211草
前回のあらすじ「ヴィヨレと一緒に調査」
―「ロドニー食堂・店内」―
「……ってところだな」
「なるほど……」
店長さんが出した料理に共通する食材について教えてくれた。すると、思った以上に共通する食材があった。
「スープとサラダは同じだから共通するのは当然。後はメインメニューでもいくつか共通する具材があると……」
「ああ、そうだ」
俺はそれを聞いて、メモに残した共通する食材を確認する。それら食材は確かにこの王都ではよく見かける食材であり、一般の市民でも入手がしやすい物ばっかりである。しかし……ここで1つ。ある疑問が生じてしまう。
「……店長さん。もう1つ訊きたいんだけど、この名前を上げてくれた食材なんだけど、店長さんは口にしている?」
「確実とは言えないが……賄い料理にも使用しているからほぼ口にしている。出汁に使って食材自体を口にしていないのも含めればな」
「だよね……ちなみにお孫さんも含めて体型に変化は?」
「俺はねえ。こいつは少しふっくらしたんじゃないか?」
そう言って、コックは自分の孫に親指で指を差す。それを見たコックの孫であるウエイトレスは慌てて反論する。
「なってません~! ほら、太っていたらこの給仕服がここまで余裕があるのはおかしいじゃないですか~! 全く、おじいちゃんはもう少しデリカシーというのを……」
そこから祖父と孫の仲睦まじい言い合いが始まる。その様子からして、とても仲の良い家族を築けているのが伺える。
「あはは……ヘルバさん。それで……」
2人のその言い合いを微笑みながら見ていたヴィヨレが、俺の方に話し掛けてくる。俺はメモを見つつ、ヴィヨレに返事をする。
「ここの可能性はかなり低い……かな」
俺はそう結論を出す。食堂を営む以上、多くの食材を口にする事があるだろうこの2人が、自身の体型に変化は無いと言っているのだ。恐らく、この店はシロの可能性が高い。
「毒とかなら効果が発症する量に至っていない可能性もあるんだけど。今回はカロリーだからね……まあ、普通カロリーの大量摂取して、それで一気に太ったりするような事は無いはずなんだけど……ブルーカウのミルクはそのような特殊効果のある食材ってところかな……」
「ん? ブルーカウのミルクなんて珍しい食材を知ってるんだな?」
「この前、入手したからね……コックさんも知ってるの?」
「使いようによってはかなり危険な食材だからな。言っておくが、そんなのは料理に使ってないぞ?」
「もちろん。ここまで人気のお店がアレを使ってわざわざ人気取りする必要なんてないだろうし……いや、待って?」
俺はテーブルに身を乗り出し、コックさんにある事を訊いてみる。
「ねえ。もしかして、ブルーカウのミルクのような食材が他にも無いか知ってる?」
「ブルーカウのミルクと同じ食材……」
コックさんは腕を組んで、ブルーカウのミルクのような食材が他にも無いか考え始める。このコックは今までの話の流れからして、ただの元冒険者では無いだろう。『フリーズスキャールヴ』で過去の経歴を調べてみてもいいのだが、他に調べなければならない事が出て来る可能性があるので止めておくとしよう。
「おまえさんの思うような食材はある。その中で怪しいのは……トリニティヘッド・クリーパー・ビーのハチミツだな」
「懐かしい名前が出てきちゃったよ……」
「知ってたか」
「あ、いや……薬を作る際に、そんな素材を仕入れた事もあったなって……」
アスラ様のお願いで若返り薬を作ることになって、王都内を巡って美容に良い食材を集めた際に手に入れた事もあったのだが……そんな副作用など聞いた覚えがない。
「あのモンスターのハチミツはちょっとした毒があるんだ。とは言っても……こんな大騒動になるような危険性は無いんだがな」
「どういう効果なの?」
「そのまま食べるには問題無い。ただ、加熱してしまうとブルーカウのミルクのように人を太らせてしまう効果がある。しかも、個体差が多く、加熱時間の差によっても違う。ただし……この食材は他の同じ効果のある物と違って、この王都にほど近い森で手に入れる事が出来る」
「あのハチミツ……そんな効果があったんですね。私も食した事がありますけど、とても濃厚で美味しいハチミツとしか。でも、そのようか毒があるなら、もっと前からそのような被害があってもいいのでは?」
「嬢ちゃんの言う通りでな……アレにはブルーカウのミルクと同じ効果はある。が、とても微弱でな……普通に食す分には問題無い」
「つまり大量摂取すれば……」
「胃を何百回もパンパンにさせないと、デブにはならないぞ。だから、ありえないと思ってるんだが……」
「薬師のアビリティに『濃縮』っていうのがある。ブルーカウのミルクも濃縮することで、相手を太り過ぎで死に追い込む事が出来るよ」
「……経験済みか?」
「この前、悪い奴らをそれで一網打尽にした」
「ここ以外では言うなよ……。しかし、そうか……ハチミツを濃縮することで、そのような効果が出るようにしたと……そうなると人為的に起こされた人災という訳か」
「ハチミツ自体に異変が無ければ、それが一番の可能性かな……で、もちろん使ってないよね?」
「ああ。一応、うちのデザートに使用する時もあるんだが……今の季節は冬眠中で取り扱いはされていないからな」
「……そうか」
コックさんの話を聞いて、今度は俺が腕を組んで考え始める。
