192草
前回のあらすじ:ミラ様「王水がダメだったら、どうしてたんですか?」
ヘルバ「超酸というの浴びせるつもりだった」
―「研究所・実験場」―
「それじゃあ……気を取り直して」
着替えが終わり、頭の上の蛇達もポーションで治し終わったシスティナに自分が何者なのか覚えていないか訊いてみる。
「それで……システィナって自分が何者なのか分かる?」
「前にも話した通り……なんですけど、そういうことじゃないんですよね?」
「そうですね。というより、ヘルバさんのアビリティで彼女が何者なのか既にお分かりなのでは?」
「フリーズスキャールヴさんからシスティナが何者なのか聞いているんだけど……聞く?」
その問いに一言も発さずに静かに考えだすシスティナ。ティミッドを倒した直後、テラム・メデューサに掛かっていた隠蔽系のアビリティが全て解除されており、その情報がフリーズスキャールヴさんからこちらへと伝えられており、当然だが、その中には彼女が何者なのかも含まれている。そして、それを知った俺は本人に素直に伝えるか悩んでいた。
だから、真実を知るかどうかの判断をシスティナに判断させたのだが、彼女が自分が何者なのか訊くのは当然のことだし、その可能性が高いのを知ってこのように判断を任せるなんて、俺って最低な奴だとも思っている。
「はい」
「それじゃあ……率直に伝えるね。システィナ……あなたは死んでる。あなたがテラム・メデューサになった時には死んでるの」
「でも、私ってここにいますよね……」
「うん。あなたを生贄にテラム・メデューサという存在を書き換えて、自分に従順に従うモンスターにしようとした。本来なら、生贄されたシスティナという存在も消滅するはずだった……けど、そこで予想外な出来事が起きてしまった」
「予想外って……?」
「捕えたテラム・メデューサが衰弱死したの。魔法陣を発動させる直前だったから、多分研究者達も分からなかったんじゃないかな……それによって、消滅させるはずのテラム・メデューサという存在がなくなって、システィナという存在が残った。ただ、その際にテラム・メデューサの記憶が一部混ざって前後の記憶が曖昧になっちゃったみたい」
「曖昧になっちゃった……ってことはシスティナさんがここを脱出した時の記憶も違うってことですか?」
「そうだよ。目を覚ましたシスティナはテラム・メデューサの姿になったことに発狂してしまった。それで研究所内をその体で暴れるかのように徘徊した。粗方、暴れたシスティナは人型になれたんだけど……自分が異形の存在になったショックは変わらず、死のうとしてあの下水道に身を投げ、そのまま村近くまで流された……そこからは記憶通りかな」
「待って下さい。あの森にいた記憶は?」
「別の森だと思う。気付いた時、周囲が暗かったんだよね? それと、テラム・メデューサと混ざる前に蛇達の死骸があったって話だけど……そこにいたのは弱ったテラム・メデューサ本体もいたみたい。あ! その時のことを無理に思い出さなくていいからね? 不要な記憶だろうし……」
「そ、そんな……私」
そこで、頭を抱えるシスティナ。この後、どうフォローするべきか考えていると、ミラ様がその体を優しく抱き寄せる。
「システィナさんの今の気持ちを十分に理解することは出来ません。でも、こうやって寄り添って力になることは出来ます。このような場所では前向きな考えなど出来ないでしょうから、とりあえずここから出ましょう……考える時間なんていくらでもあるんですから」
「……はい」
「まあ……私も人から別の存在になっちゃった存在だけど、こうやって生活してるからさ。もう少し前向きに生きてみてもいいんじゃないかな。上手く言えないけど……ね」
それを聞いてシスティナは俯いたまま静かに頷く。モンスター化とも言えるシスティナの今の状況。この後、皆にどう説明すればいいのか……変な説明をするとシスティナの身が危ないだろう。
「ヘルバさん。ここから出る方法は分かりますか?」
「うん。この実験場のすぐ隣にある制御室で罠の操作ができるみたい」
とりあえず、ここからの脱出するため、金属の塊となったティミッドを置いて、俺達は実験場に隣接している制御室へと入る。そこにあるのは魔法陣やら魔石で作られた道具などが配線らしき物で繋げられており、さらに、その配線は上にある通気口へと向かって伸びていた。
「ミラ様。こんな施設って他にあるかな?」
「無いと思います。ホルツ王国のお城でもこのような場所は無かったと思いますよ」
ここだけが、まるで前世の科学文明を彷彿させるその内部の様子に呆気に取られていると、『スキャン』の表示に制御盤というのを見つけたので、その制御盤を見てみる。
「これは……キーボード? こっちはディスプレイ……だよね」
そこにあったのはパソコンを使う人なら必ず見た事はあるだろうキーボードと、そのキーボードで撃った文字を映し出すためのディスプレイがあった。しかも、キーボードのある横1列の文字列を並び替えてみるとタイプライターという文字が出来上がった。
「これ……前世でも使ったことのあるんだけど、しかもご丁寧にキーボードにタイプライターの文字配置も施されているし……」
「つまり……ヘルバさんと同じ転生者が作った物ですか?」
