184草
前回のあらすじ「2人が強すぎてやることが無いミラ様」
―「地下研究所・水路」―
「ここは……」
俺達が狼の群れと遭遇してから、しばらく通路内を歩くと大きな水路へと出る。水路の水に生み出した葉っぱを浮かべると、そこそこ速いスピードで流れて行く。
「これほどの水路があるなんて……」
「うん。下水道……にしては綺麗だけど、別の目的で利用しているのかな?」
「もしくは……スライムを使って水を綺麗にしているのかと。確かスライムも管理していたはずです」
「なるほど……」
これほどの規模の施設にたくさんの人とモンスターとなれば、それ相応の水が必要になって来るはずである。この水路から不快な臭いがしないことからして、河川かや湖から水を引き込んでいる水路か、スライムによって綺麗にした水をどこかに放流しているの2つの可能性があることになる。前者なら、水の流れていく方向へと進めば施設内のどこかに着くと思うのだが、後者なら流れに逆らう形で進まないといけないだろう。
カサカサ……
すると何かが蠢くような音が聞こえた。音の鳴る方へと俺達が視線を向けるのだが、先程の狼と同様に途中で音が途切れてしまった。そこで音の鳴らしていた何かが石化したと判断し、警戒しながら音の鳴った方へと歩みを進める。すると、何かが立っているのが見えたのでそれに近付いてみると……それは低学年の子供ぐらいのサイズのクモ型のモンスターの石像だった。
「次は虫か……」
俺は石像となったクモ型のモンスターを杖で突っつく。コンコンと音が返ってくるが動く気配は無さそうである。今、叩いているその後ろにも同じやつが3体あるのだが、それらが襲ってくることも無さそうである。
「本当に凄いですねシスティナさんの石化能力。モンスターと戦わずに終わってしまうなんて」
「いえいえ。この子達のおかげですから……」
そう言って、頭の蛇達を褒めるシスティナ。すると、蛇達が首を上げて喜びを表現している。この調子なら、俺が戦うことはないかもしれない。
ズル……ズル……
俺がそんなことを思っていると、またしても水路の奥から音が響いてくる。今度は何か重たいものが這いずるような音であり、今度は足の無いモンスターというところだろうか。そして同じように音が聞こえなくなったところで、そちらへと近付くと今度は蛇達の石像が鎮座していた。そしてまた何かがこちらへと向かって来る音が聞こえ始める。
「……誘われてるのかも」
狼にクモ、そして蛇……一定の間隔で仕向けられるモンスター達に何かしらの意思を感じる。その証拠に、俺達は現在ここまでモンスター達が向かって来る方向へと進んでいる。
「誘われてるのでしたら、かなり危険なのでは?」
「そうだけど……今回の目的は研究所にいるティミッド達の捕縛だし、これと別方向へと行っちゃうと研究所外に出ちゃって、ドルチェ達と合流できないかもしれないから」
敵の誘いに乗るのは大変危険ではあるのだが、現状孤立している俺達はすぐにでもドルチェ達と合流するべきであり、また、モンスター達が来ている方向にはこのモンスター達を管理している場所である研究所があるはずである。
「研究所内へと戻るため、目的の完遂のためにもここは敢えて乗るしか無いかな……」
「なるほど。少し不安ですが……仕方ありませんね。システィナさんもいいですか?」
「は、はい。危険ですがお二人と一緒なら何とかなると思うので……」
「よし! じゃあ意見がまとまったところで……進もうか」
敵の誘いを受ける以上、より慎重に、さらに周囲の警戒をしつつ、俺を先頭に再び暗い水路内を進むのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―ヘルバと別れて少し後「地下研究所・資料室」ドルチェ視点―
ヘルバ達が落とし穴の罠に引っ掛かって分かれてしまった後、私達は無事に研究所へと辿り着き、さっそく内部の調査を始めた。施設内にはヘルバの罠によって太り過ぎて倒れている研究員や警備員がいた。一部はモンスターの餌となって食い荒らされており、その悲惨な最後を迎えた奴らの中には運よく頭部が残っている者もいたのだが、その表情はとてもヘルバ達には見せられないものだった。そう考えると、あそこで別れたのはある意味良かったのではないかと思ってしまった。
「モンスターを俺達で迎え撃つ! そちらは室内の調査を頼む!」
「私も加わるわ。そちらは頼んだわ」
ヘルマとココリスは部隊の数人と一緒に迫って来るモンスターを迎え撃ちに行ってしまった。そして、残された私達は今いる部屋の調査を始める。
「ここは資料室ですかね?」
「そうじゃないかな。本棚がたくさんあるし、そこに製本するための道具類もあるよ」
私はそう言って、近くの机の上にある紙類と製本道具に指を差す。それを見たモカレートは机の上にある紙類を手に取り、目を通していく。
「『カルミールの作用とそれによるモンスターへの影響』ですか……ふむふむ、これは利用できそうですね……」
「モカレート。ここ敵の本拠地だからね?」
「分かってます。私の替わりにマンドレイク達が調べるのでご安心を……」
