208草
前回のあらすじ「ビスコッティは特殊な訓練を受けています」
―「王城・フォービスケッツの4人がいる部屋」―
隠し通路などを使い、俺達はこっそりフォービスケッツの4人が寝泊まりしている部屋にやって来る。すると、4つあるベットの内、3つのベットに肉の塊となった3人が眠っていた。ビスコッティより酷く太っており、着れる衣服が無いのか裸の上にシーツが掛けられている状態だった。
「あ、ヘルバ~……お疲れ~……」
「無理して挨拶しなくていいから……ほら、これをすぐに飲んで。で、タイミングを見てこっちを飲んでね」
野太い声で話し掛けて来たクロッカに薬を手渡し飲ませようとする。その際に顔を見たのだが、脂肪が付き過ぎて、パッチリとした目は細く、高かったはずの鼻が頬の肉で沈んでしまっていた。メンバーの中で一番大きかった巨乳は付き過ぎた脂肪で潰れ、さらに体の脂肪と一体化してしまい元のバストサイズより小さくなってしまっている。他の面々もそうだが、胴体はまるで巨大な樽である。
「メンバーの中で1番太ってたせいか、一番大きい……」
「太ってないがら……!!」
脂肪で野太くなった声でどうにか喋るクロッカ。すると、俺が手渡した食欲増進薬が効き始めたようで、呻き声を上げ始める。
「お、お腹がずいた……!!」
「はいはい我慢我慢……」
そう言って、俺はビスコッティも含めた3人にも食欲増進薬を飲ませていく。3人はクロッカと違って食い意地が張っている訳では無いので、静かに空腹を耐える。
「お、おお……なるほど」
すると、この中では痩せていたビスコッティが100kg越えの巨漢からポッチャリと段階を踏んで、元の体型に1番早く戻った。
「これで中和薬を飲んでね」
「はい」
ぶかぶかになった病衣を片手で持ちながら中和薬を飲み干すビスコッティ。それと同時にお腹から大きな音が鳴る。
「はは……恥ずかしいですねこれ」
「エネルギーを無駄に消費して空っぽにした状態だからしょうがない話だよ」
「いや~助かったぜ! 流石、旦那の薬だよな!」
そう言って、元の姿に戻ったアマレッテイが後ろから抱き着いてくる。しかも、上に何も羽織っていないらしく、彼女の感触を直に感じられる。
「早く服を着て……この部屋あったかいけど冬だからね? で、ガレットはどうだった? ゆっくり眠れた?」
そして、いつの間にか横にいたガレットへと質問を投げ掛ける。ちなみに彼女はシーツを使ってしっかりと体を隠していた。
「呼吸困難でそれどころじゃない。息が出来なくて意識が飛んだり、戻ったりを繰り返してばっかりで精神的に死ぬかと思った」
「……まあ、実際に死んだ人もいるみたいだけどね」
ガレットのその言葉に、俺は先ほどのランデル侯爵の言葉を思い返す。どこの誰が死んだのかは知らないし、そもそも俺の薬が原因なのかも分からない……けど、俺のせいで死んだかもしれないと噂されている以上、全く関係の無い話と割り切ることも出来ない。
「……とりあえず、私達が調べた事を話す。ヘルバはそれから責任が自分にあるかどうか考えた方がいい」
「分かってるよ」
「ガレットの言う通り……そもそも私はヘルバは全く関係ないと思っているわよ。そもそも薬を服用していない人が多いし……」
「そうなのクロッカ……って!?」
「ああ……痩せたねクロッカ?」
「何を言ってるのよ……ただ元の体型に戻っただけよ?」
そう言って、クロッカが裸のままその体を見せつけてくる。特にポッチャリ予備群だったお腹周りはすっきりしており、はっきりとくびれも出来ている。それなのに胸とお尻の大きさはあまり変わっていないおかげでグラマラスな体型になっている。前の体型でも多くの男を虜に出来たと思うが、今ならエロエルフとしてもっと多くの男共を虜に出来るだろう。
「はしたないよ?」
「あれ……思ったような反応が返って来なかったわね……」
「旦那はやっぱり太っている子が……」
「そうじゃないって……あっちで私も色々あったの。そのせいで前より感情が制御できるようになった感じかな」
「それはそれで少し寂しいような……」
そう言って、クロッカがそのまま俺に抱き着いてくる……もちろん裸のままで。
「だから、服を着てって……それとも、石化薬って薬を作ったんだけど、裸体の石像になって王宮の噴水に飾って欲しいのかな?」
「冗談だから!? せっかく、ここまで痩せたんだから……試したくもなるじゃない」
そう言って、体を見せつけるクロッカ。謎の光などというものが発生せず、何かによって都合よく隠れるということもないので、その全身をしっかりと見る事ができ、俺の中の男がグッジョブと心の中で叫んでいたりする。ふと、他の3人はどう見ているのかと思って顔を向けると、無表情だったり呆れたような表情を浮かべていた。そして……。
「どうせ……」
「すぐに……」
「元の体型ですね」
クロッカに対し、3人が息を合わせてすぐにリバウンドすると告げる。それを聞いたクロッカは「ならないわよ!」と言いつつ、着替えを始めるのであった。その後、『フォービスケッツ』の4人が着替え終わったところで、外に待機していたランデル侯爵の案内の元、隠し通路を使いつつ誰にも気づかれないように貴賓室へと戻った。
「おお……無事に戻れたようだな」
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
「いや、こちらの事情にフォービスケッツの諸君を巻き込んだようなものだ……謝る必要は無い」
