213草
前回のあらすじ「宮廷料理人ヘルバさん生姜焼き定食を作ってみた」
―翌朝「王都ボーデン・噴水広場」―
翌朝、城内で起きた肥満化事件は収束することなく、俺はまた皆の朝食を作る羽目になった。昼食に関しては、俺は食材を提供し、別の奴に作ってくれることで話がまとまった所で、俺は再び王家の秘密の通路を辿って噴水広場へと出る。
今日は獣化薬を飲んでおり、ただいま人型に近い猫獣人となっている。一応、獣に近い猫獣人にもなれるのだが……全身が緑色の毛で何とも毒々しかったため止めてしまった。さらに、髪をショートヘアーに変更、服装で胸を小さく見えるように工夫はしているのでバレることは多分ないだろう。
「おはようモカレート……」
ベンチに座り項垂れているモカレートを見つけた俺は朝の挨拶をする。何かお疲れのようだが……まさか。俺が嫌な気配を感じ取ったその瞬間、モカレートが勢いよく俺に襲い掛かって、そのまま俺を捕まえる。
「……そんな事をすると、サンドイッチあげないよ?」
俺がそう言うと、モカレートはすぐに俺を開放し先ほどまで座っていたベンチに大人しく座り直す。俺はその横に座り、用意していたサンドイッチを差し出す。
「いただきます!」
そう言って、俺が差し出したサンドイッチを勢いよく食べ始めるモカレート。まさかと思うが……。
「王都の食材が安心できなくて食べていないとか?」
「え? 違いますよ? 単に家の掃除が忙しくて……気付いたら寝落ち、ヘルバさんとの約束を守るため、大急ぎで身支度を整えここまでやって来たんです!」
「……ちなみに何食抜いたの?」
「2食ですね!」
俺は『収納』からこんな時用に作ったハリセンでモカレートの頭を無言で引っ叩くのであった。そして、モカレートが朝食を終えたところで、モカレートの案内でここから近くの診療所へと向かう。その道筋で、昨日の調査で分かった事を共有する。
「トリニティヘッド・クリーパー・ビーのハチミツ……それが今回の件に関わっているかもしれないということですね?」
「うん。けど……トリニティヘッド・クリーパー・ビーのハチミツでは説明しきれないところもあってさ。実物が王城にあって、『フリーズスキャールヴ』でその効果を確認したんだけど、確かにブルーカウのミルクのように大量に摂取すると太る効果はあったんだけど、今回のような事件を起こせるような長い蓄積効果は無かったんだよね」
「つまり、摂取したらすぐに効果が現れるか、ブルーカウのミルクのように短い期間で連続して摂取したら効果が現れるかってことですね」
「そう。それは『濃縮』しても同じ……何年も残留する物では無かったんだよね」
皆の料理を準備しつつ、しっかりと調査もしていた俺。早朝の忙しい時間で大勢の料理を準備しながら、ここまでやった自分を褒めたいくらいである。
「……ヘルバさん。しっかり休めてますか?」
「疲労で夜はぐっすりだけど何か?」
俺は笑顔で、含みを持たせた言葉で返す。すると、俺の目が笑っていない様子から色々と察したモカレートがおどおどしながらも労ってくれた。
「全然休めてませんね……」
「私、結構マジでレッシュ帝国に拠点変えようかなって思ってるんだけど……」
「いや……どうでしょうか。レッシュ帝国に移ったら移ったらで、色々厄介事に巻き込まれそうですよ?」
「そうか……なら、森の中に小さな家を建てて、そこで慎ましい生活を……」
「ヘルバさんなら快適なスローライフ生活が可能でしょうね……」
「生活費もダーフリー商会を通して稼げるしね……あれ? この件をほっぽって、私さっさと別の町で暮らしたがいいかもしれない?」
「否定しきれないですね……。というより、お目付け役の方々がどこからか見ている中でそんな発言してもいいんですか?」
「いいのいいの……そんな気は無いからさ」
そんな気は無い。少なくとも今は……。仮に身を隠すなら、この件を片付けてからである。
「それより話を戻すけど、モカレートは何か思いつかないかな。ハチミツの効果をそのように変化させる方法とか」
「うーーん……他のお薬とかでなら、そのような遅延材のようなものはありますけど、そのハチミツに関して劇的な効果があるのかどうかは……。そもそも、今回の件は人による犯行では無いのでは?」
「もちろん。規模やら手間暇を考えたら人の犯行は考えにくいかな……一応、レザハックによる宿場町の住人全員を皮化させたという実例もあるから、全くのゼロとも言えないけど……」
アレは様々な偶然が重なったおかげであそこまで大規模な犯行が成功した。それだから、人の犯行というのはほぼゼロだろう。そもそも、そう何度も大規模犯罪が成功されるなど堪ったもんじゃない。
「とりあえず、診療所の人達に訊きたい事があるから、それからでも遅くないかな」
「そうですね」
その後、俺とモカレートは診療所に到着した。すると、そこは前にインフルエンザが流行った時に訪れた診療所だった。
