195草
前回のあらすじ「追跡しながらの戦闘」
―追跡を始めて10分ほど「帝都まで続く街道・草原地帯」―
ティミッドの追跡を始めてから、かれこれ10分ほどだろうか、大分距離を詰めることに成功した。幸いにも、多少の高低差はあるが平原地帯が続いており、また近くに宿場町や村など無いらしいので、しばらくはストラティオでこのまま追跡が出来るだろう。
「そういえばさ……鳥獣変身薬で飛んだ方が早いんじゃない?」
ふとドルチェが鳥獣変身薬のことを思い出したらしく、それを使って追い掛けないかと提案してくる。その話を知らない、ハルートさんとノートン、システィナの3人から軽くどんな薬なのかを説明すると、期待の籠った視線が俺に送られるのだが、今回に関しては残念だがいい案とは言えない。
「山の多い地形ならともかく、平坦な地形が続くからストラティオで走った方が速いし、鳥獣変身薬は腕に羽が生える都合上、武器を持てないから私以外はあまりお勧めしない」
「それは残念だが……何で嬢ちゃん以外なんだ?」
「私、状態異常を無効にしたり有効にしたりアビリティがあるから、変身を自由に解除できる。だから、ティミッドに上から近付いて、そこから足止めとか出来る」
「なるほど……今回の妨害に役立ちそうな話だな」
「利用できるかは分からないけどね」
「利用できるかどうかは関係ありませんよ。アレを止めるために、全力で努めなけばならないですから」
そう言って、ハルートさんが先ほどよりも近付いたティミッドの背中を見上げる。このティミッドより高い建物とかを見慣れている俺からしたらそこまで高いとは思えないが、他の皆からしたらその背中はとてつもなく大きい物に見えるだろう。
「まあ……あんな巨体が動いているのは私も驚きだけど」
「ヘルバ! そろそろアイツの足元に着くわ! 最初の足止めはどうするか決まってるかしら!?」
「特にないよ! ただ、私のアビリティでティミッドの動きを抑えるのには下準備が必要だから最初は誰かお願いできる!?」
「俺がやる! 嬢ちゃん達はこのまま先に進んでくれ!」
ノートンが一番槍を務めるとのことに誰も反対をしなかった。そこで、俺達はノートンと別れ、ノートンが向かった方向から逆方向へと回り込む。すると、ノートンがいる方向から爆発音が起き、それにティミッドが反応してそちらへと体を向ける。
「この隙にティミッドの前に出ましょう!」
そのまま、ティミッドの前へと出る俺達。ティミッドは先ほどか起きている爆発に気が向いており、まだこちらに気付いていない。
「ノートンさん。どんな方法で足止めをされるんでしょうか?」
「あの様子だと、爆発物を使っての音と衝撃による足止めね。さらにストラティオで素早く動いて、ティミッドに捕まらないように動いているわ」
「ただ、あれは音と光で注目を集めるための物ですから、あまり威力は無いですね」
ノートンの見事な引き付けに感心する俺達。斥候として注意を何かに引きつけたり、逸らしたりするということは得意なのかもしれない。
「……左足を狙って攻撃を仕掛けます」
「私も行きます! 皆は次をお願いね!」
そう言って、今度はハルートさんとドルチェの2人がティミッドへと突撃する。2人は当初の予定である片足への集中砲火を仕掛けるようだ。
「ココリスも参加した方が良かったんじゃないの?」
「システィナが困るわよ……」
「す、すいません……手っ取り早く私の石化で止まればいいんですけど……」
そう言って、ココリスの体にしっかりと片方の腕でしがみつつ、頭の帽子を脱いで頭の4匹の蛇達を巨人化したティミッドへと視線を向けさせるが、その動きは変わらず、足止めに向かった3人を掃うような攻撃を仕掛けている。
「やっぱりダメね」
「まあ、システィナを操って一緒に襲って来た時から、普通にしてたから無理だとは思ってたけどね……」
全身無機質な金属で出来ているティミッドの体。それに状態異常が利くかどうかと言われれば……まあ、利かないだろうとは思っていた。しかし、その巨人の顔の左一部が崩れている様子からして、王水に関しては効果バツグンの可能性がある。しかし、そうなると……。
「あの顔の部分ってティミッドの元の体の部分を使用しているのかな? それにしては多すぎる気が……」
顔のサイズからして、元のティミッドの体だけで作るとなると少なくても4~5人は必要である。顔の崩れている箇所だけなら1人ぶんでも足りそうだが、そうなると、そもそもその部分を切り離せばいいはずである。
「何か気づいたのヘルバ?」
「あの顔の部分……私が王水をぶっかけた影響だと思うんだけど、何であの部分そのままなのかなって」
「……元となる体だからじゃないの? だから、どうしてもあそこに使用しないといけないとか」
「けど、それならあんな目立つ場所じゃなくって、もっと目立たない場所にしない?」
「特に問題が無い……いや、ヘルバのその攻撃を喰らって一度撤退したのだから問題アリか」
王水によって溶けた部分が奴の体というなら、それを巨人の体内に隠すとか方法があったはずである。それをゲームのボスキャラのようにわざわざ弱点を露にするなんて、普通はしないだろう。
「となると……どうしても、あのようにしないといけない理由があるのかもしれないわね」
「もしくは……出来ない?」