「……で、どうして隠れるようにここまで来る必要があるのか説明してもらっていい?」
「ああ……そうだな」
そこで一同が椅子やソファーに座った所で、王様が詳細を話し始めた。要約するとおよそ1ヶ月前、老若男女問わず急激な体重増加する者が現れた始め、フォービスケッツの4人は王様からの依頼で調査を始めた。教会や冒険者ギルド、商業ギルドの協力もある中、分かったのはこれが状態異常ではなく、単なる太り過ぎだという事が分かり、状態異常として何かしらの痕跡が残る薬関係は使用されていないというのは分かった。そんな中でも、その調査をあざ笑うかのように太っていく者が続出……太り過ぎによる呼吸困難などで既に数名の死者が出てしまったとのことだった。
「でも……どうして、これの原因がヘルバに繋がるの? 薬じゃないと発表されたんだよね?」
「ああ、リアンセル教会お墨付きの発表だった。しかし……それでも一部の人間は反王政派の流した噂に流され信じなかった」
「隠し通路はそいつらから守るためか。しかし……嫌なやり口だね」
俺はそう呟き大きな溜息を吐く。これは単なる嫌がらせだ。反王政派の連中からしたら、俺の評判を落とすためだけに噂程度で流したのだろう。俺が2ヶ月前から帝国で仕事中なのを知っている人からしたら、あからさまに分かる嘘だっただろうが……未だに分からない原因による不安も相まって、今回のような事件が起きてしまったのだろう。
「これで私が死んでいたら、反王政派の人はほくそ笑んでいただろうね。全く手を汚さずに済んだのだからさ……」
「間違いないだろうな。先ほど、一部の貴族共が慌てて連絡のやり取りをしているのが確認されたしな」
「何とも暇で羨ましい限り……安全になった帝国に拠点を移そうかな?」
「ぐっ……!?」
そこで王様が心臓を押さえ始める。それを見てランデル侯爵が慌てて王様に近寄り介抱するのだが、別に心臓発作ではなく単なる精神的なダメージを受けたことによる咄嗟の防御反応だろう。恐らく、俺があっちで従者付きだが皇子と仲良くデートしたとでもドルチェとココリスから聞いていて、このままではガチで帝国に奪われると思っているに違いない。
「ヘルバさん……帝国に移られるんですか?」
「温泉に美食……簡単なお仕事で大金も稼げる……夢の職場じゃないかな」
「美食って……そんな美味い物があったのかい?」
「そこの食いしん坊2人が中毒になるくらいにね」
それを聞いたアマレッテイが「エルフの2人がね……」と言って、帝国への興味を寄せる。それは他の3人も同じであり、あれだけの肥満体になったのに食い意地が張ってるなと思ったが、そういえばこの4人極度の空腹状態だったのを忘れていた。その証拠に4人からお腹の音が同時に鳴り響いてしまった。
「おいおい! フォービスケッツの4人をその気にさせないでくれ!」
「ただ事実を述べただけなんだけど……まあ、それと今回の件と少しだけ関係があるんだけどね」
「というと?」
「チョット待って……」
俺は『収納』から作り置きの焼き菓子を取り出す。流石に極度の空腹のままにするのは可哀そうである。
「これ食べていいよ」
俺は『フォービスケッツ』の4人に焼き菓子を渡す。すると、4人の口から涎が垂れ始め、それを一斉に食べ始めた。その勢いに、俺は別の作り置き料理を取り出すべきが考えていると、他の4人からも食べてみたいと言われてしまったため、俺は作り置き料理……サンドイッチやおにぎりなどを出す。もちろんサモーンを使った鮭おにぎりもある。
「美味いな! このおにぎりの握り具合……絶妙だぞ」
「形を保ちつつも、口の中に入れるとほろりとほぐれる……素晴らしい腕だな」
「おにぎり専門店で働いていた知識があるからね。この位は当然かな」
「ヘルバさんって多才ですよね……話を聞く限り、様々な職業を前世でやっているみたいですし」
おにぎりを頬張りつつ、俺が前世で様々な職に就いていただろうと推測するビスコッティ。
「あ~……それなんだけど違ってた」
「え?」
俺は肥満化事件の前に、俺が何者なのかを順を追って説明する。そして話が終えた時には、既に話を聞いているドルチェ達以外の皆が呆けた表情を浮かべる。
「デミゴットね……旦那は只者じゃないのは知ってたけど、半分は神様とは……」
「この情報……他に知ってるのは?」
「レッシュ帝国で一緒に行った皆と……シュマーレン皇帝も知ってるよ」
「レッシュ帝国は周知済みという事か……」
「知っててヘルバを自由にしたのは予想外ですな」
「知ったとしてもこちらも手荒な真似は出来ないと踏んでの判断だろう。むしろ、こちらの事情を知っていて、一度帰らせたのかもしれないな」
「この件でヘルバがレッシュ帝国を拠点にしてくれるかもしれない……それなら何とも巧妙ですな……」
そう言って、ランデル侯爵が腕を組み、レッシュ帝国がそのような策を取ったんじゃないかと怪しがるのだが、恐らく知らなかった可能性が高い。もし、この事を知っていたなら……別れの際に、俺にそれらしい含みを持った助言ぐらいするだろう。
「とにかく……ヘルバはその事を他言しないように。知られた瞬間、神の血を引くお前を取り込もうとする連中が何が何でもお前を手に入れようと襲い掛かって来るからな?」
「分かってるよ……それで、私の話はここまでにして、この肥満化事件に使われた物について心当たりがあるんだけど……」
そして、俺はブルーカウのミルクという高カロリー過ぎる食材が存在する事、そして『調合』のアビリティである『濃縮』について説明を始めるのであった。