21草
前回のあらすじ「ちょっとだけ男前のウィード(それを意気地なしとも言う)」
―翌朝「城壁都市バリスリー・花の宿プリムラ 食堂」―
「おはようございまーーす!!」
「あら♪おはよう。調子はもういいのかしら?」
「うーーん……まだちょっと調子が悪いかな?」
背筋を伸ばしながら答えるココリス。まだ、本調子では無いようだが、昨日のように心配する必要は無さそうだ。
「おう!おはよう!朝食は食べれるかい?」
フランキーさんがフライパンを片手に訊いてくる。フライパンの中の目玉焼きと厚切りベーコンは実に美味しそうだ。
「はい!」
「後、コーヒーもお願いできるかしら?」
「ああ。大丈夫だ。ドルチェは何を飲む?」
「私はオレンジジュースで」
「はいよ。そうしたら座って待っててくれ」
フランキーさんに薦められて、席に座る俺達。
「ああ……あそこまで悪酔いするなんて思ってもいなかったわ……」
「そうだね」
(いや……すまなかった。盛り上がると思って曲を流したつもりだったんだが……まさか、あんな風になるとは思わ無かった)
「私達も……というよりギルドマスターも気付いていなかったみたいね。あの人って人一倍こういう事に対して危機管理が働く人なんだけど……」
(蟒蛇だったからじゃないか?ギリムに取って危機的状況とはならなかったんだと思うぞ。なんせ皆が酔いつぶれている中で一人で飲んでたしな)
「そうだったんだね。でも、音魔法ってこんな風になるものだっけ?」
「うーーん。多少はあると思うけどここまでじゃなかったはずだわ。それこそ、キャパを超えるような飲み方はしないわ」
(そうなのか?あのラーナ・ボンゴが音魔法を使ってた時、お前らそんな状況だったぞ?)
「え?そう……なの?」
「覚えがないんだけど……?」
(そういえば話しそびれていたな……話してやる。音魔法の恐ろしさを……)
フランキーさんが話の途中で持ってきた料理を食しつつ、あの時の恐ろしさを俺は二人に教えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それからお昼頃「城壁都市バリスリー・冒険者ギルド ギルドマスターの執務室」―
「はい。報告はしっかりと受け取りました……音魔法で相手を無意識で洗脳する効果のある魔法があるなんて」
(効果は一昨日の通りだ。実際にギリム以外は全滅したしな)
「ふふ!そうでしたね!!」
大笑いするギリム。それと打って変わってドルチェとココリス、それにラテさんは面目無さそうな表情を浮かべる。
俺達は今日は仕事をせずにアルヒの洞窟での活動報告とその報酬を受け取って終わりにする予定で冒険者ギルドに来て、ただいま絶賛報告中である。
「実に楽しく酒が飲めましたよ」
(それは良かったが……ここまでにしといてくれ。三人が居たたまれない)
「気にしなくていいのですけど……あれは職務時間外ですしね」
「それでも、明日に響くような飲み方はしないですよ。でも、あの時は本当にそれが自然な流れだと思って飲んじゃいましたね」
「そうですね……あれだけ気持ちよく飲めたのは久しぶりです……」
にっこりと笑うラテさん。
「やっぱりこの草、永久凍結させましょう♪」
(ああ。それなら効くかも……って、処分しないで!?)
「火と毒を吐き、人の精神を侵食する音楽を流し、挙句には人の体を犯す薬を作る……こんな危険な植物はここで処分しなければ、人々に被害が!!」
(確かにそうなんだけど!違うからな!?ってか人々に被害を生んだのはこれだけだよ!!)
「まあ、大丈夫でしょう。人々への被害は限定的に起きているだけですから」
「実際に起きているじゃないですか!ギルドマスター!」
「まあ、それって私達だけですから……」
いや、それでも今回の参加者達に被害が及んでいるので、俺的にはあまりよろしくは無いのだがな……。
「いえ?本当に一般の市民に被害が起きているところですよ?」
「「え!?」」
(はいーー!?)
え?普通の人に被害が起きている!?それって、かなりヤバいんじゃないのか?
「まあ……慌てるようなことでも無いのですが」
「いえいえ!?被害が出てるんですよね!?」
(そうだそうだ!俺、無害な奴でいたいんだからな!?)