ストラティオを走らせながら、あの崩れた顔にアイツを倒す何かしらのヒントが無いかと思い考える俺とココリス。すると、3人の足止めを無視して、ティミッドが再び王都へと向かってその歩を進める。
「見つけたぞ!!!!」
俺かそれともシスティナのどちらに向けて言ったのかは定かでは無いが、こちらに気付いたティミッドがこちらに向かって……。
「走れるなんて聞いて無いよ!?」
全力疾走で追いかけて来た。後ろからドスン!ドスン!と地響きを鳴らし、徐々に俺達との距離を詰めてくる。
「そこまで速くは無いけど……歩幅が広いわね」
「そんな冷静に解析している場合ですか!?」
冷静なココリスにシスティナが慌てながら今の状況を指摘する。確かにこのままだと追いつかれてしまうだろう。
「ヘルバ! あなた地魔法も使えるのよね?」
「使えるけど……どうするの?」
「あなたと初めて会った頃に使用した魔法を覚えてるかしら?」
「……ああ。なるほど」
俺はボルトロス神聖国の兵士達の死体を隠した『マッド・プール』のことを思い出す。ココリスはあの魔法を使って、即席の落とし穴を作るつもりなのだろう。
「けど……あの巨体だと片足でも難しいと思うんだけど?」
『マッド・プール』は何回か使用している状況を見たことがあるが、そこまで大きな物は作れないはずである。2人がかりで作ったとしても足の半分ぐらいのサイズだろう。だが、それに対してココリスは自信満々の表情で問題無いと告げる。
「任せなさい。私が合図を出すからそのタイミングで使用して頂戴。それとあの巨体が倒れてくるはずだから、端に避けるのも忘れないように」
「りょーかい!」
ココリス達と並走しながら走りつつ、『マッド・プール』を放つタイミングを待つ俺。その間にもティミッドが徐々に近付いてきている。すると、ココリスが何かを前に向けて地面に投げる。赤色なので草原の緑からしたらかなり目立つ色である。
「あれを目印に魔法を使って!」
その言葉に俺は頷き、ストラティオでその目印を越えたタイミングで『マッドプール』を唱える。すると、ココリスも同じ魔法を唱えるのだが、同じ場所ではなく円形状に出来た泥沼と少しだけ重なり合うように放っていた。それによって、ティミッドの足の縦幅ぐらいの大きな泥沼が完成する。
(ヘルバさん。ストラティオを少しずつ左に進むように操作して下さい。それと蔦植物の種も蒔いておくことをおススメします)
フリーズスキャールヴさんからの指示を受け、種を蒔きつつ手綱を操作して左へと少しずつ移動させる。すると、こちらへと走って来ていたティミッドが、先ほどの泥沼の辺りにくる。
「ヘルバ! 倒れるわよ!!」
まだ、ティミッドは倒れていないはずなのに、倒れるから避けるように指示を出すココリス。あの泥沼でどうやって転ばすのかと思ったのだが、今のティミッドは走っているため、足の指先から地面に付くようになっている。それに俺が気付くと同じくらいに、ティミッドの左足の指が泥沼の中にすっぽりと嵌り、ティミッドの姿勢が前へと倒れ始める。
「避けて!!」
言葉が通じるか分からないストラティオにそう叫んで、すぐさま左に寄るように操作しつつ、風の結界を発動させて、倒れたティミッドによって飛んでくるだろう土や石などから身を守る態勢を整えておく。
「わわ……!!」
予想よりも倒れる勢いが速く、俺は慌てる気持ちを声として漏らしつつ、安全な位置までストラティオを移動させる。ストラティオも後ろから物凄い何かが倒れて来ているのを察したらしく、自主的にそれから避けようとしている。
ドーーン!!
物凄い地響きとともに、地面に倒れるティミッド。その際に、空中に大量の土砂が宙を舞い、上から落ちてくる。風の結界によって弾かれるので、俺が被ることは無いのだが、反対側に避けたココリス達がどうなっているのかは分からない。
(ヘルバさん!)
「あ、うん!」
俺はすぐさま種を発芽させて、ティミッドを捕らえる。そして、すぐさまストラティオでティミッドの近くまでやって来て、解析結界を発動させる。
「この……!!」
(そのまま頭の方へと向かって走って下さい)
蔦から脱出しようと体を動かしているティミッドからの反撃を貰わないように注意しつつ、頭の方へと移動する。その間、フリーズスキャールヴさんから何か言われることも無く、静かにティミッドの解析を進めていく。
「お前……!! よくも……!!」
顔付近にやって来ると、こちらに気付いたティミッドが金属で出来た目でこちらを睨み付けるながら恨み節を口にする。ただし、唇だけが動いており、口内という物がなく、どうやって声を出しているのか分からない。
(オッケーです。一度離れて下さい)
(りょーかい)
俺はそこから離れようとして、視界を一度ティミッドから外す。すると、操作もしていないのにストラティオがいきなりスピードを上げて、ティミッドから離れ始める。それと同時に自分の脇腹に鋭い激痛が走る。何かが刺さったようであり、すぐさま抜ける感覚もあった。
「くそ……!!!!」
悔しそうにするティミッド。何が起きているのか分からない俺はとりあえずティミッドの方へともう一度視線を向けると、その顔がまるで某ゲームのニードルのように全身針だらけになっていた。その針は俺の近くまで伸びており、それによって何が起きたのかを理解すると同時に、俺はストラティオの背中から落ちないように体を前に倒し、脇腹の激痛からくる悶絶に耐えるのであった。