181草
―夕方「廃屋敷・1階」―
「2階は見張りが寝泊まりの場所として利用していただけだね」
「ああ。だが、人数がどれだけいるのか把握できたのは嬉しい限りだ」
2階の調査を終えた俺達は1階のエントランスに戻り、得られた情報を照らし合わせていく。
「ここを守る連中……どいつもこいつも盗賊や犯罪歴のある連中ばっかりだったな」
「分かるの?」
「雰囲気だったり手配書で実際に見たりしてるからな。って、鑑定系のアビリティを持つ嬢ちゃんが分かっていないとは……なるほど、制限のあるパターンか」
「まあ……そんなとこ。そういえば道具類なんだけど、レイジーからの支給品って分かる?」
「レイジーか。確かティミッドの妹のはずだ」
「妹……何をしている人なの?」
「商人と聞いている。一応、調べたんだが……まあ、怪しい雰囲気はあったな」
「犯罪者や盗賊が大勢に怪しい商人……大規模な組織なのは間違いないね」
「ああ。ここまで来たら間違いないな……」
ここに大規模な犯罪組織があると確信する俺達。その後、1階の部屋を見張りの奴らに気付かれないように少しずつ探索していく。すると、廃屋敷にしては小奇麗にされていた厨房に隣接する食糧庫にてついに俺達が探していた物を見つける。
「アレだな」
「うん」
食糧庫内には似つかわしくないほど厳重に警備されている地下へと続く扉。見張りが2人立っており、さらに『スキャン』の鑑定結果から罠が仕掛けられていることも判明する。
「罠が仕掛けられているんだけど解除できそう?」
「もう少し間近で見ないと何とも言えないな……そもそも、あの見張りに気付かれる事なく解除するのは不可能だ」
そう言って、両手を上げて降参のポーズをするノートン。俺もここで睡眠薬を使って眠らせることも可能かもしれないが、騒ぎを起こさずに静かにやるのは難しいだろう。俺達がどうしようかと頭を悩ませていると、その扉が開きそこから明らかに悪そうな男達と数人のボロボロの衣服を着た子供達が食糧庫へと入って来た。
「おら! さっさと働け!」
連れて来た子供はその罵声に委縮しながらも、食糧庫と厨房の両方に分かれて仕事を始める。近くでは男達が見張っており、子供達の動きを監視していた。
「酷いな……」
「うん」
子供達の様子からして、まともな生活を送られていないことは間違いないだろう。今すぐにでも助けたいところだが、ここで騒ぎを起こしてしまったらあの子達の身が危ないので、ここはジッと堪えて静かに様子を伺い続ける。
「シチューだから……」
「それ……後これも……」
ふと、子供達の会話を聴いていると、作ってる料理の1品がシチューであり、ここにいる男達の食事を作っていることが分かった。
「……いいこと思い付いた」
俺は心底意地悪そうなニタニタした笑みを浮かべる。上手くいけば、明日の侵入は大分楽になるはずである。
「どうした? 顔が怖いぞ?」
「ねえ。こんなのはどうかな……?」
俺はノートンに自分の案を話す。それを聞いたノートンは顔を引きつっているのだが、「まあ、犯罪者だし問題無いか……」と俺の提案に賛同してくれた。
「じゃあ……」
俺はすぐさま行動に移して、食材の1つを俺の持ち物と取り換えておく。処理に困ってたとこだったので、ちょうど良かったかもしれない。
「終わったよ」
俺が入れ替えると同時に、子供達はそれを使うために厨房へと持って行った。今、服用すれば明日の朝には効果が表れるだろう。
「嬢ちゃん。そろそろ撤収しよう……どうやら調理の匂いに連れられて人が集まって来ているようだ」
「うん」
俺達はこっそりと食料庫から抜け出し、見張りが出入りするタイミングで屋敷から外へと脱出する。その後は、姿と音を消したまま拠点へと戻っていく。
「きゃ!?」
俺が拠点でアビリティを解除すると、近くにいたミラ様が小さな悲鳴を上げる。
「あ、驚かせてごめん」
「い、いえ。それでどうでしたか?」
「見張りたくさん。子供達が奴隷のように扱われているのも確認したよ」
「それは酷い話ですね……」
「詳しい話は皆が集まってからにするね」
俺達は部隊を引き連れてきたハルート達が戻って来たところで施設で見た事を話していく。
「酷い話だ……もっと早く行動に移すべきだった」
苦虫を噛み潰したような顔をするヘルマ。2年前に領主として着任しながら、今日までこの件を放置してしまっていたことを酷く後悔しているようだ。
「それと……この嬢ちゃんが毒を仕込んだから、明日の朝には敵が壊滅しているかもしれん」
「「「「毒を仕込んだ!?」」」」
ノートンの発言を聞いて驚く皆。しかし、それには語弊がある。
「毒じゃないよ? 他の人が鑑定してもただの食材判定になると思うし」
「いや、ヘルバ……前に毒判定されない毒みたいな物があるって言ってたよね?」
「うん」
「それを仕込んだ?」
「うん」
