225草
前回のあらすじ「上陸完了!」
―「ホルツ湖畔・クリーパーの巣の上」―
「うわ……こんな巨大な巣なんてあるのね」
「信じられないですけどね……」
上陸したガレットとビスコッティが一面蜂の巣という光景に思わず驚きの声を上げる。それは他の面々も同じであり、まさか誰にも気づかれずここまでの巣が作られていたとは思ってもいなかったのだろう。
「はあ……これは騎士団として失態ですね。こんなのがあるのに気付けないとは」
リーダーが酷く落ち込んだ様子で頭を押さえる。これほどの大きさの物を気付けなかったとなれば確かに失態なのかもしれない。だが……。
「仕方ないと思うよ。この巣なんだけど……移動し続けているみたいで、しかもこの隠蔽に関わってるのはテネブリスで決まりだから」
『テネブリス』という名が出た途端、周囲の空気が張り詰める。
「称号持ち……いるのか?」
「人数は足りるのか? 戦うなら中隊クラスは最低限は必要じゃないか?」
称号持ちモンスターの討伐となった事で、ここにいる全員で対処できるのかと口にしていく。すると、リーダーが手を叩き、皆に静かにさせる。
「皆さん! これよりこの場所の探索を行います! 班を3つに分けます! 1つはこの蜂の巣を調べる探索グループ! もう1つはここにベースを築き守るための防衛グループ! 最後にこの事を報告しに戻る通達グループ! 時間がありませんので素早く決めて行きましょう!」
リーダーのその声に各々がまず自分が入りたいグループを選ぶ。俺は当然ここの探索グループを選ぶ。
「まあ、当然よね」
「となると……私達も一緒だね」
すると、ドルチェとココリスも探索グループを選ぶ。さらに、冒険者だけを調べに行かせるのは騎士団として良くないという事でリーダーと騎士団の1人がこちらのグループを選び、ロドニーさんとフレッサもこっちを選ぶ。そして、他の皆は防衛グループと通達グループの2手に分かれた。ちなみに『フォービスケッツ』の4人はこの場所の防衛グループを選んだ。
「じゃあビスコッティ。ここは頼んだぞ」
「そちらも」
冒険者の1人がビスコッティそんな会話をしつつ、この事を伝えるために自身のパーティーと騎士団数人と一緒に舟に乗ってこの場から離れた。
「じゃあ……これ。私のアビリティで2~3日は持つと思うけど、寒空に置いておくとすぐ枯れちゃうから注意してね」
俺は髪に付けている殺虫菊を新たに生み出して、それを花束にしてビスコッティに渡す。
「これを拠点を覆うように配置すれば、戦いは避けられなくても、優位に戦えるとは思うよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、私達はここにテントを立てて、ここの防衛に入りますね」
「了解しました。もし、手に負えないような場合はここを放棄して、湖上にて待機していて下さい。1日経っても戻らない場合は一度撤退も考慮して下さい」
「分かりました」
リーダーとビスコッティの話が終わった所で、俺達はフォービスケッツと騎士団数名をそこに残して、この蜂の巣で出来た島の探索に入る。
「索敵は2人がやってくれるから襲撃をうける心配はなさそうね」
「そうはいかないかもよ? この巣だって私とドルチェのアビリティでは見つけられなかったし……そんな恩恵を受けた蜂の群れが襲い掛かって来るかもよ?」
「ひぇ!? それは怖ろしいですね~。まるで黒光りする……」
フレッサが何かを言いきる前にその口がロドニーさんによって塞がれる。フレッサはゆっくりとロドニーさんへと視線を向けると、目が合ったロドニーさんは首を横に振って「それは言うな」と無言で伝えた。俺はそこまで気にしなかったのだが、他の皆の表情はかなり引きつっていた。
ちなみに、俺の想像する黒光りするアレは地球のアレだったためにそこまで怯えるような奴かと思って皆に訊いてみたら、他の皆が想像するアレはモンスターかした強化版のアレだった。繁殖力はかなり低下しているが、逃げるのではなく普通にこちらに襲い掛かって来る奴らなので、全身をそいつらで覆われることも、口の中にそいつらが侵入することも、耳元であの「カサカサカサカサ……」という音が絶え間なく続くこともあるとのことで……まあ、そんな表情を浮かべるのは仕方ないと思ってしまった。
「神出鬼没のモンスターなので……黒い悪魔とも呼ばれてますね」
「それはトラウマになりそうだね……。あ、もしかして虫除けの線香って高く売れるかな?」
「数がたくさんあるから売れないと思うわよ。親の仇のようにあいつらに恨みを持っている人が大勢いるし……」
「それは残念……で、今それって持ってるの?」
ココリスにそれを尋ねると首を横に振る。それは他の皆も同じであり、誰1人それを持っていないとのことだった。
「あくまで、アレ用の線香ですから。他の虫は始末出来ませんよ。ヘルバさんのその花の髪飾りは違うんですか?」
