196草
前回のあらすじ「串刺しになるヘルバさん」
―「帝都まで続く街道・草原地帯」―
「あぐ……」
走り続けるストラティオから振り落とされないようにしがみつきつつ、脇腹からくる激痛によってくる吐き気を堪え、まともに出来ない呼吸を整えようとする。一瞬、何が起きたのか理解できなかったのが良かったのか、おかげで、激痛によってまともに頭が働かなくなる前に、何をしなければならないかと少しだけ整理できた。
「いっつ……」
痛みで目から涙を溢れさせながら、『収納』からハイポーションを取り出そうとする。一刻も早く、この傷を治さなければいけない。この間にも、脇腹に空いた穴から血が流れ続け、ストラティオの背中を血で濡らしてしまっている。
「あ、あれ……」
移動を続けるストラティオの背中は揺れ、大ケガした脇腹に振動が繰り返し伝わる。それによる痛みのせいで、上手く力が入らない。もし、この状況でハイポーションを手にしても、落ちないようにしがみついているこの状況では瓶を手に持つことも、傷口に掛けるのも無理だろう。
「とめ……ないと……」
手綱をどうにか掴もうとするが、しがみついている体勢と涙によって視界が防がれてしまっているため上手く掴むことが出来ない。
「い……や……」
落馬して、地面に落ちようかと思ったが、ここで地面に落ちてしまうと、立ち上がろうとするティミッドのいい餌食になってしまう。血が抜け、どんどん死へと近付いていく感覚……それによる恐怖で思考が上手く働かない。
「ヒール!」
その声と共に、俺の周囲に薄っすらと光の粒子が発生し、それによって脇腹の痛みが少しずつ和らいでいく。
「ヘルバ! 返事をして!」
「う……」
まだ、痛みの残る脇腹を我慢して、涙を腕で拭い、手綱を掴みながら体を再度起こし、いつの間にか俺の横を並走していたドルチェの方へ顔を向ける。
「良かった!!」
「ありがとう……ドルチェ。今のかなり危なかった……」
「ポーションは!?」
「今、使う……」
俺はまだ残る脇腹の痛みに耐えながら、『収納』からハイポーションを取り出して、血塗れになった衣服の上からハイポーションを直接掛ける。傷口に塩を塗るような痛みに歯を食いしばって、ハイポーションを掛け続ける。痛みが引き、傷跡も綺麗さっぱりなくなったところで、残ったハイポーションを飲んで傷付いた内臓も治していく。
「いっつ……」
「嬢ちゃん。大丈夫か?」
若干痛みだけが残る脇腹を押さえていると、ノートンとハルートさんの2人も俺たちに合流する。
「かなり痛むけど……何とか。それよりもアイツは?」
「蔦の束縛を破って、立ち上がるところだな」
「とりあえず距離を取りましょう」
ハルートさんの提案に受け、立ち上がろうとしているティミッドから距離を取る。その間に、俺は自分を乗せてくれているストラティオが怪我をしていないか確認すると、羽根の一部に棘によって空いた穴らしきものがあったりするのだが、そこから血などは流れていない。どうやらストラティオの体には刺さらずに済んだようだ。
「ココリス達は?」
「あっち。少し離れた場所を走ってるよ」
ドルチェが顔を向ける方向に視線を移すと、小さく高速で移動するココリス達の姿が見えた。こちらに来ていないことからして、俺が大怪我を負ったのに気付いていないのかもしれない。しかし、今回に関してはこちらに集まらなくて良かったと思っている。後ろを振り返ると、ティミッドがゆったりとだが立ち上がろうとしており、すぐさま先ほどのように襲い掛かけようとしている。俺達が全員が集まった状態など、ティミッドからしたら絶好の的になるだろう。
(フリーズスキャールヴさん。それで鑑定結果はどうですか?)
ティミッドがまだ立ち上がるのに手間取っているこのタイミングで、俺はフリーズスキャールヴさんに鑑定結果を尋ねてみる。先ほどの鑑定によって、何かが分かればいいのだが……。
(はいは~い! 鑑定結果が出てるわよ~!! 聞きたいかしら?)
すると、フリーズスキャールヴさんじゃない、それでいて聞いた事のあるロリボイスが脳内に響く。予想外の相手に躊躇いつつ、俺はその声の主に訊いてみる。
(お久しぶりです、アフロディーテ様……私が教会に尋ねるまでお持ちするつもりだったのでは?)
(そのつもりだったわ。けど……あのティミッドって奴? 明らかに私の用意しているアビリティじゃない力を使っている強敵っぽいし、それと、あなたに授けたいアビリティがあったから出しゃばらせてもらったわ)
ここで俺に授けたいアビリティ……つまり、それを使えばティミッドを倒せるか、倒せなくとも大ダメージを与えられるというアビリティなのだろう。しかし、それだけならわざわざ……。
(わざわざ私が出しゃばらなくとも……って思ってるわね。あの男……前任の神の力の一部を使用してるのよ。それとアイツの見れなかった情報を私の方で見れるように力尽くで見れるようにしたから確認して頂戴)
そこで、前に確認したティミッドの情報を確認する。すると、ティミッドのノイズの走っていた部分の情報が綺麗になっており、読めるようになっていた。時間が無いので詳しく見るのは後にして、アイツの今の状態を確認する。
(アレは前任の神の力を使い、一度死亡したにもかかわらずに再度復活したようね。能力名は……『巨大化(死亡フラグ)』かしら?)
