193草
前回のあらすじ「ココリスは犠牲になったのだ……」
―ティミッドを倒してからおよそ1時間ほど「研究所・資料室」―
「……という訳でした」
「そうだったのか。これは思った以上に闇が深いな……」
俺とシスティナ、ミラ様の3人の話を聞いた面々が複雑な表情を浮かべる。その中には教会に向かったハルートさんもおり、教会、研究所、廃墟の3ヶ所はすでにこちらが差し押さえたとのことだった。
結局、俺達以外の戦闘は数こそは多いがそこまで激しい物にはならなかった。その原因として、施設にいた護衛や研究者達は俺の濃縮ブルーカウ混入シチューを食べたことで太り過ぎて動けなかったり、脱走した施設内のモンスターの食料となってしまったからだ。一応、シチューを食べなかったと思われる連中が数名ほどいたが全員取り押さえたとのことだった。そして、今はモンスターの掃討と教会の子供達の避難をハルートさんの隊員とヘルマの部下達が行ってくれている。
そして、ハルートさんとヘルマ、ドルチェたちと一緒に離れていた時の話をしつつ、資料室の資料を回収している最中である。
「それで、ゾンビモンスターの正体は実験によって中の存在が消滅したモンスターということだったのですね」
「ここの資料にそのような記載がありましたからね……ほぼ確定かと」
そう言って、モカレートがある一冊の経過観察をまとめたレポートを見せてくれた。そこにはホルツ王国に現れたバーサーク・デッド・ファルコンの名前も載っており、そこには失敗作とも書かれていた。
「レザハックもここにいた記録があったわ。そして……その研究成果を独り占めにして、アクアと融合して逃げたそうよ」
今度はココリスが別のレポート……というより研究職員の日記を取り出してくれた。そこには研究成果を独り占めにしたレザハックへの恨みつらみが綴られているのだが、詳しく読んでみると、根暗で異質な考えを持つレザハックの研究を手伝う者はいなかった旨が書かれており、どうやらあの魔法陣はレザハックが1人で完成させたようで、この研究者も含めた他の職員はその成果をどうにか再現させただけのようである。
「詳しい仕組みは完全に理解されていないみたい……今ならこの成果を抹消できるね」
俺はそこでニヤリと悪い笑みを浮かべる。これ以上、犠牲者を出さないためにも、この存在を消してしまったほうが何かと手っ取り早いだろう。
「うーーむ……それはそうだが。かといって、そのレザハックのような変態奇才がいつかは現れるもんだろうしな……」
「そもそも、陛下への嘘の報告はいけまんせんよ。今回の事件の一部は秘匿扱いになり、これらの研究成果は禁忌書庫行きでしょうね。くれぐれも皆さんも……って、ドルチェさんは王家の人間でしたよね……」
「私も流石にアレスターちゃんには伝えないといけないかな……こちらの元王宮魔術師がとんでもない迷惑を掛けてることだし……それに、私だけじゃなくてリアンセル教も……」
「その御心配には及びません。すでにヘルバさんの方からアフロディーテ様へのご報告は終わってますので、必要があればのちほどレッシュ帝国にいる信頼のおける聖女がシュマーレン皇帝にお会いになると思いますよ」
「そうですか……とにかく、またこのような事態が起きた時に対策を練るためにも情報は残して置いたほうがいいでしょう」
ハルートさんが「コホン!」と咳払いしながら、この情報を揉み消すことに反対する。俺は今のミラ様の話を聞いて、とりあえずこの情報を揉み消すことは止める事にした。今の所はだが。
「あの~……私の処遇は?」
「とりあえず帝都に出向いた方がいいかな。皇帝に証言して欲しいし」
「ドルチェの意見に賛成。で、ココリスには石化した時の感想でも……」
「へ・ル・バ……?」
「本当のことでしょ? というより、私とモカレートは興味津々なんだけど……ね?」
「はい! ココリスさんには失礼なのは承知でお訊きしたいのですが……どうでした? 痛みとか、石化する順番とか?」
「あんたらね……!!」
俺達がそう言うと、ココリスは槍を手に持ってこちらに襲い掛かろうとしてくる。そこに「まあまあ……」とドルチェがなだめることで、ココリスは不貞腐れながらも武器を納めてくれた。
「2人とも不謹慎だよ?」
「ごめんごめん……」
俺はそう言って、こっそり後ろに視線を向ける。今の俺の後ろには空っぽになった本棚とかがあるだけで、特に危険な物とかは……。
「安心しなさい。後ろには誰もいないわよ」
「あ、バレた?」
「戦闘職の連中なら気付くわよ。あまり長くいると、この3人の精神的に優しくないようだから、さっさと引き上げましょうか」
「そうだな。どうやら他のところも終わったようだ」
ヘルマがそう言って、この部屋の扉に親指を向ける。俺がそちらに視線を向けると、ノートンが扉を開けて室内へと入って来る。
「とりあえず、目ぼしい物は回収し終わりました」
「子供達の避難は?」
「そちらも済んでいます。とりあえず、ここから撤収を……!?」
ノートンが話している最中に、突如として施設内が揺れ始めた。一体、何が起こったのかと思っていると、フリーズスキャールヴさんの声が頭に響いた。
(ヘルバさん! 大至急そこから避難して下さい!! 詳細は後でお話ししますので!!)