「私の付けているのはあくまで殺虫目的じゃなくて、近付けさせないための忌避剤だからどんな虫にも有効だよ? だから、クリーパー用に身に着けているし……」
「それなら売れるんじゃいかしら? 殺虫効果の物しか無いはずだから……」
「ふふ……それなら、後でダーフリー商会に卸してみようかな」
「出来ればお求めやすいお値段でお願いします。夏場の遠征時に持って行きたいですし」
「商会長のダーフリーに言っておくよ。とりあえず、私からあまり離れないように気を付けて」
俺がそう言うと、リーダーの指示で俺を中心に隊列を組む。先頭は『ロード・マップ』で索敵可能なドルチェと斥候職であるフレッサ。殿はリーダーと騎士団の1人が務めることになった。
「それでどこに行きますか~?」
「私の『ロード・マップ』には反応が無いんだけど……ヘルバは何か見つけた?」
「特には無いかな……」
俺達は鑑定系のアビリティで詳しく辺りを調査しながら、島の外周をなぞるように進んでいく。多少の隆起はあるがほぼ平坦な土地でありとても歩きやすく。島のほぼ中央にある山が非常に目立っていた。
「なあ……やっぱりあの山が怪しくないか?」
「それは私も思っていたわ。あそこを目指した方がいいんじゃないかしら?」
「それなんだけど……もう少しこのまま進んでもいいかな? さっきから『スキャン』で調べてるんだけど、フリーズスキャールヴさん曰く、「滅茶苦茶ノイズが走ってて調べにくいです」って」
「……すなわち?」
「十中八九、あの場所が怪しい……だから、ここは一度周囲を調べつつ、あの中央の山も調べてみるね」
俺のその案に皆が賛成し、そのまま外周を進んでいく。そして、『フォービスケッツ』の4人が守っているキャンプ地から半周したところで、一度休息を取ることになった。
「何も無さすぎですよ~!! まるで砂漠を歩いているみたいでおかしくなりそうです~!!」
「大声出すな。クリーパー達が起きたらどうするんだ?」
「でも~!!」
「それなんだけど……」
皆が休息中に『ロード・マップ』を静かに確認していたドルチェが口を開く。
「反応が無いんだよね。本当に何も……」
「つまり……冬眠している連中もいないと?」
「うん。一応、山の辺りには反応があるんだけど……ヘルバのフリーズスキャールヴさんと同じ意見で、はっきりしないんだよね。ほら」
そう言って、『ロード・マップ』の画面を見せてくるので、俺達がそれを眺めると、黒い線で出来た円が山の中央辺りで不規則に点滅していた。そして、そこ意外は何の反応も示していなかった。
「怪しいのはあの山で間違いないようですね……ヘルバさんはどうですか?」
「ドルチェと同じでよく分からない。ただ、クリーパー達がここを出歩いた形跡があるんだよね……」
「時期は分かるか?」
「正確な日時とかは不明だけど……2、3ヶ月前かな」
「奴らが冬籠りするために活発になる時期と一致するな。ただ……これだけの巣となるとあの山以外にも、平坦な部分にもクリーパー達が冬眠する場所があってもいいはずだが……」
そう言って、山がある方向とは反対側を眺めるロドニーさん。その表情はかなり険しい。
「おじいちゃんでも、こんなパターンは初めて?」
「ああ。巣が水上に浮いている時点でもおかしな話だが、これだけの広さがある巣なのに山側一ヶ所しか反応が無いというのもおかしい話だな。嬢ちゃん。これもテネブリスの仕業か?」
「その可能性もあるけど……何か嫌な感じがしてるんだよね。何か間違っているみたいでさ」
その瞬間、俺の話を聞いていた皆から驚きの声が上がるが、俺は構わず話を続ける。
「間違っているって……何がだ?」
「この件の全ての元凶……それが称号持ちのモンスターであるテネブリスで決まりつつあるんだけど、今までの話を聞いていたら、違う気がしてならないんだよね」
「……テネブリスは利用されているってこと?」
「その可能性もある。そもそもテネブリスって強いのかも怪しいしね。フレッサのお父さんは出会ったのに気付かないくらいだし……。そもそもテネブリスとルックスによる被害って出てるのかも怪しいし……」
「それは……」
ここで一番長生きであるドルチェとココリスが一度そんな話が無いかと思い返そうとするが、最後にはそんな話は聞いたことが無いと返されてしまった。
「……皆さん。反対が無ければあの山に向かおうと思うのですがいかがでしょうか?」
「賛成。そもそもここを横断した時にも調べていたけど……これといった情報は1つも出てこなかったし、時期尚早かもしれないけど、あの山を調べるでいいかもしれない」
「俺も賛成だ。そもそも反応がおかしい時点で何かあるって言っているようなもんだしな!」
そう言って、山に行く事を賛成するロドニーさん。そして、他の皆も向かう事に賛成した。
「……決まりですね」
休憩を終えた俺達は早速、この蜂の巣の大陸にある唯一の山へと向かうのであった。