モカレートの足元を見ると、マンドレイク達が各々この部屋に怪しい物が無いかを既に調べて始めていた。床や壁、置いてある棚に何か仕掛けが無いかと隅々まで見ていく。いつもサボりがちであるんーちゃんもしっかりと働いている。この調子なら何か不審な物があればすぐに見つかるだろう。
「酷いな……」
そこにノートンさんが1冊の本を持ってくる。それを私に手渡すので、私はその本を開いて中身を確認する。
「12歳女性……モンスターの触腕移植後、適応失敗による失血により死亡。20歳男性……ガリルバットの魔石を埋め込んだ直後に……これって」
「ここで行われた研究のレポートだな……人体実験のな」
ノートンさんの話を聞きながら、私はレポートを捲っていく、そこに書かれたどれもが最後に「死亡」という2文字が書かれており、そして手に持っているそのレポートの重さからしてどれだけの人数が犠牲になったのかが分かってしまう。
「これ……」
「老若男女問わず多くの人が犠牲になっているのが確定したな……」
互いに暗い表情で、ここで行われていただろう非道な研究に言葉を失くしてしまう。恐らくだが、システィナがここから逃げ出さなかったら、彼女の名前もここに刻まれていたのかもしれない。そう考えると、彼女は本当に運が良いのかもしれない……。
「徹底的に叩き潰さねえとな……!」
怒りを露にするノートンさんのその言葉に私は静かに頷く。こんな施設は2度と悪用されないように跡形もなく壊してしまうべきだ。
「あれ……これって」
モカレートが何かを見つけたようなので、何を見つけたのかと思い後ろを振り返ると、モカレートが資料を見たまま驚きの表情でその場に固まっていた。
「どうしたのモカレート? 何を見つけたの……」
「お二人とも……これを」
モカレートから資料を受け取り、私とノートンはそれに目を通す。そこに書かれていたのはシスティナの名前。そしてその横には……「死亡」と書かれていたのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―同時刻「地下研究所・水路」―
「システィナ? どうしたの立ち止まって……?」
「いいえ……何か声が聞こえたような気がして」
「何も聞えませんでしたが……ヘルバさんは?」
「物音や私達の声なら聞こえているけど……それ以外は聞こえていないよ。システィナの聞こえた声ってハッキリした声で聞こえたの?」
「いえ……何か遠くから呼ばれたような……そんな感じです」
そう言って、ある一点の方向を見るシスティナ。見ている方向にあるのはただの壁であり、『スキャン』を使用しても特に異常は見られなかった。となると、システィナ……いや、あの蛇達が持つ何かしらの器官が反応しているのかもしれない。
「一応……っと」
俺はシスティナに対して『フリーズス・キャールヴ』を掛けて『スキャン』で身体に何かしらの異変が無いかを確認しようとした。1日3回しか使えないアビリティをここで使うか少しだけ悩んだが、それ以上に、システィナの蛇達が強力だったので問題ないと踏んでの使用だった……。
「え?」
「どうかしました?」
「え。ごめん……『スキャン』で周囲を見てたら何か変な物が見えた気がするんだけど……」
「変な物?」
「そう。ただ……今は確認できないのと、一瞬だったからどう変だったのか説明できないから、また見かけた時点で話すね」
俺はそう言って、2人に俺が『スキャン』で見た内容をどうにか誤魔化す。さらに俺はなるべく平常心を装い、再び水路を進もうと2人に促し、俺の様子がおかしいことを悟られないようにする。
(どういうこと?)
システィナの情報は確かに見えた。そこにはこの前と同じような内容が表示された……が、その表示された内容にノイズが走っていたのだ。
(ヘルバさん。申し訳ございません……システィナさんですが、何かしらの作用が働きました)
(何かしらの作用……隠蔽系のアビリティとかじゃなくて?)
フリーズスキャールヴさんの回答に俺は思ったことを率直に訊く。アビリティである『フリーズスキャールヴ』に影響を及ぼすとしたら同じアビリティのはずである。だが、フリーズスキャールヴさんの回答は「何かしらの作用」という何とも気になる回答だった。
(はい。アビリティとは別の……私も少し困惑してます)
(そうか……引き続き調べてくれる?)
(もちろんです。何か分かったらご報告しますね……それと、アフロディーテ様からのご連絡ですが)
(私の事でしょ?)
(はい。ヘルバさんが何者なのか……どうしてあの森にあなたを隔離したのか……それらを説明すると)
(隔離……ね)
(「苦情は受け付けるわ」だそうです。それでは)
そこでフリーズスキャールヴさんからの連絡が切れる。その件に関して色々言いたいことがあるのだが、今はシスティナのことを気にするとしよう……。そう思った俺は再び後ろにいるシスティナのことを見る。すると、システィナの名前にノイズが走りテラム・メデューサと書き換わり、そしてまたシスティナの名前に戻ったりするのを見てしまうのであった。