232草
前回のあらすじ「後付けの光魔法と闇魔法を手にいれた!」
―「ホルツ湖畔・巣内部下層」―
「解体完了……っと。嬢ちゃんお疲れ様」
「私はチョットしたお手伝いをしただけだよ」
「謙遜するなって……それとそっちの子もありがとうな! おかげで作業が捗ったぞ!」
ロドニーさんがそう言ってルックスを褒める。テネブリスの看病をしながら、ルックスは自身のアビリティでロドニーさんとフレッサの2人の作業を補佐してくれた。その際、使ったのは武器を強化するアビリティらしく身体強化だけではなく、そのようなことも出来ることに驚いていたりする。
「もしかしたら……かなりお得な契約を結んだんじゃ」
(契約を結んだ今だから言うんですが、この2人は補助や妨害に極振りしたような性能です。それでいて、MPと魔力に極振りですので、この2人が乗り気なら地球の旅団規模……4000人規模の強化、敵軍には弱体化を付与できますよ)
(……ねえ。一個人でもっていい力なの?)
(あはは……ヘルバさん。くれぐれも悪用はしないで下さいね……?)
(ダメなやつじゃん!?)
(まあ……ヘルバさんの持つ『オーディン』に相応しい力と言えば力ですよね……)
(確かに無敵の軍を率いてたねあのおじいちゃん!?)
「ヘルバの嬢ちゃん。何やら驚いた表情をしているがどうしたんだ?」
「いや、ちょっとね……新しい力がやばくて……」
それがどれほどのものなのか実際に試しておいた方がいいだろうと思い、俺はルックスに頼んで現在もクリーパーの群れと戦い続ける部隊に魔法を掛けてもらうことにした。
「みんな! 今からバフを掛けるからよろしく!!」
部隊の皆に一度声掛けすると同時に、ルックスが部隊全員に『強化魔法』を掛けた。
(武器と防具の強化に身体強化の豪華3点セットですね)
フリーズスキャルブさんの説明でどんな強化を受けたのかを聞く俺。すると、一振りの剣の薙ぎ払いで、クリーパーの数匹がバラバラに吹き飛び、槍を一突きすればクリーパーの群れに死骸によって群れが分断される。魔法に関しては特に変化は無かったが、もし魔法強化もされていたらこの巣が耐え切れなくなるかもしれない。
「皆さん!! うっかり巣に攻撃しないように注意して下さい!! 下手すると巣に穴が空いてしまいます!! また、強力なアビリティは厳禁です!!」
リーダーがこの強化具合を見て、手加減するように注意を促す。俺は邪魔しちゃったかなと思いつつ、その姿を見ていると、そこからものの数分で終わってしまった。すると、リーダーがこちらにやって来た。
「あの強化はヘルバさんのアビリティですか?」
「ううん。この子のアビリティで強化したの」
「そうでしたか……」
そこで深く考えるリーダー。その後、『フォービスケッツ』の4人にドルチェとココリスも慌ててやって来た。
「今のルックスがやったの?」
「うん。3つの強化魔法重ね掛けしてもらったの」
「……あの人数を?」
「そうだよ」
俺がそう答えると、集まった全員が凄く渋い表情を浮かべる。
「ちなみにだけど……どれくらいの規模で強化できるのかしら?」
「フリーズスキャルブさんの情報だと4000人くらいなら強化できるって、テネブリスなら逆にその規模で妨害出来るみたい」
それを聞いた途端、リーダーにドルチェとココリスとホルツ王国の国政や軍と深く関わる3人が頭を抱え始めた。
「ヘルバさんを大至急、国で保護できないですかね? ここまで来ると彼女が他の国に取られたりするのは大きな損失な気が……」
「冒険者ギルドと商業ギルド、それと教会から苦情が出ちゃうから難しいかな……」
「ヘルバを良く知ってるレッシュ帝国も抗議が来るわね……」
そう言って溜息を吐く3人。それを見た『フォービスケッツ』の4人は苦笑いを浮かべている。
「他人を強化する付与術ってアビリティがあったはずだけど……そんな大人数には無理だよな?」
「私が知る限りでは十数人程度。ルックスとテネブリスの人数は規格外過ぎる。そもそも、ヘルバが調教師のアビリティを持っていたことにも驚き……」
「あ、違うよ。実は……」
俺が先ほどあったことを話すと、ビスコッティから「色々逃げられないから覚悟して下さいね?」と言われてしまった。それに対して他の3人も頷くのであった。
「……!!」
話が終わると、そこでルックスに袖を引っ張れる。何かあるという事で俺をそこに連れて行きたいらしい。
「ルックスが連れて行きたい場所があるみたいだから行ってみていい?」
「いいけど。私達も行くわよ。何があるのか分からないんだから」
俺は他の皆と一緒に行ってもいいか訊いてみると、問題無いとのことだったので一緒に倒したクリーパー達の解体の指示やその手伝いをするリーダーとロドニーさん、フレッサと別れて、ルックスの案内の元一緒に巣の地下を進んでいく。ルックス自身が強力な光源となってくれているのだが、視界の先はそれでも暗くこの巣がどれほどデカいのかが改めて分かる。
「まるで洞窟型のダンジョンね」
「これをクリーパーが作ったなんて信じられないかな……」
「こっち?」
「……!」
ココリスとドルチェの会話を聞きつつ、俺は両手に抱えているテネブリスを寝かせている籠に一緒に入っているルックスに方向があってるのか訊くと、今進んでいる方向から左に進むように言われたので、そちらへと行ってみる。
「何よ。何も無いじゃないの」
ルックスの指示通りに進むと、すぐにハニカム構造の壁にぶつかる。そこで『スキャン』を掛けると奥が空洞になっているらしいので『ウォーター・ホイール』で壁を破壊すると、そこには蜂の巣には似つかわしくない明らかに人が寝泊まりしていた形跡のある部屋となっていた。
「ここは……っ!?」
先に入ったアマレッテイがナイフを取り出し、壁際にある机の方を向いて椅子に座っている人影に警戒する。
「……アマレッテイ大丈夫。もう……亡くなってる」
俺の視界に入ったそれはすぐさま『スキャン』の効果対象になり、鑑定結果に『死体』と表示される。そこから、この部屋が何なのかを調べていく俺達。周りを見ると大量の本にレポートらしき書類、そして実験に使う道具類などが見つかったので、ここが研究室なのは容易に判断できた。
「ヘルバ。この死体の鑑定できる?」
「ごめん無理。『フリーズス・キャルブ』を今日の分使っちゃったから……」
(使用可能なので問題ありませんよ?)
