事か……」
「ただ、黒と判断するにもいろんな証拠集めとか必要だからね……それが無理なら穏便に依頼をこなす必要もある……そういう意味では高ランククエストともいえるかね……あ、おかわりある?」
そう言って、マグカップに指を差しながらココアのお替りを要求するアマレッティ。それを見たヴィヨレが焚火で温めていたお替り用のココアを入れる。
「サンキュー!……で、この気の利く子が盗人の容疑があって見つけ次第、捕まえて欲しい。ってことなんだけど……そうは見えないね……」
ヴィヨレを見ながら話すアマレッティ。その目は犯人と決めつけるではなく、心配するような印象を受け取れる。
「この子は貴族よ?それも……王家も懇意にしているような相手ね」
「やっぱり黒でしたか……」
「だね」
「ちなみにギルドが黒と判断した理由は何だ?」
「依頼を頼んだ相手が似顔絵と名前をそのギルド員に伝えたそうなのですが……そのギルド員がそのヴィヨレさんのお母様のお知り合いだったそうで……そこで、怪しいと」
「それと……尋問をしても素直に話す相手じゃない。だから何を言っても聞き入れずに、この場所まで連れて来て欲しい。って指示があったんだよね」
「……いや、そんな怪しい指示をするなんて馬鹿だろう?」
「はい。そうですね」
「だよな~……」
「私もこれを受ける前に、もう、黒判定でいいのでは?と言ったんだけど……念のためってね……どうも支払う報酬を全額置いていったみたいだよ」
「zzz……」
一人を除き、溜息を吐く「フォービスケッツ」の皆さん。ああ……ここにもお馬鹿な奴らに翻弄されている犠牲者が……。
「どうするんだこれ?さっさと、犯人を捕まえないと別の意味での犠牲者も増えていくぞ……?」
「そうね……その待ち合わせ場所を上手く使って捕まえられないかしら?」
「えーーと……待って下さい。で、待ち合わせ場所はここでは無くて、王都のここなんですけど……」
ビスコッティが依頼書を出して、そこに付随されている王都の地図を広げて、その場所に指を差す。
「ここは……空き家だよ?」
「「「「え!?」」」」
ドルチェがビスコッティが指を差した途端に、その場所が何なのかを教える。というか……これ建物の形と道だけしか描かれていないのに分かるのか?
「あ、空き家?」
「ここの通りでしょ……で、そこから3件目だから……うん。そうだ。ここの隣ってお店なんだけど……」
「ああ、思い出したわ。その時は美味しいって噂のパン屋だったわね……確かに隣は空き家だったけど……」
「でも、あまりにもバレバレな気が……?」
「いや……それでいいんだろう。ヴィヨレの妨害が目的と考えれば、殺す必要も無いんだろう。あくまで、ここから引き離すのが目的と考えれば……そう考えれば……うん」
この犯人がお粗末すぎて……この考えが合ってるのかさえ怪しい。
「……怪しすぎますね」
「クロッカ。それってどういう事?」
「恐らくですが、ここが空き家だというのはギルドで確認しているはずです。それなのに……黒とは判断できない……」
「まあそうなるね……ココリスさん。皆さんがどうしてヴィヨレさんと行動を取ってるのか教えてもらえますか」
「それは……」
ココリスが主体となって、これまでの出来事を話す。話が終わった頃には皆のマグカップの中は空になっていた。
「なるほど……となると、実際は私達がこの子の護衛をしてくれると思って依頼した可能性が高いですね……しかし、まさかロイヤル・ギフトが関わってるなんて……」
「内容は話せないけど、それだけで十分でしょ?」
「もちろんです。となると……この後は私達も王都に行く必要がありそうですね。きっと、そこまでがギルド……いえ。王様達の筋書きでしょうから……」
「はあ、王都のギルマスに文句を言わなくちゃいけないわね」
「だな……こんなのギルマスもグルじゃないと成り立たないしな」
「そうしたら協力して新緑の葉を回収した方がいい。その方が手に入る確率が高い」
「あ、起きた……って、話を聞いていたのね」
「うん」
寝ていたガレットが、いつの間にか起きていて話を聞いていた。肥満化の薬の効果も終わったようで少しだけ膨らんだ顔が元通りになっている。
「そうしたら……そろそろ行きましょうか。もう吹雪も止んだでしょうから」
「ですね」
「ここで長時間過ごしたしな……さっさと行かないと夜になっちまうぞ」
「そうしたら急ぎましょうか……このダンジョンでの寝泊まりせずに、普通に宿に泊まりたいですから」
俺達はさっさと道具を片づけて、ダンジョン攻略のための準備をする。
「この人数ならあっという間に行けるね」
「そうね……ボス戦は二組で戦って……そうすればドロップ率が高まるでしょうし」
「ここはボスを倒すと、宝箱も出て来る……そこにはランダムでアイテムが一つ入っていて、新緑の葉が一番大当たりだっけ?」
「それで合ってる。だから2組で別々に戦えば当たる確率も2倍」
「じゃあ、いくわよ!」
「「「「おおーー!」」」」
掛け声を発して、鼓舞を高める俺達。そして、そこから一気に最上階であるボス部屋まで進むのであった。