それを聞いた俺は、すぐさまここにいる全員にこの揺れがヤバい物だと伝え、大急ぎでここから避難を始めた。
「あ、ありがとうございます……」
システィナが自分を背負って通路を走るココリスにお礼を言う。それに対して「一般市民なんだから当然でしょ?」とココリスが返す。
「申し訳ないです……」
「いいよ。気にしなくても」
対して、モカレートがマンドレイクを運ぶ俺にお礼を言う。6体背負うのは不可能なので、モカレートが2体を両腕で担ぎ、俺は髪を操作して4体に髪を巻き付けた状態で運んでいる。こいつらが見た目に反して軽くて助かった。
「んーちゃん。変な事したら置いていくからね?」
俺の髪にいたずらしようとするんーちゃんに対し、俺は巻き付けている髪の力を強め、んーちゃんの胴体を締め上げる。すると、んーちゃんが俺の髪をタップして反省を示したので、そこで緩めてあげた。この状況下でふざけられるとは……大した玉なのかもしれない。
「一体何が……?」
「ヘルバは分かってるの?」
「何となくだけどティミッドが生きてるんだと思う。そして……」
「待って!! 話は後!! 潰されるわよ!!」
後ろにいたココリスが、背中にシスティナを背負っているにも関わらずに俺の横をものすごいスピードで通り抜ける。思わず、何が起こっているのかと後ろを振り返ると、先ほどまで通った道が捻じれながら狭まって、こちらへとどんどん近付いている。
(ロボット系のアニメにある圧死のような死に方をしますので急いでください!!)
「そんなの分かってるよ!?」
フリーズスキャールヴさんのその忠告にツッコミつつも、俺は走るスピードを上げる。それは他の面々も同じで、全力疾走で通路内を駆け抜ける。それと同時に『種子生成』で非常時の対策もしておく。
「皆さんこっちです! この先に孤児院へと続く階段が……!」
「狭まってますよ!?」
孤児院へと続く通路に入ると、今度は前から通路が狭まっていく。
「通して!!」
俺は案内役として前にいたハルートさんより前に出て、慌てて『植物操作』を使って、用意した種を成長させ壁と天井に繫茂させる。複雑に絡んだ蔦によって多少だが狭まる速度が遅くなる。
「さらに……!!」
俺は立ち止まり、『ヴァーラス・キャールヴ』と『風魔法』の応用で風の結界を通路の形に合わせて発動させ、さらに狭まる速度を低下させる。
「長く持たないから……っと!?」
俺がそう言って走ろうとすると、ノートンが駆け寄り、俺をお姫様だっこしながら走り始める。
「嬢ちゃんはアビリティを維持するのに専念してくれ!!」
「あ……うん」
「下ろして!!」と言いかけたのだが、この非常時にそれは悪手だと思い、渋々ノートンの好意に甘える。元男性……という意識が一番強いため、このような抱っこのされ方は非常に恥ずかしかったりする。いや、仮に女性だったとしてもこれは恥ずかしいかもしれない。
「疾風走破!!」
通路内を走ると、目の前に1つの鉄製の扉が見える。それをハルートさんはアビリティによって威力の上がった体当たりで盛大に破壊しながらその扉を開ける。
「早く!!」
ハルートさんがこちらへと呼びかけるその扉の先を見ると、金属で出来た研究所とは造りが全く違うレンガのような石材で出来た部屋が見えた。
バキバキ……!!
後ろから木の折れる音が後ろから聞こえるので、そちらへと視線を向けると、遅くなっていたはずの通路の狭まる速度が元に戻っているどころか、蔦を粉砕しつつもその速度をさらに上げ、俺達を飲み込もうとする生物かのように迫って来る。
「これを……!!」
俺はすぐさまアビリティで用意した種を、皆の邪魔にならないようにそれへと投げ付ける。種はすぐさま飲み込まれると同時に砕かれるのだが、その際に猛烈な突風を引き起こし、走っている俺達をアシストする。
「はあ……!!」
「モカレート! そこで立ち止まらないで端に避けて!!」
俺の忠告を聞いたモカレートがすぐさま扉の脇へと避難する。モカレートが扉をくぐると同時に通路が完全に塞るのだが、その時、最後の抵抗でもするかのように大きなスパイクが伸びて扉の先にいた人達を貫こうとした。幸いにも、全員避けていたので当たる事は無かったが。
「こちらへ! 急いで外へ!」
そして、俺達はすぐさま孤児院の地下から1階へと避難するのであった。