「話を聞くなら、一度でもあった方々の方がいいかと思いまして……ごめん下さい」
モカレートが診療所の扉を開け中へと入る。俺はその後に続いて中に入る。
「モカレートさん。いらっしゃい」
すると、前にここであった助手さんがカウンターから出てこちらへとやって来る。そう言えば、前はモカレートを薬師と呼んでいたはずだが、今は名前で呼んでいることに気付く。
「いつの間に親しくなったの?」
「あの流行り病の時ですね。戦地を共にした戦友ですよ」
「あはは……もう遠い昔のように思えますね。よく罹らずに済みましたよね」
「ヘルバさんの予防法をしっかりこなしましたからね。そのおかげだと思いますよ」
「そうですね……で、何か面倒ごとに巻き込まれているようですが……?」
助手さんがそう言って、俺の方を見る。助手さんとは一度会っている以上、この位の変装では意味が無いのは分かっていた。
「そうなんだよね。一応、これでも変装中なんだけど……」
「会った方ならともかく、親しくない人なら問題無いと思いますよ。それでは先生をお呼びしますね」
助手さんは世間話を切り上げ、奥にいる先生を呼びに行った。すると、すぐさま診察室へと案内された。中に入ると、町の診療所らしく、聴診器を首に掲げた先生と患者を見るために使用するベット、机の上にある患者のカルテ……という地球の知識にある診療所と共通する所が多く、どこか懐かしさを感じてしまう。
「おお待っていたよ。しっかし……そっちのお嬢ちゃんは話題が尽きないな。まさか、今回の件の実行犯に仕立て上げられるとは……あの流行り病の一番の功労者を軽んじるとは、貴族連中の考えは分からねえな」
先生の目がこちらに向けられる。俺を哀れむその眼差しと話の内容からして、俺が刺されたという話も聞いているのかもしれない。
「それで医者である俺に何か訊きたい事があるってことだが……」
「それはですね……」
俺はモカレートに話した内容と同じものを伝える。先生は顎に手を当てながら静かに話を最後まで聞いてくれた。そして、俺は最後にトリニティヘッド・クリーパー・ビーのハチミツ以外にも似たような効果のある食材の名前をメモした物を渡す。
「なるほどな……。そのような効果のある食材が原因かもしれないと……」
「どうですか? 患者の方にそのメモにある食材を食べた方はいらっしゃらないでしょうか?」
「……無いな。まあ、患者が言ってないだけで口にしている可能性もあるんだが……」
顎を擦りながら、手に持ったメモと机の上に置かれている自身が作成したカルテを見比べる先生。時折、目を瞑って診察時の事も思い返すのだが、その顔色は良くない。
「やっぱり無いな」
「そうですか……」
その返答を聞いてモカレートが残念そうな顔をする。対して、俺はそんなもんだろうと思っていたので、特に気にしてはいない。
「お嬢ちゃんは気にしていないようだな?」
「まあね……ここに来るまで、それなりに調査してたからね。それともう1つ……私としてはこっちの方が重要なんだけど……」
俺は一度息を整えてから、ゆっくりと口を開く。
「10年前から1歳未満の子の死亡率が……いや、原因不明の症状で亡くなる事態が増えてたりする?」
「ん……!? それは……」
先生はそれを聞いて、近くの棚から複数のカルテを取り出す。
「時期は曖昧だが、確かに増えていてな……それで、その症状が……」
「ハチミツを食べてしまった時の症状と同じだった……」
「ああ。処置も同じようにすれば問題無いが……稀に亡くなってしまう子もいてな。症状が出た子供の親達から話を聞いてみても、ハチミツを食べさせた覚えが無いというのが多くてな。王家でも原因を調査している件だな……まさか!?」
「トリニティヘッド・クリーパー・ビーのハチミツを摂取したことによる中毒症状だとしたら……?」
「待て待て!? それってつまり……!!」
そこで先生は頭を抱え、独り言を呟きながらその場でウロウロし始める。隣にいるモカレートも驚きの表情を浮かべている。
「ヘルバさん。つまりそれって……」
「トリニティヘッド・クリーパー・ビーのハチミツ……それに汚染された何かしらの物が王都に出回っている。しかも……特にハチミツに関しては細心の注意を払っているはずの乳幼児が口にしてしまう物に」
俺がそう結論付ける。すると、思慮していた先生がこちらに振り向き、ただならない様相のまま話をする。
「2人共。手を貸してくれ……これは非常事態だ。今回の件は太る奇病だと思って対処していたが、インフルエンザと同じくパンデミックに発展しかねない事案だ……! 知り合いの医者にも声を掛けて、より正確な時期を割り出してみる!」
「協力する。モカレートの案内で他にも行くつもりだったから」
「分かった。手分けして情報を集めるとしよう……」
その後、俺達は手分けして、他の診療所に訪れてハチミツを食べていないのにハチミツを食べた時と同じ症状を発症した乳幼児がいつ、どれだけいたのかを調べるのであった。




