45草
前回のあらすじ「赤と緑」
―「エポメノの崩壊した塔・34層」―
「音魔法の応用なのね」
「ああ。練習していた犬笛って人の聞こえない超音波を利用しているんだが、一部の動物はこれを使って周囲を把握するのに使ってるんだ。有名なところだとコウモリやイルカだな」
俺達はオークがいる層を抜けて、次層である荒野の道を歩きながら、どんな魔法を使ってるのかを皆に話す。
「反響定位……エコーロケーションと言ってな。自分から超音波を発射。それが物に当たると反響して自分のところに戻って来るから、そこから対象までの距離が分かるってわけだ。お前達が眠っている間に、防犯に使えるかもと思って練習した失敗作だな」
これを使って、昨日の夜、怪しい奴が来ないか調べようとして失敗した魔法。だから、昨日の寝ずの番は、念のためにこの魔法を使用しつつ、実際には俺が周囲に気を配るという感じだった。
「何を言ってるの?私のナビゲーションより高性能じゃないの?」
「これはあくまで距離が分かるものだ。これを連射することで、物体が動いたか動かないかが分かるんだが……室内だと壁に反射されて意味が無いんだ。またドルチェのようにその物体が何かを判断できるわけじゃないからな」
「なるほど……一応、ナビゲーションの劣化版なのね」
「それは違うと思うよ?だって、私のナビゲーションはしばらく魔法が使えないデメリットがあるのに、これにはそれが無いんだもの……」
「クセのある魔法だが、こんな広域の場合は便利な魔法だからな覚えていて損はない。それと……サウンド・サーチは水中と土中でも利用可能だからな。まあ、そんな場所に行く事は無いと思うが念のために覚えていてくれ」
「うん。そうしたらやり方を……」
「次のモンスターを倒したらな」
サウンド・サーチに何かが引っかかる。中々、素早い奴だな……。
「それなりに足が速いモンスター……しかも集団か?一匹かと思ったが……」
「ヴィヨレ!あなたはウィードを構えたまま、回避専念!ウィードは広範囲魔法!なるべく連発出来る物で!」
俺の得たモンスター情報から素早く支持をだすココリス。
「私、避けるだけですか?」
「ええ!会ったら最悪の部類のモンスターが来たわ!名前はハングリー・ラット!目についた物なら、何でも食べてしまうモンスターよ!群がったら一瞬にして骨も残らず喰い尽くされるわよ!」
「方向は俺達の進んでいる方から右45度の方向だ!戦いを避けるのは難しいぞ!」
「分かったわ。むしろそんなに早く情報が得られるなら問題無いわ!こちらから先手を打つわよ。ルチェは私がマッドプールでネズミの群れを泥沼に落とすから、ダウン・バーストでさらに押し込んで!」
「りょーかい!!」
「……もう少しで視認できるぞ」
俺は随時、サウンド・サーチを発動させて、ハングリー・ラットの位置を確認する。距離的にはそろそろ見えるはずだ。
「いました!」
ヴィヨレが確認できたようで、声を上げる。当然ながら二人も確認できているので、余裕を持って魔法を唱えて、マッドプールに飛び込んだハングリー・ラット達を一網打尽にした。
「あっという間だったわね」
「うん。それに私達がいる場所から大分、離れた場所で対処できたのもいいね」
「これが広まれば、音魔法を使える奴は、斥候としても活躍できるかもな……っと、ここはさっさと抜けた方がいいんだよな?こっちに向かう反応があるから、さっさと進んだ方が良さそうだ」
「分かったわ!皆、走り抜けるわよ!」
「はい!」
大勢で襲ってくるハングリー・ラットを対処するのが面倒なので、俺達はこの層を走り抜けるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―およそ10分後―
「ふう……何とか次の層へ続く階段まで着いたわね」
「疲れた……」
「はひ……」
3人が次の層へと上る為の階段の途中で息を整えている。あの後、ハングリー・ラットと戦闘することなくここまで来れた……のだが。
「なあ……そもそも、そんなに危険なのか?確かに大勢で襲ってくるのは大変だとは思うが……」
「あいつ……毒持ちなのよ……軽い麻痺毒だけど……」
「うわ……めんどくさ!!?」
「いくらウィードの回復薬があるとは言ってもね。やっぱり毒は避けた方がいいから」
「そうですね……ふう……」
「ほれ。飲み物だ」
俺は収納から冷たい飲み物を取り出す。
「ありがとう」
皆がそれを手に持ち、飲みながら階段を上がっていく。
「でも……あれの獣化って強そうだよな?アレになれば毒持ちで素早さアップだろう?」
「止めた方がいいわよ。あいつの名前にハングリーってついてるでしょ?あれの獣化って、常に空腹状態になって、ちょっとでも放っておくと餓死するのよ」
「死の宣告かよ……聞いていると本当に面倒だな」
