29草
前回のあらすじ「闇魔法のイメージは人を呪わば穴二つです」
―「城壁都市バリスリー・領主邸」―
「さて、到着しましたね……」
俺はギリムに連れて行かれて、とうとう領主邸まで来てしまった。今は門を守る衛兵の方が中に連絡中である。
(俺……帰りたい)
「旅は道連れ世は情けって言うじゃないですか」
(そんなセリフ聞きたくなかった!!)
異世界なのに、全く同じことわざを聞く事になるとは……。すると燕尾服を着た初老の老人が屋敷の玄関まで走ってやってくる。恐らく執事だろう。
「ギルドマスターのギリム様ですね!」
「ええ。それでアラルド様は?」
「こちらです!……その~……お手に持っている植木鉢は?」
「ああ。知り合いの従魔です。この問題を解決するために来てもらいました」
「従魔……ですか?」
ジーーっと見てくる執事さん。
(疑うのはいいが……早く案内しなくていいのか?)
「え、ええ……これは大変失礼しました。ではご案内します」
俺という草が話しかけたことで驚いた執事さん。そのお陰か先ほど慌てていた執事さんが少し落ち着いた気がする。
さて、俺達がここにやって来た理由だが……ランデル侯爵の視察が関係している。視察は俺達がクラリルの捕獲をしていた昨日から密かに行っていたらしく、視察は無事に終わって後は夜のパーティーだけだった……が、その視察が終わり、屋敷に戻る最中に事件が起きた。
(で、犯人は取り押さえることは出来たのか?)
「いいえ。アラルド様を切りつけた犯人はそのまますぐに逃亡したそうです。今は衛兵たちが追いかけているところです」
「こちらもギルドの緊急依頼で捜していますが……まだ、見つかっていません」
(ランデル侯爵を狙った顔を隠した奴が襲撃……それを体を張ってアラルド男爵が守ったが、犯人はその切りつけたナイフに毒を塗っていたと……)
「その通りでございます……」
……ということで、アラルド男爵が毒で倒れたらしく医者を呼んで対応したが、解毒薬が効かずに手の施しようが無かったとのことだった。そして……。
「(そして私に何か出来ないかと呼ばれた訳です)」
(……これって何かあったら俺達のせいか?)
「(それは無いと思うんですが……ランデル侯爵に呼ばれた手前、何も出来ないというのも……)」
小声で話す俺達。そう。医者が最後の防衛ラインのはずなのに、何故か呼ばれてしまったギリム。彼自身は何も出来ないと判断、そしてここで何か出来る可能性を持っている冒険者と言えば……。
(俺だったと……)
「(どうにか助かって欲しいんですが……医者が匙を投げたとすると……)」
(とりあえず、犯人が捕まり、使用した毒が判明するまで延命処置、治せるなら治してくれ!って訳だよな……)
「(そういうことです)」
(医者が投げたような案件を生後半年の俺に持って来るなよ!?)
「(……期待してますよ?)」
にっこりと笑みを浮かべるギリム。くっ!そんな失敗したら後が面倒な案件に突っ込みたくなかったよ!!アラルド男爵がとても市民に慕われているのは分かる。そして、同じように慕っている仲間や知り合いの為にも何か出来るならしてやりたい気持ち位はある。しかし、この町に来てひと月も経っていない俺に命運を託して欲しくないんだが!?
(うーーん……とりあえず解毒薬は……)
俺はアラルド男爵が治療を受けている最中の寝室に着くまでに、毒魔法のアビリティと持っている薬の確認をする。毒魔法の中に毒無効系の物が無いか確認するが、前に使用したポイズン・キャノンとポイズン・ショット、さらに新しくポイズン・ハザードなる魔法があるのだが……潜在的危険性と名前に付いている時点で回復魔法では無いだろう……。それと毒……一応、解毒薬はあるが……これ医者も試してるよなきっと……。
ポーションにハイポーションやレッドポーション、ブルーポーションなどが回復量と見た目の違いで種類があるように、解毒薬や麻痺治しなどにも段階がある。俺が作るそれらは最高ランクが星5と言われる中で星3であり、一般的な毒ならこれで問題無く対処できるが……この星3はある程度の薬師なら作れるシロモノであり、この城壁都市バリスリーでも少し高額だが普通に入手できる。そんな薬を医者が使用しないはずが無いだろう。
(後は……これか……)
俺は先ほど食欲減退薬を変化させて作った薬を確認する。
(これも……星3なんだよな……)
これは市場にも売っていなかったはずだと……思う。俺が持っている薬で治療できる可能性を持つ薬はこれしかない。
「ここです!奥様!ギリム様をお連れしました!」
執事さんが扉を開けたその部屋に入ると、明らかに医者というような白衣を着た男性以外にベッドの近くで膝をつき、そのベッドで横になっている男性の手を握っているブロンドヘアーの若く綺麗な女性。そして、その横に立派な口髭とツルツル頭が特徴的な男性がいた。その二人のお召し物から、男性がランデル侯爵、女性がアラルド男爵の奥さん。そしてベットの上で荒々しい寝息を立てている若く銀髪が特徴的な男性がアラルド男爵なのだろう。
「ただいま馳せ参じましたランデル侯爵」
片膝を付き、その二人に挨拶するギリム。
「ギリム!それで……」
「メリッサ夫人……残念ながらどうにかできる人物は……」
「そんな……」
「それなら……何か無いのか?このワシを助けたこの若者を助ける手段は?」
「それで……」
そう言って、ギリムが植木鉢に入った俺を前に出す。
「まさか……これを煎じて飲ませれば!!」
「おい!直ぐに薬師を!!」
(いや!?俺を飲ませても良くはならないと思うぞ!?)