「やっぱりアウトじゃん!」
「大丈夫。相手の動きを阻害させるだけだから」
それを聞いた皆が眠らせたり麻痺させたりするような物だと判断し、「まあ……それなら」という声がちらほらと聞こえる。しかし、何を仕込んだのかを知っているノートンだけ困った表情のまま小声でボソッと呟いていた。
「(間違ってはいないんだが……何か違う……)」
「ノートン……何か難しい表情をしているみたいだが……どうしたんだ?」
「この嬢ちゃんが仕込んだ毒ですが……ブルー・カウのミルクなんですよ」
「「「「あれを飲ませたの!!」」」」
ブルー・カウのミルクを飲み、実際に太ったドルチェ達から驚きの声が聞こえる。領主達もブルー・カウのミルクがどんな物か理解しているようであり、それならと頷いていた。
「アレを飲んだなら、いつもとは違う体の重さに上手く戦えないだろうな」
「多少なりとはいえ、いきなり太ればそうなるでしょうね」
俺がどんな毒を仕込んだかを聞いた領主達は、さっそく明日の廃屋敷突撃の作戦を一部の護衛達が太ってまともに動けないことを考慮しつつ作戦を立てていく。一方……。
「どれだけの量を使用したの!?」
「え? 全部だけど……あんなの置いておくと危険だし」
「あのミルク……」
「何てもったいないことを……」
ドルチェ達はブルー・カウのミルクがもう俺の元に無いことにショックを受けるのであった。しかし、モカレートがあることに気付く。
「全部? ヘルバさん……あの量を全部使ったんですか? 私達で消費するなら毎日飲んでも半年は掛かるとおっしゃってませんでしたか?」
「そうだよ。あの危険物を処理出来て本当に良かったよ」
俺はそう言って、中毒性が高いあのミルクを片付けることが出来たことに安堵するのであった。
「それと……皆。そもそもだけど……私がブルー・カウのミルクを皆に飲ませる気は無かったよ? 調合しちゃったし……」
「調合した……?」
「そうそう……まあ、どうなるかは私にも分からないから、明日のお楽しみかなw」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ー翌日の早朝「森の外周」-
「これで全員です!」
「よろしい! 諸君! これから皇帝に仇なす者達を捕らえる! 1人たりとも逃がすな! 皇帝の治世を乱す奴らに自分達が行った行為の愚かさを教えてやれ!」
ハルートさんの鼓舞に部下達は小声だがしっかりとした返事をする。そして、俺達は孤児院と廃屋敷の2手に分かれて突入を開始する。孤児院はハルートさん率いる部隊が行き、廃屋敷には俺達と領主達、それとハルートさんの部隊から10名ほどの分隊で突撃する。
「屋敷が見えたわね……」
草むらの影から廃屋敷の様子を見る俺達。しかし、昨日のように扉を守る護衛の姿が見えなかった。だが、廃屋敷内からは物音やら悲鳴やらで凄く騒がしく、何かが起きていることは理解できた。すると、廃屋敷の扉が開かれ、1人の重度な肥満男性が屋敷から出て来る。まともに服は着れておらず、その体型に慣れていないせいか玄関を出てすぐに転び、その場から動けなくなってしまった。
「何があったんだ……? ブルー・カウのミルクを使用した料理1食分程度じゃあそこまで太らないぞ?」
「ヘルバ……?」
「ブルー・カウのミルクだけだよ? まあ、ブルー・カウのミルクを濃縮してそれをそのままシチューの材料に使ってもらったけど……ね」
俺は不敵な笑みを浮かべながら何が起きたかを皆に説明していく。これは、俺の『ラボトリー』に新たに追加された『濃縮』というアビリティを利用して作った物であり、効果は言うまでもなく、液体に含まれている水分を飛ばし、含まれている成分の濃度を上げるだけである。これがどれほどのものかと思い、ブルー・カウのミルクで試していたのだ。
どうしてブルー・カウのミルクで試したかというと『収納』の容量に限界は無いのだが、かなりの割合をブルー・カウのミルクが取っていたので、そのスペースを開けるためにと最初は使用していた……が、限界まで濃縮したところで、これをこのまま飲んだらどうなるかと思い鑑定してみたところ、『飲むなキケン! 身動きが取れなくなります!! ただし……美味い!』と表示されており、どこぞのベニテングダケのような危険物が出来てしまったのだ。そこで今回、この危険物を処理するために、この廃屋敷の奴らには犠牲になってもらった……。
「という訳なんだよね……。これ、増産して解毒不可能な戦略兵器として売ったら売れるかな?」
俺がそう言うと、ドルチェ達も含めた皆から「ダメ!」と注意されてしまった。まあ、正直なところこれを売るのは無理だと思っていたので別に構わないのだが。
「さてと……気を取り直して行きますか」
その後、俺達は草むらから出て、廃屋敷へと突入するのであった。




