190草
前回のあらすじ「溶鉱炉に叩き落としたい敵の出現」
―「研究所・実験場」―
(はてさて……どう戦えばいいのかな……)
とりあえず安全であるはずのミラ様の結界内で、これまでの情報を整理する俺。ティミッドの正体は金属と同一化した人間であり、金属を操ったり潜り込めるアビリティを有している。そして、テラム・メデューサを操るために、本来なら弱体化効果のある道具を何らかの方法で歪めるアビリティも持っている。そして、操られているテラム・メデューサは防御不可の石化と、その頑丈な体を生かして蛇達と繰り出す物理攻撃の2つである。
(本気を出していないのか……それとも、出せないのかで変わってくるかな……)
これまでの称号持ちのモンスター、レザハックやボルトロス神聖国の連中を相手にした経験から考えて、この程度とは思えない。きっと、他にも何らかの切り札を持っていると考えて立ち向かった方がいいだろう。そう考えると、今やるべきことはただ1つである。俺はミラ様に近付き、その耳元に顔を寄せ小言で話し掛ける。
「(ミラ様。とりあえず、テラム・メデューサ……システィナの洗脳を解除したい)」
「(分かりました。何かお手伝いしたいところですが……とりあえず安全地帯を用意しておくですかね)」
「(ミラ様のアビリティについて詳しくないから、ミラ様のタイミングに任せるよ。ただ……ティミッドがまた侵入してくるかもしれないから十分気を付けて)」
「(ええ、そちらもお気を付け下さい)」
俺は早速、ティミッドに猛攻を仕掛けるために『ヴァーラスキャールヴ』を用いて、新しい結界を再度張り直す。物理攻撃がメインのこの2人に風や水の結界はあまり効果が無い。炎の壁なら全身金属であるティミッドを溶かせるかもしれないが、果たして溶かして倒せる相手なのか怪しい。そもそも、溶かすのにかなりの高温を要求されるようなら、それこそ俺の最大火力である『白炎』を当て続けるということになるかもしれないが……あの魔法を長時間放出し続けるというのは出来ない。という訳で、俺は別の方法でティミッドを何とかしないといけない。
「ってことで……あれをっと」
『収納』からある薬があるのか確認する。前世の知識から作った危ないお薬……実用性とかは全く考えておらず、ただ単純に男のロマンという欲望100%で作った物だったが、今回は利用できるかもしれない。
「こっちに来るか……なら!」
自身へと向かってくる俺の姿を見たティミッドは、すぐさま床からスパイクを勢いよく隆起させる。本来なら串刺しになってもおかしくないのだが……。
「よっと……」
俺はスパイク同士が隆起する際に出来る隙間へと避け、そこから『エア・ホイール』を放ち、すぐさま移動を始める。
「ちょこまかと……」
ティミッドは一度、隆起させたスパイクを沈降させ、再度、隆起させる。だが、俺はそれに対し、またスパイクとスパイクの隙間へと串刺しにならないように気を付けながら避ける。そして、遠距離からの攻撃……それを繰り返す。
「どうして当たらない!?」
床からスパイクを発せさせる攻撃が俺に当たらないことに苛立つティミッド。攻撃スピードが速く、一面金属の床である以上、数撃てば絶対に当たるだろうという状況。それなのに俺に当たらないのは不思議でしょうがないだろう。
「なら……」
すると、不気味な笑みを浮かべるティミッド。そこで、今度は何をするのか理解した俺は同じようにスパイク同士の隙間に避けた後、攻撃はせずにそのまま前へと素早く移動する。その後ろでは隆起したスパイクからさらに小さなスパイクが隆起しており、あのまま残っていたら、全身を串刺しにされていただろう。
「これも避けただと……!?」
奇襲を掛けたはずなのに、それを察したかのように避ける俺にティミッドは驚きを示す。それを確認しつつ、俺は背後から襲って来たテラム・メデューサの蛇達の攻撃を避けるため、横へと勢いよく跳ぶ。その際に、テラム・メデューサとティミッドの両方から驚きの声を上がる。
(声を上げてくれるから、タイミングが計れて助かるね……)
(テラム・メデューサの蛇達が一斉攻撃を仕掛けてきます。そのまま走り続けて下さい)
(了解……なるべく速度を落とさないように気を付けるよ)
俺はフリーズスキャールヴさんからの注意を聞きつつ、ティミッドのスパイク攻撃を避けていく。当たれば即死、もしくはその痛みで俺は動けなくなるかもしれないという非常に危険な方法で避け続ける。
「なんだ!? まさか予知能力……」
あまりにもありえない回避能力に俺が予知能力のようなアビリティを有しているのではないかと疑い始める。その考えは間違っておらず、『ヴァーラスキャールヴ』に『スキャン』を組み込んだ結界を張っており、これによって360度から情報を収集し、今の場合だと床が隆起する場所とタイミングを『スキャン』で知り、そこから安置を叩き出しているだけである。そして『スキャン』で調べられるのは無機物限定なので、テラム・メデューサの攻撃に関しては『フリーズスキャールヴ』の効果適用範囲ということでフリーズスキャールヴさんにナビをしてもらっている。