「「「「え!?」」」」
草が言葉を話した!?とか驚きの言葉が4人から上がっている。
「驚かせて申し訳ありませんでした……この植物はあるパーティーの従魔でして、名前はウィードと言います」
「従魔?植物なのに?」
(そこにツッコまないでくれ……それで、領主様はどんな状況なんだ?)
「あ、はい……主な症状はアシッドインセクトの症状なのですが……」
「アシッドインセクト……?あのモンスターですか?」
(ギリム。どんなモンスターなんだそれ?)
「毒持ちのアリのような姿をした昆虫型モンスターです。集団で襲ってくるので少々危険度は高いですが……それでも、初心者パーティーでも十分に対処できるモンスターですね。毒も星1つで十分で解毒できます。そしてその毒は全身に軽度な火傷みたいな痛みが続くそうです」
「はい。ギリム様の言う通りなんですが……」
医者が非常に困った顔を浮かべている。
「何故か倒れた後、目覚めることも無く。また麻痺の症状も出ています。だから解毒薬、気付け薬、麻痺治しの3種類を服用させたのですが……」
「どれもダメだったと」
「はい……」
(それならもっとグレードを上げた回復薬を飲ませればいいんじゃないか?)
「星4や5は無いのです。そもそもそんな薬を使う状況はほぼありませんし……」
奥さんの言葉にどういう事だと思ってしまった。星4や5があるのに領主邸なのに無いし、そもそも使わないって?
「あ~……ウィード。星4や5の解毒薬を使うようなモンスターは確認されていません」
(……え?いないの?)
「一応いますよ?……強力な毒で体を消し飛ばせる従魔が……目の前に」
(ああ……星4だと即死級の毒、星5だと体を消し去るような毒って訳か!)
「そういうことです」
なるほど!そもそも使う前にこの世からおさらばしてるならいらないな!いや~!俺の毒ってかなりヤバいね!
(って……じゃあ何で治らないんだ?)
「そこが問題なんです……さて、そこで何かいい案はありませんか?」
(一応……でも、これって意味があるのかな……?)
俺は近くにあったテーブルに瓶に入れた薬を収納から出す。
「これは?」
(万能薬(www)です)
「「「「はい?」」」」
聞いた全員が?を浮かべる。何だそれ?といいたいのだろう。
「万能薬ですか?」
(ああ万能薬だ……)
「……(www)とは?」
(笑う!とか面白い!とかウケる!!とか……要は笑いが止まらない状態を指す言葉だな)
「……効果は?」
(様々な状態異常を治しますwww……だそうです)
「「「「「……」」」」」
皆さんが一言も発せずに静かに黙り込んでしまう。いや、俺も出来た際にツッコんだからその気持ちは分かる。この薬は欲しいとは思った。ゲームのようにこれさえあれば取り合えず問題無い。そんな薬があったらと……でも。
「「「「信用できるか!(できません!)」」」」
(ですよね~~!)
その後の(www)のせいで全てが台無しなのだ。これでは、この薬を飲ませても大丈夫か心配になってしまう。
「ちなみに……他には無いんですか?」
(あったらこんなジョーク染みた名前の薬は出さないって。俺の毒魔法で解毒出来る魔法は無いし、薬も先ほどお医者さんが言った薬の星3までしか無い。だから後はこれしか無かった感じだ。ちなみに作ったのが、ついさっきで実証試験とかもしてないからな)
「そ、そんな……そんな名前の薬に夫の命を託すと……」
(ああ……心中お察しする。俺もこんな能力を授けた神様がいたなら全力でその頭をハリセンでひっぱたきたい気持ちだ……とりあえず、俺が出せる解決策はこれだけだ)
「……冗談ではないようだな」
ランデル侯爵が腕を組んで考え始める。そして、そのまま医者に体を向けた。
「このまま何もしなければいつまでもつかね?」
「今日の夜までに何も出来なければ……」
「そんな……」
「夫人……」
今すぐ犯人を取り押さえることが出来れば、治せる薬を直ぐに手に入れられる可能性が高い。自分がうっかりそのナイフでケガした際の保険として解毒薬を持っていないという事は無いだろうしな。
「ウィード。少しこれを飲んでもいいですか?」
(うん?いいけど……)
「失礼します」
すると、ギリムが俺がテーブルの上に出した万能薬(www)の瓶を持ち、少しだけ飲んだ。
「……どうやら健全者である僕が飲んでも何とも無いようですね……ということは、少なくともこれをアラルド男爵に飲ませても今の状況を悪化させる事は無さそうですね」
「そうか……どうだろう夫人?ここで手をこまねいているなら、この薬に頼ってみては?」
「……そうですね。ギリムさんが体を張って飲んで、その安全性を確かめてくれたのですもの。試してみましょう」
その夫人の言葉を聞いた医者は、万能薬(www)をギリムから受け取り、そして眠っているアラルド男爵に薬呑器を使って飲ませるのであった。