「(すご……!?)」
……ウエイトレスさんが、俺の胸元の谷間を見て小言でそのような呟きをする。それをコックさんは咳払いして窘める。そんなやり取りを横目に、俺はここで聞いた話とフォービスケッツの4人が話した内容を合わせていく。コックさんの話から、今回のような事態を引き起こす食材は『ブルーカウのミルク』と『トリニティヘッド・クリーパー・ビーのハチミツ』以外にも存在するらしいが、これだけ大勢の人間が被害を受けている以上、原因となる食材は近場にあると考えた方がいいだろう……。
「ヘルバさん。どうですか……?」
「今回の件はトリニティヘッド・クリーパー・ビーのハチミツが関係あると思う。被害者の数も考えると、遠方から似たような食材が関係しているとは思えないかな……一応、『濃縮』の効果でコンパクトに出来るから可能性は全くないとは言えないけどね」
「後は収納系のアビリティを有しているなら、その中に入れられるからな……全く可能性がゼロとは言えないな」
「とにかく、一番怪しい物から調べてみるよ」
「なら、俺も協力しよう。知り合いに声を掛けてそのハチミツが出回っていないか聞いてやる」
「面倒な連中に目を付けられるかもよ?」
「気にするな。今回の件でもしかしたら食材が関わっているかもしれないとなれば、飲食に関わる連中全員の問題になるしな……それに、それが本当の原因なのか調べるのに肝心のハチミツが無いと分からないだろう?」
「そうだね……」
「ってことで……俺と孫も手伝ってやる。手に入れた情報はどういう経由で伝えればいい?」
「教会経由で。冒険者ギルドでもいいけど……現在、私は大ケガして安静中ってことになってるしね」
「分かった。何か有力な情報が手に入ったら伝えておく」
俺はコックさんと互いに握手を交わし、この件に関して協力関係を結んだ。そして、俺は再び肥満化状態に戻ってからヴィヨレと一緒に店を後にするのであった。
「とりあえず、進展があって良かったですね」
「だね。それで、次は教会に向かいたいんだけど……」
馬車に乗り込んだ俺達は次に教会へと向かう。目的はコックさんが教会へ来た時にスムーズに情報のやり取りできるように事前に話をしておく必要があるからというのが1つ。後はアスラ様から今回の件で何かしらの情報を得られていないかを直接確認するためである。
ロドニー食堂から馬車で15分、目的地である教会へと到着する。教会内へと入ると、すぐさまミラ様が対応してくれて、あっという間にアスラ様と面会する事が出来た。
「分かりました。そのハチミツには気を付けると致しましょう……」
「教会への被害は?」
「無いですね。何か危機があればアフロディーテ様から神託が下るでしょうから……恐らく、そのハチミツは教会内には広まっていないかと」
「それは良かった……で、私の悪名って教会内ではどうなってるの?」
「聖女であるヘルバにそんな無礼な考えをする者はいませんよ。そもそも……聖女となられたのですから、いつでも教会で過ごされてもいいのですよ? どうですか? このままシスターになるのも……」
「いやいや……!? 何、勧誘してるの!? 王様と喧嘩するつもり?」
「リアンセル教としては新たな聖女であるヘルバさんを、教会のシスターとして迎えるのは当然ですよ。それに、ヘルバさんが教会所属となれば、私の力で様々な厄介事を払いのける事が可能ですから。是非とも検討しておいて下さい」
「あはは……」
アスラ様のその提案に俺は苦笑いするのであった。ちなみに、教会では新たな情報を得ることは出来なかった。そして、教会を後にして今度はダーフリー商会へと向かう。
「ヴィヨレ嬢のおかげで助かりましたよ。私なら気付けますけど、他の従業員では太ったヘルバさんに気付けない恐れもありましたから」
対面に座るニトリル。ダーフリー商会に到着した俺達はすぐさま商会長であるニトリルと会談の場を設けてもらおうとした。俺は表立って行動できないので、ヴィヨレがこの商会の従業員であり父親であるオルトを通すことで、どうにかこの場を設けてもらうことが出来た。
「しかし……トリニティヘッド・クリーパー・ビーのハチミツですか。まさかこのような効果があるとは……」
「それで、そのハチミツを取り扱ってるの?」
「いえ。時期的に入手不可なので取り扱っていません。とりあえず、被害に遭った従業員から、そのハチミツを食していないか確認してみます。後は親しい者達にも確認してもらいますよ」
「ありがとう。迷惑かけてごめんなさい」
「いえいえ。少し質が悪いですが、このような悪評を立てられるのは日常茶飯事ですよ。しかし……聖女となられたヘルバさんにそのような悪い噂を立てるとは……そのうち罰が当たりそうですね」
「私としてはさっさと罰が当たって欲しいんだけどね……あ、それで足りない薬品とかある? 今、すぐに必要な物があるなら卸すけど?」
「そうでした!! 早速このリストに載っている薬品が欲しいのですが……」
ニトリルから受け取ったリストに目を通す俺。この場で卸せる物は『収納』から納品し、無い物に関しては2、3日中には用意することで約束する。
そんなこんなで、すっかり夜になってしまっていたので、俺は家に帰るヴィヨレとオルトの馬車で再び王城近くの公園へと送って行ってもらうのであった。




