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234草

前回のあらすじ「ヘルバが強くなるほど、頭が痛くなる人々」

―王都へ帰還してから数日後「王城・調理場」―


 王都へと帰還してから数日経ち星見祭当日となった。そして俺は昼頃から星見祭と今回の事件を労いささやかなパーティーが開かれることになったので、それらの準備……ようはいつも通り料理をしている。


「おお……綺麗ですね」


「このように型枠を使って、立体的な盛り付けにするだけで見栄えは大分変わるからね」


「ヘルバさん。このソースを味見してもらってもいいですか? 何か物足りなくて……」


 コックさんに頼まれて、ソースの味見をしてみると確かに何か物足りない。


「……何が足りないと思う?」


 俺はコックさんにそう尋ね返す。ここで答えてしまうとこのコックさんのためにならないので、自分なりに何が足りないのかを考えて欲しいと思っての行為である。


「私としてはスパイスをもう少し利かせるべきかなと」


「なるほど。それもありだけど、私は酸味かな。酢やレモンで酸味を加えた方が魚に合うと思うんだ」


「ああーなるほど。今回の魚にはそっちの方が合いそうですね。ありがとうございます」


「どういたしまして」


「ヘルバさん。ちょっと料理のご相談を……」


「チョット待っててね」


 俺は調理の手を止めて、今度はそちらのアドバイスを行う。そんなことを繰り返しつつ、星見祭で出す料理が出来上がっていく。


「お菓子は……」


 クリスマスと言えば『ジンジャーマン』と言われる人型のジンジャークッキー、その見た目が雪玉のように見えることから付いたスノーボールクッキーがいいだろう。後は温かい紅茶だろうか。温かいジュースとミラ様は言っていたが、あまり口の中が甘すぎても口の中が甘すぎて疲れてしまうだろうし……。


「後で2人にも分けてあげるからね」


「「……!!」」


 静かに俺の調理を眺めていたルックスとテネブリスが大はしゃぎする。こう見ると、お伽噺の妖精のようで、危険なモンスターとは思えない姿である。


「おお……美味しそうな物が出来ていくね」


 考え事をしていると、俺の背後からぬらりとドルチェが現れる。


「星見祭に食べるお菓子に合わせるために、温かい紅茶にしようと思うんだけど……ジュースがいい?」


「いいんじゃないかな? 集まりによっては甘い物を控えているところもあるし」


「それなら……いいかな」


 あくまで星を眺める祭りで、それが終われば寝るだけなのでたくさんのお菓子を用意するのは不要だろう。後は……。


「後はお酒を嗜む人もいるかな」


「お酒……いる?」


「いいんじゃないかな。会食もあるし」


「それじゃあ……お菓子と飲み物はこれで決まりっと。それで、ここに来たんだから何か用があるんじゃないの?」


「うん。ちょっとね」


 俺は作業をしつつ、ドルチェの話に耳を傾ける。話の内容だが当然、今回の事件のその後である。


「クリーパーの巣で手に入れたレポートや書類、それにリストを不眠不休で調べた結果、反王政派の連中でも古参の連中がこの件に関わっていた事が分かったの。そして、これを元にその古参の連中を捕らえたよ」


「そこまでは予定通りだね。それで何か分かったの?」


「……あるんだけど。いい話と悪い話どっちから聞く?」


「悪い話。どうせ何人か逃げられたんでしょ?」


「ヘルバの予想通りだよ。反王政派の古参連中は捕まった。だが……1人だけ逃げた人物がいたの。そして、覚えているならヘルバもあったことがある人かな」


「反王政派の知り合いはいないけど……あ、もしかして発表会の時にちょっかいを出していた連中の中にいたってこと?」


「そう。アスラとココリスの2人が覚えていてね。一番最初に来た人物でアスラ様が対処してた老齢の男性なんだけど」


「いたいた! アスラ様を前にしかめっ面だったから、随分失礼なオジサンだと思っていたけど。あの男が捕まらなかったの?」


「そう。名前はアラン・タイゾン。爵位は子爵で領地経営は堅実で合理的、あまりにも合理的過ぎて時にはそれで問題になることがあったらしいけど、それでも領民の支持は高かったから領主としての腕は確かだったみたい。ただ……領外では権力にものをいわせていたみたいだけどね」


「身内には優しかったって感じ……でもないか。単に変に目を付けられたくないってだけかな」


「多分ね。だからアレスターちゃんもインスーラ侯爵ほど注視していなかったみたい。それでアランを捕らえるために王都の屋敷に騎士団が行ったらしいだけど……屋敷内には何も残っていなかった。使用人も含めて全部ね。それとつい先ほどもたらされた報告なんだけど、領内にある自身の屋敷も同じ様子だったらしいよ」