「エポメノの塔の会いたくないモンスター3位以内には入ってるかな。私としては」
「アレ以上か同クラスが2体いるのか?」
「うん……オークのようになるのもいやだけど、アレはまだバトルとかで活躍できるし、死ぬことはないからいいんだけど……後、2体は嫌なんだよね……」
「そうか……それで、その2体はどんな奴……うん?」
俺は咄嗟に、匂いを嗅ぐことを止める。草で匂いを嗅げるのも変な話たっだが、こうやって遮断することもできるのは本当に不思議だ。
「うわ……次はアレか……」
「一番会いたくない奴ね……」
「臭い……」
3人が臭さのあまりに鼻を押さえる。
「次はどんな敵だ?」
俺は知っているであろうドルチェとココリスに訊くのだが……実はある程度予想は出来ている。ここまでオーク以外は地球の動物がモチーフとなったモンスターが現れるのだ。そして、ここは基本陸上生活が可能なモンスターばっかり……ここまで来ると、臭い匂いを出せる陸上動物となれば、アイツしかいない。
「ボンバー・スカンク……分かるけど、臭い匂いを放出する奴よ」
「お尻からか?」
「ええ……」
「まさか獣化すると……おならが出やすい体質になって、臭いが取れなくなるとか……?」
「……そうよウィード。だから」
「オッケー!絶対に出会わないようにしよう!任せとけ!どうせ売れないんだろう?」
「売れなくはないんだけど……臭いが……」
「じゃあ、無視していくぞ!」
「頼んだわよウィード!」
「任せろ!」
次の層に着いた瞬間、俺はサウンド・サーチを使ってボンバー・スカンクの位置を把握、俺の指示で行動する3人。そして臭過ぎる匂いを吸いたくないために、草原地帯を走らずに早歩きで行動していく。ちなみに草原の草は全て枯れていたが……まさか、臭いが原因だろうか?
特に突出する内容が無いまま、難無くボンバー・スカンクが蔓延る層を通り抜けられた俺達。
「ああ~~!やっと終わった!!」
「ええ……気持ち悪くなりそう……」
「……」
「ヴィヨレ……吐くなら吐けよ。流石にアレはヤバい」
顔を青くして、口をきつく閉ざしているヴィヨレ。獣化した狐の尾が力もなく垂れ下がっている。これは大分ヤバい状態だな……。
「は、はい……」
俺を一度、ドルチェに預けて、少し離れた場所で吐き出すヴィヨレ。その背中をココリスが擦っている。
「俺……この時だけ草で良かったと思う……」
「私も匂いを感じないのは羨ましく思えるの、この時だけだと思う」
そんな話をしてると、スッキリしたヴィヨレがココリスと一緒に戻って来た。
「大丈夫……?」
「は、はい……」
「とりあえず……上にいくか……」
「ええ」
俺達はヴィヨレに合わせてゆっくりと上へと登っていく。次の階には不快な臭いは無かったので、ボンバー・スカンクでは無いと思うが……。ってあれは!!
「何であれなんだよ……チョイスが渋すぎだろう……」
「アレの獣化はヤバくてね……モンスター自体の強さはそこまで何だけど、獣化の際にアノ牙が頭に刺さって死ぬことがあるの……名前はデッドリー・バビルサって言うんだけど……」
「ああ、死を見つめる動物だもんな……」
何か残念な動物ということで知った気がする。というか、バビルサってチョイスが渋いだろう!?もっとポピュラーなライオンとかトラとかいう肉食獣だっていいじゃないのか!?何でこいつ何だよ!!?
「とりあえずこいつも安いから……」
「戦闘はパスだな」
そんなデッドリー・バビルサの生息地を潜り抜け、さらに上層へと進む俺達。残りの層もそれらがランダムで出現して、とりあえず狩ってもお金にならないので全て無視して進んでいく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「エポメノの崩壊した塔・40層 ボス部屋前」―
「はあ~……」
「お疲れ様……」
「大変だったね……」
39層でボンバー・スカンクと遭遇し、すぐさま全速力で避難したために、あの臭いを存分に嗅いでしまった3人。ここで倒れてから1時間程経過している。3人とも少しでも苦痛を和らげるためなのか、各々の獣化して得た尻尾に抱き付いている。
「ああ……辛かった」
「肺一杯にあの空気を取り込んだせいで……うぷ……」
「だ、大丈夫か……万能薬wwwでも飲む?」
「私達を殺す気!?」
「毒を以て毒を制す。で何とかならないかなと思いまして……」
「「却下!!」」
万能薬wwwがどんな物か知らないヴィヨレを残して、2人が盛大にツッコんだ。この後、3人の調子が戻ったところでボス部屋に入ったのだが……ボンバー・スカンクでやられた恨みつらみを晴らすために、ボロボロで逃げるオーガ・ベアーを鬼の形相で追いかけて処刑した3人……俺は思わずオーガ・ベアーに心の中で合掌してしまうのであった。




