23草
前回のあらすじ「足が早い魚」
―およそ一時間後「城壁都市バリスリー・花の宿プリムラ プライベートガーデン」―
「すごーい!!私、飛んでるよ!!ねえ!」
「見えてるわよ!しかし……空を自由に飛べる薬なんて驚きね。」
(少しの練習で飛べるなら、これは移動用に冒険者達に売れそうだな)
俺達より少し高い所で、両手の翼を羽ばたかせながら飛んでいるドルチェ。およそ1時間程で簡単な飛行なら出来るようなっていた……うん?
(そろそろ効果が切れるぞ!!)
「え?……ルチェ!下りて来て!効果が切れるって!!」
「わわ……!!分かった!すぐに下りる!!」
慌てて高度を下げるドルチェ。すると、その途端にポン!という音と同時に煙がドルチェから発生し、元の姿に戻ったドルチェがお尻から地面へと落ちて尻もちを付いた。
「ルチェ!?」
「きゃ!……いっったた……」
お尻を擦りながら、ゆっくりと立ち上がるドルチェ。
(大丈夫か?ポーション出すぞ?)
「ううん。そこまではいいかな」
「でも、ビックリしたわ……もし、あれがもう少し高かったら……」
(……ひき肉?)
「怖いこと言わないでよウィード……。でも、その恐怖があったとしても有効な薬だよねこれ」
「そうね……これなら移動に便利よね」
(二人がそう言うなら、これは売れそうだな……多めに作って、ギリムに売りつけてみるか……)
練習は必要だが、空を飛んで長距離を移動できるという薬は魅力的に違いない。ただ、商品開発の際にいい所ばかりを見ていてはいけない。
(それでドルチェ。何かこの薬に欠点は無いか?さっきの制限時間切れの落下以外にでさ)
「うーーん……戦闘面かな?これで戦えるのかチョット試したいかな?空を飛んでるモンスターなんて結構いるし……」
「そうね……後、一時間っていう時間制限は命取りになりかねないわね。いつもとは違う状態でモンスターと戦うことになるから」
(ああ。やっぱりそうだよな……)
俺はアビリティであるログを開いて鳥獣変身薬の欄に改善点や今後の課題についてまとめていく。
「何をやってるの?」
(このログのアビリティって、本みたいに保存が出来るんだよ。それを使って薬の効能とかを種類ごとにまとめてるんだ)
俺もつい最近気づいたログの機能で、書いた物を保存できて、かつそれをパソコンのようにフォルダ別に分けられるという機能である。この機能に気付いたのは、宿内で一人夜なべして薬を作っていた際に、メモ用紙が欲しいなと思ってログを使ったのがきっかけである。
転生して半年も経った今頃になって、何故それに気付いたかというと、それまでは作る薬の種類が少なかったのと、作っても使う人がいないので薬の長所と短所がイマイチ分からないということがあって、わざわざメモを取り、記録するという行為が必要なかったのが理由だ。
(うーーん。元の肥満薬の場合が濃度で太り具合が違って、飲む量で時間制限が違っていて……この薬は飲む量で鳥化の具合が違っていて……濃度は検証して無いな……)
「後はやっぱり……何かの鳥に変身ってところよね……猛禽類とかならいいけど、可愛い鳥だと戦えるのか分からないし……」
「私はそっちの方がいいかな……好みだけど」
(そうだな……やっぱりどうしてもそこは確定したいよな……ココリス。頼めないか?)
「あなたの薬を飲めってこと?」
(俺達が使うにしても、ギリムに売りつけるとしても、ここまで検証不足だと危ないからな。娼館は安全だからこそランダムでも良かったのに、これはモンスターのいる場所で使うからな。しっかり調べないと)
「いいわよ。これを使えば遠くに移動するのに便利だし、何かと役に立ちそうだもの。それにルチェが楽しそうに飛んでるのを見て、私もやってみたいわね」
(それじゃあ……ほい)
俺は収納から、鳥獣変身薬をココリスに渡す。そしてココリスはそれを先ほどのドルチェと同じように少しずつ飲んでいく。
「うっ!?」
体をゾクゾクと震わせるココリス。荒い息づかいがエロスですね~~。って、そんな事を考えている場合じゃない……えーと、同じように両手と両足が光に包まれて変化してるな。お、変身が終わった。
「へえ……なんか変な感じ……さっきのルチェとは微妙に違うわね……」
「そうだね……色は茶色と白が混ざってる同じだけど……大きさが違うかな?」
(それはココリスが水鳥に近い種類に変化したからだろうな)
「水鳥に?どうしてそんなのが分かるの?」
(足を見ろ。水かきが付いているぞ)
「本当だ……」
その場でペタペタと足音を立てるココリス。さらに自分の羽をまじまじと眺め始める。
「もしかして水鳥みたいに水の上を移動できるのかしら?」
(試すか?)