「パーティーメンバーが犯した罪はパーティーの罪なんですからね?」
慌てる俺達に対して、ギリムは先ほどと変わらぬ様子で紅茶をすすっている。
「自業自得なので問題ありませんよ?どんな被害が起きてるのが気になるならラメルに訊いてみてください」
「ラメルさんに?」
ココリスさんが不思議そうに訊いているが、俺とドルチェは何が起こっているか理解してしまう。俺の薬だ。あの性癖を満たす薬が……。
「二人共。とりあえずラメルさんの店に行って聞いてみましょう」
「あ……うん」
(そうだな……えーと……うん。売るための薬もあるな)
「そうしたらこれで報酬をお渡しして依頼終了となります。皆さん。お疲れさまでした」
深々とお辞儀をするギリム。こうして、今回のアルヒの洞窟の探索は終わりを迎えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―そこから数十分後「城壁都市バリスリー・魔女ラメルの魔法店」―
俺達は報酬を受け取ったその足でラメルの店まで来た。中に入るとラメルがキセルらしきもので煙草を吹かしていた。
その様子からしてトラブルに巻き込まれている様子は無い。
「あら。いらっしゃい……ラーナ・ボンゴを倒したんでしょ?噂になってるわよ」
「へへ……なんとか倒せました♪」
「謙遜しなくていいのよ?」
「余裕が無かったのは本当なので……ねえ?」
(だな)
少しのミスをした瞬間、死に繋がる場面が何度もあった。なんとかという表現は謙遜ではなく、リアルな感想なのだ。
「そうだったのね。この後、時間があるのなら冒険の話を聞かせて欲しいんだけど……」
「それよりも私達がここに来たのは別の理由なんですが」
「あら?何かしら?」
「何でも、ウィードのせいで迷惑を掛けているってギルドマスターからお話を伺ったんですが?」
「ああ……問題は無いわよ?私は儲かってるから」
「はい?」
(やっぱり……あれらの薬。娼館だけじゃなくて一般の人にも売ったんですか?)
「してないわ。どうやら娼館に売った物をくすねて使用したらしいの」
「ちなみに……どんな薬を?」
「アルヒの洞窟に向かう前に卸してくれた動物変身薬よ」
「ああ~……」
(なるほど……な)
「え?」
ココリスが戸惑ってる。ここに売る際にはドルチェも同伴なので彼女だけはそれがどんな物かは知っている。
「あの耳と尻尾だけが生える薬が好評で増産希望なんだけど……何でもそこを撫でられると気持ちいいって話が来てるわね……っと、話が逸れたけどそれを自分の彼女に使用して、量を間違って完全に動物にさせちゃって、街中が大騒ぎになったわ」
「街中が?」
「……熊になっちゃったのよ」
(町中に熊がいれば驚かれて当然だな……)
俺が作った新薬。それは動物変身薬という物で、痩身薬を調合で変化させたところ……何故かこれが生まれてしまったのだ。効果は動物にランダム変身するという物。動物とは言っても種類が何故か限られていて、犬にネコ、ウサギに馬、鳥……そして熊である。だから、いきなり丘の上にクジラが現れたりとか、バビルサやカモノハシのような変わった動物になる事はないらしい。そして、これはいくら飲んでも効果時間は変わらずに1時間である。じゃあ飲む量で何が変わるかというと……動物への変身具合である。少量だと耳と尻尾のみ。そこそこ飲むと獣人のような姿。大量に摂取すると見た目は完全な動物になれる。
(痩身薬と肥満薬が飲む量で時間が変わるからと間違えたんだな)
「ええ。いち早くその情報を聞いた私が警備隊に話したから熊になった女性はすぐに保護。くすねた男は牢屋に……」
「ぶちこまれた……って訳ですね」
「一番きつい肥満薬を飲ませて、密閉した空間にぎゅうぎゅう詰めにされるという罰を受けてるわね」
(何それ!?もしかして実験台にされてる!?)
「娼館の主がそれでくすねた件は許すからって事で、男も承諾した事だからいいんじゃないかしら?ただ女性は被害を訴えてるから、それが終わったら通常の法律で処罰されるわね」
(そうか……というより娼館の主は何を考えてるんだ?)
「彼女としては女性も対象にした店を開くみたいだから、その実験ってところね……一応、そんな趣味の女性を連れて、そのショタ……男が肉塊になる様子を見せて、改善案を訊いていたそうよ」
言い直してるが、それ意味は無いからなラメルさん?
(しかし、そこまでしてるのか……って、娼館の運営者って女性だったんだな)
「ええ。それだから雇われている女性の福利厚生はかなりしっかりしていて、女性達も喜々として仕事をしているわよ……って、ことでそんな彼女達からの要望で動物変身薬の大量生産お願いね?」
(数としてはどの位だ?明日とかなら俺が夜なべして他の薬も作るから……40~50ぐらいだが)
「そうしたらフルで50お願い。で、替わりに痩身薬と肥満薬は少し減らしても大丈夫よ」
(それなら楽に作れるな。それと酔い覚め薬というのを作ったんだが……どうだ?)
「あら♪いいわね。それいただくわ」
(よし!ドルチェ!ちょっとだけ俺、ラメルさんと商談するからココリスの介護を頼んだ!)
「え?」
話に夢中になっていたから気付かなかったのだろう。何でもそこを撫でられると気持ちいい。とラメルさんが話したところで妄想が爆発したようで……ココリスは静かに倒れていた。
「え?どこ部分で倒れたの!?」
(後で教えるから、とにかく頼んだぞ?それと気付け薬な)
「う、うん!」
この後、気付いたココリスの調子が戻るまでラメルさんと商談した俺はまたしても、そこそこの大金を手に入れた。そしてココリスの調子が戻った所で、お茶菓子を摘まみながら今回の冒険譚をラメルさんに話して、今日という一日が終わるのだった。