(かなり無茶な手段ですけど……これしか方法が無いですね)
(うん)
フリーズスキャールヴさんが、そのあまりの無茶っぷりに心配するのだが、これしか方法が無いとも一定の理解を示す。この状況下と相手のアビリティ……俺の有しているアビリティではこれらの攻撃は防げない。
「何だ……! こいつは……!」
先ほどから攻撃を避け続け、その間にも自分との距離を詰めていく俺に恐怖を感じているティミッド。ギリギリの間合いで避け続け、テラム・メデューサの攻撃を視界に捉えずに回避していく。しかも、それを戦闘経験も乏しいはずの、年端もいかない少女がやっているのだから余計に恐怖だろう。
「お前達!!」
「「「「シャー!!」」」」
ティミッドの叫びに答え、4匹の蛇が後ろから襲って来る。そして、同じタイミングでスパイクを隆起しようとしている。ありとあらゆる方向からの一斉攻撃……だが、それでも避けれる。走っていた俺はそこで急ブレーキを掛け、後ろへと倒れる勢いで後ろへと跳ぶ。後ろにはテラム・メデューサ本体がいるが、今は蛇達の攻撃のため自身のバランスが崩れないように体勢を維持しているので、すぐさま反撃を喰らうことは無い。
「「「「ギシャァアアーー!!」」」」
俺が先ほどいた場所に蛇達が突進すると同時にスパイクが隆起する。勢いよく突っ込んだ蛇達はそのままスパイクに貫かれていく。そんな光景をスローモーションのような感覚で見ていると、勢いよく後ろへと跳んだ自分の体が倒れる前に硬い何かにぶつかる。それが、テラム・メデューサの蛇腹だと分かった俺はすぐさまそれから離れ、串刺しになって見動きが取れない蛇達の横をすり抜ける。蛇達が串刺しになって動けない以上、それとくっついているテラム・メデューサも動けない。
「くそっ!!」
慌ててスパイクを沈下させようとするティミッドの姿を見て、俺はすかさず音魔法を繰り出す。
「サウンド・バースト!!」
杖を前にティミッドの体を覆えるほどの音という名の衝撃波を放つ。これでティミッドを倒せるとは思っていない。一瞬の隙を付いたこの攻撃が狙った物……それはティミッドの持つ『厄災鎮めし天の笛』。あれを破壊すれば、テラム・メデューサはティミッドからの束縛から解放される。ただし、その後どうなるのかは賭けである。これで元のシスティナに戻ればいいのだが、失敗すれば制限が外れたテラム・メデューサも交えた三つ巴の戦いになってしまう。もしくはテラム・メデューサの体のままシスティナの意識が戻り、その変わり果てた姿を見て我を忘れるかもしれない。だが……それでもやるしかない。このままでは俺達が負けてしまうのだから。
「チッ!」
『サウンド・バースト』が当たる瞬間、スパイクを沈降するのを中断し、ティミッドは舌打ちと共に床に一瞬にして溶け込んでしまった。そして、俺の放った『サウンド・バースト』はそのまま壁へとぶつかって、その壁を少しだけへこませた。
「どこに……あ!」
俺はすぐさま視線をミラ様の方へと向ける。さっきティミッドはミラ様の結界を擦り抜けていた。そして、今の俺はミラ様から大分距離が離れた場所にいる。
「ミラ様! 気を付けて!!」
俺は大声を上げ、祈りの体勢しているミラ様に逃げるように指示をしようとする。が、既にミラ様の背後にティミッドが現れていた。そして、そのまま先ほどのシスティナのように背後から……。
「浄化!!」
ミラ様がそう叫ぶと同時に、ミラ様から光が溢れて実験場内をその光で一杯にする。間近にいたティミッドはその眩しさに腕で目を覆う体勢を取る。俺は光がこちらに来る前に、素早く『ウォーターショット』をティミッドに向けて飛ばす。それと同時に俺もその光に包まれて前が見えなくなるのだが、ティミッドの呻き声だけが上がったので、今の攻撃がティミッドだけ狙え撃てたのだけは分かった。
「ミラ様!」
俺は名前を呼びつつ、ミラ様がいた方向へ駆け出す。視界はまだ光のせいで何も見えないままだが、それでも一刻も早くミラ様の元へと向かう。この光が止んだ後、ティミッドに襲われるかもしれないのだから。
「ヘルバ……きゃ!?」
すると真正面からミラ様がやって来て、俺と正面から勢いよくぶつかる。互いにそのまま尻餅を付くのだが、すぐさま体勢を整えて辺りの警戒を始める。
「ミラ様! 今の技って?」
「私の『浄化』です! 不浄な物を正す効果があり、ヘルバさんが離れたと同時に力を溜め込んでいたので、上手くいけばシスティナさんへの洗脳は解除出来るかと……」
光で一杯の室内で、このアビリティの効果を教えてくれるミラ様。「しばらくしたら光が止みますので……」という言葉を聞いて、俺はいつ2人が襲って来ても対処ができるように杖を構えるのであった。