「水の中に飛び込むにはまだ季節的に早いわよ」
そう言って、さっそく飛ぶ練習を始めるココリス。その横で先に飛んでいたドルチェがアドバイスに入る。
「あら~……凄いわね~~!!」
(あ、リリーさん。見に来たんですか?)
声がする方に意識を向けてから見上げると、リリーさんがお盆に何かを乗せて練習風景を見ていた。
「ええ。それで飛べたのかしら?」
俺のいる台に持ってたお盆を置くリリーさん。そのお盆の上にはティーポットとカップ、それと軽食が乗っていた。
(さっきまでドルチェが飛んでましたよ。最後に尻もちを付いてましたけど)
「ふふ♪そうなのね……」
ドルチェとココリスは飛ぶ練習に夢中でリリーさんが差し入れを持って来たのに気付いていない。
「アレって私にも使えるのかしら~……?」
(使えると思いますよ?今、二人に頼んで検証中ですけど)
「私も試してみてもいいかしら?」
(いや……旦那さんがそれを知ったら……)
これで何かあったらフランキーさんに怒られるだろうな……。
「おお。ここにいたのか」
すると、フランキーさんがタイミングよく扉を開けてプライベートガーデンへと入って来た。
「おお……すげえな……前にここに来た吟遊詩人があんな格好をしていたぞ。キラキラしてたな」
(どこぞの往年のアイドル衣装を参考にしてるんだよそいつ……)
サングラスと派手なダンス衣装を着て決めポーズをしている男性の姿を思い浮かべてしまった。
「ねえねえあなた。私も試してみてもいいかしら?仕事も一段落ついてるし」
「うん?そうだな……なら、俺も試してみたいな」
(フランキーさんもか?)
「ああ。俺もミスック湖にいけば、その場で下ごしらえが出来るしな。刺身とかは……やっぱり新鮮じゃないとダメだが」
(ああ。確かにそうか……)
「ってことで、俺も参加するぞ!それに、もし成功すれば報酬ももらえるしな!ガハハハ!!!!」
その場で大笑いるフランキーさん。俺から鳥獣変身薬を貰っていった二人は、そのままドルチェ達と合流して同じように飲み始めて、同じように変身した。
「おお……腕を振ると何かが揺れるという感覚は変な感じだな」
「そうね……こうよね……」
「そうです……あ、そうだ!」
ドルチェが何かに気付いて、眺めていた俺の方へ近づいてくる。
「また、変身薬貰ってもいいかな?」
なるほど。教えるなら自分も同じように変身した方がいいと思ったのだろう……けど。
(それはダメだ。肥満薬に痩身薬、動物変身薬と鳥獣変身薬の変身系の薬はどれを使っても、次の薬を使うまでちょっとしたクールタイムが必要なんだ)
「それを無視して飲んだら……?」
(それは……)
そこで俺は言い淀んでしまう。躊躇った俺の言葉を聞いて、どんな恐ろしいことが起きるのだろうと悟ったドルチェが唾を飲み込んだ。
(……何も起きない)
「へ?」
(何も起きないらしい。娼館で2回戦目に入ろうとしてダメだったそうだ)
「そうなんだ……」
ちなみに1回目が切れるのに掛った時間はおよそ1時間ほどだ。時計の無いこの世界で、ラメルさんから聞いた砂時計がどれほど落ちていたかの情報を元に、俺の体内時計から出している。
「それにしても驚かさないでよ?」
(ははは!どうだ!俺の迫真の演技!!見てるだけだからな……この位はしてないと暇なんだよ)
「それなら……もっと間近で見る?」
(いや。ちょっと薬の改良をするからいいさ。それよりも……この調子なら明日はミスック湖に向かうんだろう?しっかり指導しておいてくれよ……それと、ここに置いてあるお茶と軽食を持っていってくれ。せっかくの温かいお茶が冷めるのはもったいないからな)
「うん♪」
ドルチェはいい返事をしてお茶と軽食が置かれたお盆を持って、ココリスたちの方へ戻って行った。
(……)
恐らく明日はミスック湖に行ってクラリルを捕えるクエストをこなす事になる。そうしたら、捕らえるために来たドルチェ達も味見を兼ねて食べることになるだろう。それが今、凄く羨ましくて堪らない。それこそ上手くいかないよう邪魔をしたくなるほどに……。
これまでも羨ましいとかいう感情はあった。でも、ここまで強くて暗くて……心の奥底から滲み出るような感情では無かったはずだった。先ほどのいたずらも、それを少しでも晴らすためのものだった。こうやって静かに一人になれる状態を作ったのも……。
この時初めて、草として転生した俺の心の中に今までとは違う暗い感情が芽生え始めていることに気付いた俺は、自分のこの気持ちを静めるためにも薬の研究に集中するのだった。