「え、だって……」
(称号持ち全討伐により『オーディン』の4つ目のアビリティが解放されました。その恩恵で使用回数のあった『フリーズス・キャルブ』が制限なしに変更です。ということで……)
すると『スキャン』の表示項目の中に『フリーズス・キャルブ』という項目が現れる。
(まとめておきましたのでどうぞ)
「一応討伐扱いなのね。それじゃあ……」
俺はそこでこの死体の情報を確認する。そして、この事件の顛末を知ることになった。
「ドルチェ……」
「何? ヘルバ?」
「至急、王都に報告って出来る? この人の正体なんだけど……」
俺はそこで得た情報を伝える。その後、ここにある品々と死体を回収した俺達はすぐさまリーダー達と合流し、この巣内部から脱出するのであった。
その後、押収した品々から発見したこの巣に設置されている魔道具を利用して湖畔に接岸させ、どこかに行かないようにロープで係留する。その頃にはすっかり空は暗くなってしまったので、宿舎へと戻って来た。そして、俺はそこで得た情報を夕食後の食堂で説明をするのであった。
「まさか、人為的にスタンピートを起こす研究をしていたとは……」
「こっちのレポート、後実際に蜂の巣にいた『コルジセプス・ベアー』からして実験は順調に進んでいたみたい」
リーダーに回収したそのレポートを見せる。そのレポートの最後辺りを読むと「クリーパーから回収した新種のコルジセプスを子熊に定着させることに成功した」と一文があった。しかし、それからすぐにレポートは途切れてしまっていた。それがおよそ10年前の話である。
「この最後の字がおかしくなっているところで突然死で亡くなってしまったってことですね」
「うん。スタンピートを人工的に起こす研究だったため、陸地でやると自分達に被害が及ぶとのことであの蜂の巣を改造した船で行っていたみたい。そして、その研究の隠蔽のためにルックスとテネブリスを捕らえていたんだけど……運悪くテネブリスにもコルジセプスが寄生したみたい」
「テネブリスが暴走して、研究用に生かしていたクリーパー達と研究者達は錯乱状態を引き起こした。唯一、無事だったこの研究者はその部屋で立てこもっていたが死んでしまったと」
「うん。その後勝ち残ったクリーパー達はコルジセプスによって、その数と巣の規模を拡大しつつ、自分は『コルジセプス・ベアー』としてあの蜂の巣の王として君臨していたってところかな」
このレポートを見る限り、元々の巣は別の場所で発見された巣に水の上に浮かぶように改造した物であり、その時はまるでガレオン船のような姿と書かれていた。それが10年の歳月を経てあのような陸地のようなサイズになったらしい。
「なるほど……そして、この研究に関わった貴族達がこいつらだと」
「反王政派の連中ね……こんな企みを企てていたなんて」
レポートとは別にまとめられていた書類に巣への定期的な研究者達のための日用品や食料品の運搬記録が残されており、そこには研究の出資者として貴族達の名前も書かれていた。
「こんなのを残すなんて……証拠隠滅する暇も無かったみたいね」
「けど……これおかしい箇所ありませんか? その……」
「分かってるよ。その巣をどこから手に入れたのかとか、ここへどう運んだとか、そもそもルックスとテネブリスの2体をどこで手に入れたのかとか……分からないことが多すぎる」
レポートや書類は一通り見たのだが、それに関する記述は全く見られなかった。もしかしたら、まだ見ていない本に何かしらの記録が残ってるかもしれないが……。
「詳しい調査は明日にしましょう。今日は皆さんお疲れだと思いますから……とりあえず陛下にこの件をすぐにご報告し、関わる貴族の身柄の確保、それと法務部にこれらの書類の精査など……年末で忙しいというのに、さらに忙しくなりそうですね」
「私、雪降る前に王都に戻りたいんだけど……出来るかな?」
「どうでしょうかね……」
自然災害と思っていたのがやはり人災だったこの事件。二転三転と替わっていくこの何とも不可解な事件に食堂にいる皆から、疲労による溜息が漏れるのであった。