(ああ……朝の戦隊番組だと巨大ロボットにボコられるもんね……)
(今の戦隊やライダーがどんな奴か……知りたい? なかなか面白いことになってるわよ?)
(知りたい! って……ふざけないで下さい。それよりもどんな方法で……)
(ボルトロス神聖国から帰って来た時にはすでに所有していたみたいで、『メタル化』の能力も同じね。誰が与えたのかは不明だけど……アレの話からしてデレルシア神ってやつかしら?)
(『メタル化』……自身の体を金属に変えるアビリティ。他の金属に潜り込んだり、その形を変えたり出来るアビリティ。なお、一部の金属には使用不可……か)
(そして『巨大化(死亡フラグ)』は一度死んだら、その体を巨大化させて蘇るアビリティよ。その際に使われる材料はその場次第で変わるわ……今回は研究所を素材にしたってところね)
ティミッドの持つ2つの能力。これこそがデレルシア神から授かったアビリティということだろう。何か朝の怪人が持つようなアビリティである。しかし、今はそんなことよりも『メタル化』のアビリティが判明したことで、ようやくあの歪んだ顔の理由が分かった。
(弱点は頭部の歪んだ部分よ。アレが本体であり核となっているのだけど……アレを粉々に破壊しないといけないわ。弱点が露になってるのは……どうやらあれが視覚、嗅覚、聴覚を感じる器官になっているようね)
(なるほど……で、破壊しないといけないの? 王水をぶっかけてさらに大ダメージを加えるとかは?)
(粉砕よ。塵とは言わないけど、ある程度粉々にしないといけないわね……あなたの言うとおり王水や『白炎』でも倒すことは可能なんだけど、しっかり溶かさないといけないから、今の状況だとあまりよろしくないわね。あなたがまた串刺しになりたいなら話は別だけど)
それを聞いて、俺は心の中で勘弁して欲しいと叫ぶ。あれだけの痛みを味わった後で、すぐにアレに近付いて攻撃を仕掛けようとする気にはなれない。研究所でのティミッド第一形態との戦いで、避け続けるというあんな馬鹿げた戦法を、あの時の俺はよく取れたものだと自分の事ながら思ってしまった。やはり俺には前衛職は向いていないようだ。
(となると……アレに対抗するアビリティをご用意していただけたと?)
(そうよ。って訳で……テラム・メデューサ討伐ということにしてあげるから、あなたが待ち望んでいたこのアビリティをあげるわ……オーディンが使用していた最強の武器の名を持つこれをね)
俺はそこで自分のアビリティである『オーディン』を確認すると、3つ目のアビリティとして『グングニル』が表記されているのを確認する。さらに称号欄には『テラム』が記載されていた。
(しっかり確認して上手く利用しなさい。という訳で……じゃあね~)
そう言って、アフロディーテ様との会話が終わる。その後、フリーズスキャールヴさんがやって来て「驚かせて申し訳ありませんでした」と一言断ってから、先ほどと同じように情報の開示を始めてくれた。それと同時に俺は『グングニル』のアビリティがどんな物なのかを確認する。
「ふーん……」
「嬢ちゃん。大丈夫か? さっきから黙り込んでいるが……」
「あ……」
事情を知らないノートンが、先ほどから黙り込んでいた俺を心配して声を掛けて来る。そこで、俺は慌ててノートン以外の皆にも自分が大丈夫だと話して、再び注意を後ろから追いかけ始めるティミッドに向ける。
「ヘルバ。どんな情報を手に入れたの? アレに解析したんだよね?」
「うん。アフロディーテ様から教えてもらったんだけど……」
「待て。嬢ちゃん……アフロディーテ様と話したのか?」
「そうだけど……?」
それを聞いたノートンとハルートさんが複雑そうな表情を浮かべるが、後ろから徐々に近付いて来るティミッドを見て、話を続けるように求められたので先ほどアフロディーテ様から教えてもらったティミッドのアビリティを手短に話す。
「……つまり、あの頭を吹き飛ばさないといけないのですか?」
「正確には歪んでいる部分かな。それで、アイツを倒すためのアビリティも貰ったんだけど……」
俺はそこで言い淀む。確かに『グングニル』は巨大化したティミッドを倒せる必中のアビリティである。だが、使用条件が中々に重い。
「何か条件があるの?」
「溜め時間が必要なの。構えて放つまで多少の時間が欲しいんだけど……」
「どれくらい?」
「この砂時計3回分……」
俺は『収納』から自分の手の平より少し大きい砂時計を皆に見せる。正確な時計というものが存在しないこの世界。このような事態の時、不便だとつくづく実感する。
「長いな……が、やるしかなさそうだな」
「そうですね……周辺への被害を減らすためにも尽力しなければ。それに神様がここで奴を仕留めろと啓示されているなら、それに従いましょう」
「私はココリス達と合流して、今の話を伝えた後、一緒に行動をするからヘルバは『グングニル』を放つだけに集中してね!」
「うん。それじゃあお願い」
俺は皆と分かれて、俺はストラティオにさらに速度を上げるように促す。すると、ストラティオが前へと全力で走り始める。これでどれだけの距離を離せるのか、どれだけ走り続けられるのか分からないが、とにかくティミッドから距離を取る。後ろから、ティミッドが「待て!」と叫んでいるが、それに気にするのことなく、皆が足止めしてくれることを信用して、ストラティオを走らせるのであった。