「かもね。そうじゃなければ、こっちの文字でわざわざタイプライターなんて入れてこないと思うし……。とりあえず、この件は後回しにして罠を解除しちゃうね」
俺はボタンを操作して、この実験場の罠を解除していく。それが終わると、制御室の一部魔道具を拝借し、この施設の機能を停止させる。そして、実験場の1つ前の部屋である準備室に戻った俺達は、高圧電流が流れていたドアを開け、大きな通路へと出る。左右に道が続いているので、どちらに進もうかシスティナに訊こうとする前に、システィナが口を開いた。
「……こちらに進めば、私が……テラム・メデューサになった部屋がありますけど……」
「嫌なら行かなくていいよ。他の皆と合流後でもいいし……」
「大丈夫です……その……しっかり確認しておきたいんです」
「……分かった」
俺達は右に続く通路を進む。すると、すぐさま通路の端に到着。そこには1つの両開きの重そうな鉄の扉があり、俺達3人で協力して開けて中に入る。中央に魔法陣、その両脇にはいくつかの魔道具が設置されており、壁際には机や棚などが置かれていた。そのどれもが綺麗な状態であり、恐ろしい実験の数々を行ってきた部屋というには清潔感があり過ぎる部屋だった。
「……あれ? 何か違う……綺麗過ぎるような……」
部屋に入った直後、システィナがその部屋を見て、俺と同じような違和感を感じていた。俺は『スキャン』であっちこっちを見ながら、部屋の中を歩き回る。
「そう言えば、先ほどもこの施設が綺麗と仰ってましたね……でも、ヘルバさんの話だとシスティナさんが一度ここで暴れまわったと……」
「システィナが暴れた後、この施設って一度修復を行ったんじゃないかな……金属ならティミッドが1人で直せそうだし……」
あの能力がどの程度かは知らないが、ありとあらゆる金属という物を操ったり潜れるのなら、それが可能だろう。そう考えると、本当にあれで終わったのか本当に心配であり、今もどこからかチャンスを伺ているのではないかと疑心暗鬼になってしまう。システィナのためだけじゃなく、俺のためにもさっさと外に出なければ……。
「それじゃあ……この施設は一度、かなりの被害を受けていたと?」
「多分ね。ここら辺の棚の薬品とか未開封の物もあるし……そっちの道具は未使用品みたいだね」
俺はそう言って、手術器具のような物の中からメスを手に取る。すると、俺の横から小さな悲鳴をシスティナが上げ、振り返ると彼女が青ざめた表情で体を震わせていた。俺は咄嗟に鎮静作用のある薬を『ポイズン・パフューム』で周囲に巻き散らしつつ、メスを元の場所に置く。
「心を安らげる効果のある薬を撒いたんだけど……どう?」
「は、はい……大丈夫……です」
浅い呼吸を何度もして、目に涙を浮かべながらシスティナが答える。その明らかに大丈夫じゃない様子を見た俺とミラ様は、システィナを部屋の隅っこに座らせておいて、俺が『収納』で回収出来る物は全て回収して、ミラ様はその魔法陣の転写と魔法陣の一部を削ってサンプルを回収を素早くこなしていく。
「終わりました」
「じゃあ、この部屋から出ようか。システィナ立てる?」
「だ、だいじょうぶ……です」
俺達はその部屋を出て、そのまま実験場を通り過ぎ、ゆっくりながらも通路を進んでいく。
「吐きたくなったら言ってね?」
「すいません……その……」
「何も言わなくていいですよ。この前のヘルバさんぐらい酷い顔をされてますから。それに言わなくても、とてつもなく酷いことをされたのは伺えますから」
「……」
無言のまま顔を俯かせながらシスティナは俺達の後を付いてくる。その、あまりにも酷い状況に、どこか一度休んだ方がいいかと思っていると、通路の奥から声が聞こえ始めた。
「……ルバ!」
「いま……か!!」
その聞き覚えのある声を聞いて、俺は安堵しながら大声で叫ぶ。
「ココリス! モカレート!」
俺がそう叫ぶと「こっちから聞こえたわ!」というココリスの声に混じって、「チョット待って下さい!」というモカレートの声が先ほどよりもはっきりと聞こえた。この先に2人がいるんだなとホッとしていると、手前の曲がり角からココリスが現れ、そのままのポーズで床に転がった。
「ひぃっ!?」
それを見たシスティナが悲鳴を上げる。すかさずミラ様がシスティナの傍により、その場に座らせて、楽な体勢を取らせ始めた。
「ココリスさん! だから待ってって言ったんですよ!!」
「モカレート! 状態異常防止薬は飲んでる?」
「大丈夫です! マンドレイク達にも飲ませました!」
そう返事をしながら、モカレートが曲がり角から顔を出す。そして倒れているココリスの石像を避けて、俺達と合流する。
「皆さん、ご無事で……とはいかないみたいですが、合流出来てよかったです」
そう言って、具合の悪そうなシスティナを見るモカレート。その手は杖を強く握りしめられていた。そして、その後ろにいるマンドレイク達も警戒をしていた。特にんーちゃんに関しては完全に臨戦態勢を取っている。
「モカレート……システィナの正体を知ったでしょ?」
「あ、その……」
「はあ……説明するからとりあえずその警戒を解いて。後は……ココリスを治さないと」
俺はとりあえず、モカレートを落ち着かせつつ、石像になったココリスに万能薬wwwを掛けてあげるのであった。