「まんまと逃げられたって訳か……逃げた先は分かってるの?」


「ストラティオを走らせる不審な連中がいたらしくて、城壁都市バリスリーに向かったって」


「その先のボルトロス神聖国に逃げるつもりかな?」


「多分。アラルド子爵とギリムさんで探索隊が組まれて、現在捜索中……現状はそこまでかな」


 予想通りというか何というか……むしろボルトロス神聖国はどこまでこの国に深く潜り込んでいるのか恐ろしいものである。


「ってことで悪い話はここまで。いい話だけどホルツ湖畔から流れる水の浄化に成功したって。だからこれ以上の被害は出ないだろうって、後は治療も進んでいて、年内には終わるみたい」


「それは良かった。モカレートとアスラ様達に感謝しないとね」


「事件解決を祝うパーティーにモカレートは参加するらしいから、その時にでもお礼を言ってあげて」


「そうするよ。アスラ様には星見祭で教会に行った時にでも伝えればいいかな」


「美味しいお菓子とお茶を用意して……だね」


 リアンセル教会では星見祭の間、教会の庭先で信者も含む市民の方々と一緒に星を眺めるらしい。そこで俺はこのパーティーに参加後、星見祭はお茶とお菓子を持って『トリニティハーブ』と『フォービスケッツ』の皆と一緒にそちらに尋ねる予定である。


「それとロドニーさん達も教会に来るって。ロドニーさんが一体どんなお菓子を用意してくるか楽しみだね」


 そう言って、うきうきしているドルチェ。パーティーに星見祭と美味しい物を食べるれることが楽しみらしい。


「花より団子ってこのことだよね……」


「何か言った?」


「何も?」


 俺はそう言って、バターを溶かしたフライパンで小麦粉をまぶしたサモーンの切り身を焼き始めるのであった。


 その後、調理を終えた俺は用意したお茶とクッキーを『収納』に収めた後、調理場にやって来たメイドさんと一緒にパウダールームへと連れ込まれる。


「しっかりドレスアップしましょうね~♪」


「あの……この後、お出掛けするので」


「分かってますよ。パーティーが終わったらまたこちらにいらして下さいね。あのアスラ様のご要望ですし」


「アスラ様が?」


「はい。だから星見祭に行かれる前に必ずこちらに寄って下さい。きっと何かお考えがあるようですから」


「……うん」


 ドレスアップを終えた俺は同じくドレスアップされたルックスとテネブリスを連れて指定されたパーティー会場に向かうと、すでに他の皆が会場内に集まっていた。すると、こちらにビスコッティが気付いたので、俺はそちらにへと向かう。


「青いドレス似合ってますね!」


「ありがとう。ビスコッティの赤いドレスも似合ってる。もしかしてパーティーってもう始まってる?」


「まだですよ。あ、どうやらヘルバさん待ちだったようですね」


 すると、貴族の男性と談笑していたアレスター王が話を切り止め、パーティーに集まった人達に労いの言葉と感謝の言葉を述べたところで乾杯の音頭を取ってパーティーが始まる。今回は立食バーティーであり、前回のパーティーのように踊ったりすることはない。


「ヘルバさん」


「あ、モカレート。お疲れ様」


「いえいえ。皆さんが大元を排除してくれたおかげですよ」


 モカレートは手にグラスを持った状態でこちらにやって来た。その淡い紫色のドレス姿はモカレートの大人としての魅力を引き立てている。そう、それはまるで……。


「人妻感半端ない……」


「結婚してませんから!? それよりあのサモーン料理ってヘルバさんが用意されたものですよね?」


 そう言って、俺が用意したサモーンのカルパッチョにサモーンのカナッペに指を差すモカレート。


「そうだよ。この世界にクリスマスは……いや、星見祭にはシャケを喰えという文化を根付かせないと!!」


「何ですかその使命感……?」


「彼の意志を受け継いで、この世界にシャケハラスメントを浸透させる! 本当は劇中に出た氷頭なますにシャケチャーハンを出そうかと思ったけど、パーティーでは不釣り合いだったから、渋々諦めたけど………」


「す、すごい熱意ですね……ってかシャケハラスメントって何ですか?」


「そんなことは気にしなくていいよ。とりあえあずシャケ……サモーン料理を食べてみて!」


 俺は2人にサモーン料理を勧める。2人は何か言う訳でも無く、サモーン料理を口にする。


「あ、これいいですね。お酒が進みそうです」


「この時期ってどうしても新鮮な野菜が手に入りにくいから、料理に華やかさが無くなるんですけど、サモーンのオレンジがいい色合いを出してくれますね」


「そうでしょそうでしょ。星見祭の料理にサモーン料理……これを定番にすることは私の使命だね!」


 どうしてそこまでサモーン料理を広めたいのか理由は自分でもよく分からない。が、「そんなことよりもシャケを喰え!」と頭の中に声が聞こえたので、これ以上深く考えずに俺もサモーン料理を口にする。


「自画自賛になるけど、やっぱりシャケはいいね……」


 地球ではどれほどの間、「クリスマスにシャケを喰え」というネットミームが続いたのか分からないのだが、こっちでも末永くそのミームが続くように頑張ろうと思いつつ、サモーン料理に舌鼓するのであった。

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