180草
前回のあらすじ「怪しい領主を捕らえてみた」
―夕方「孤児院近くの森の中」―
「くっ!? 殺せ!」
「いやいや……殺さないから」
拘束したヘルマの騎士団の方々を近くの木に座らせ、拠点内をヘルマに案内してもらう。とは言っても、そんな大規模な拠点では無いので、近くの木の下で休んでいるストラティオの集団とテントが3棟。1棟は領主用、もう1棟は女性用、最後の大きな1棟は男性用とのことだった。
「ここからあっちに少し進んだ場所に謎の廃屋敷が建っていて、そこと孤児院を見張っているところだ」
「ティミッドは?」
「そこにいる部下が孤児院に向かうティミッド達の姿を見ている。ほぼ間違いなくティミッドは孤児院の方にいるはずだ」
「廃屋敷の方は誰か来てるの?」
「いや……だが、何者かが廃屋敷内を移動する様子は確認できた。恐らく、ティミッドが持つ私兵や冒険者がいるんだろうな……」
「ねえ。廃屋敷の大きさはどの位? 領主邸よりも大きいの?」
「いや。そんなに広くは無いな……2階建てで両端に部屋が2つある感じだな。まあ、外見だけの判断だが……」
ヘルマの今の話とシスティナから聞いた研究所の話……システィナの話から考えると、屋敷のサイズが小さ過ぎる。モンスターを飼育しているのだから、もっと大きな建物が必要だろう。しかし、この辺りにそれらしき建物が無いことからすると、考えられるのは……。
「孤児院と廃屋敷……地下で繋がってるのかな?」
「そうなるとかなり大規模な施設にならない? そんなものがここに……」
「モンスターを飼育しているって聞いてたから、かなり大規模だとは思ってたよ。それなのに孤児院も廃屋敷も小さいと思うんだよね」
「そうなの?」
「檻の中に閉じ込めておくだけじゃダメ。ある程度、自由に運動できるぐらいの大きさは必要……だと思う。動物の飼育の知識がモンスターに当てはまるかは分からないけど」
「ああ……確かにそうですね。モンスターテイマーの方が言ってましたよ」
「ストラティオもモンスターだが……確かに広い場所で走らせたりしてるな……」
俺の意見にモカレートとヘルマの2人が賛同する。この辺りにモンスターが見当たらない以上、どこか別の場所で運動させていると判断していいだろう。
「さて……どうしましょうか」
互いに顔を見合わせ、誰か案が出ないかを確認する。そこで俺は皆にある提案をする。
「ねえ。私が『インビジブル』で姿を消して潜入してみる?」
「ダメ……と言いたいところだけど、情報を集めるには最適かもしれないわね。ただ、1人は危ないわ。誰か一緒に侵入するべきよ」
「うーーん……それなら後1人かな。一応、全員の姿を消せなくはないけど、余力を残して動くなら1人が限界かも」
「潜入か……アマレッテイがいたなら、それ一択だったね」
「そうね。だけど、ここにはいない以上、私達の中から選ぶしかないわ」
「……いるよ。明らかに斥候向きだろう人物が」
「誰よ?」
「それは……あの人」
俺は捕らえたヘルマの部下達の1人男性に指を差す。それは俺達と一番最初に会った木魔法で捕らえた男である。
「それは……そうだけど。敵かもしれないわよ? って……もう使ったのね」
「うん。という訳で領主様とその男性は信用しても大丈夫だよ」
「……上位鑑定のアビリティを持っているとは思っていたが、まさか人の経歴とかも見れるのか?」
「まあ……そんなところかな。3年前に領主としてこの地を本格的に運営し始めた頃に、ダンジョンの再整備のために資金を投入したが、一向にそのような動きを見せなかったティミッドを怪しんだあなたは、部下達に調査を頼み。それによって、ティミッドから頼まれて代表になった孤児院も怪しい動きがあること、ティミッドの裏に前のグランドマスターが関わっている可能性が出てきたことを知った。それによって表向きは怪しんでいないと見せかけるために資金を渡しつつ、あいつらの悪事の証拠を集めていた……で、合ってるよね?」
俺はそう言って、笑顔でヘルマの顔を見る。ヘルマは驚きと恐怖の混ざり合った表情をするのだが、すぐさま、俺の言ったことが間違いないと認めた。
「前のグランドマスターが捕えられ、ここ1ヶ月の間、あいつは慌ただしく動いていたのでな。その間に冒険者ギルド内にある極秘文書を奪取し、それを陛下に送っている。これが証拠だ」
ヘルマはそう言って、胸元のポケットから紙切れを取り出す。ハルートさんがそれを受け取り、中を確認し始める。というよりグランドマスターって前任のグランドマスターのことだったのか。となると今のグランドマスターは関係ないのかもしれないな。
「これは……間違いないかと。シュマーレン皇帝からの直々の勅命が書かれた手紙です」
「私も確認したけど……となると、シュマーレン皇帝は保険として私達に領主を見張らせたのかも」
「だろうな。お目付け役が誰かしらいるだろうとは思っていたが……」
やれやれと言いたげなヘルマ。恐らく、シュマーレン皇帝は敢えて俺達にこの情報を流さなかったのだろう。もしかしたら、このヘルマも実際には関わっており、自分が助かるためにこのような物を寄こした可能性があるのかもしれないのだから。そして、その真偽を確かめるため、ヘルマを怪しい人物のままにしておき、俺が『フリーズスキャールヴ』を自然に使う状態を作り出したのだろう。
「これで信用してもらえらただろうか」
「ええ。そこのヘルバに感謝しなさい」
「そうだな。君のおかげで助かった。この件が終わったら礼でもさせてもらうとしよう」
「いらないよ。シュマーレン皇帝から受けた依頼だし……その替わりなんだけど、私達を手伝って欲しいかな」
「分かった。早速だが……潜入するのか?」
「うん。いいよね皆?」
俺が皆に訊くと、俺のお墨付きを得た相手ならということで、ココリスは渋ってはいたが潜入の許可を認めてくれた。そこで早速、俺は潜入のための準備を始める。特に『収納』に入っている俺以外の皆の持ち物を出しておかなければ困ってしまうだろう。
「ノートン。頼んだぞ」
解放された部下の1人に激励の言葉を掛けるヘルマ。斥候役であるノートンはすぐさま潜入の準備を始める。他の部下達もそれぞれ自分が持ち場へと戻っていった。
「私は待機させていた部隊を移動させます」
「なら、私も行こうかな。大勢で移動する以上、索敵は必要だし」
ここで、ハルートさんとドルチェの2人が待機させている部隊を連れて来るのに森から出ていき、モカレートとミラ様はこの場所で待機し、ココリスはヘルマの部下達と一緒に周囲の警戒をすることになった。
「何かあったらすぐに出てきなさいよ?」
「お気を付けて」
「りょーかい!」
皆に見送られながら、俺はノートンと一緒に廃屋敷へと向かう。そこで互いに自己紹介しつつ、お互いのアビリティの話になる。
「うちのメインのアビリティは『盗賊』。足音を立てずに潜入したり、誘導などが得意だ。その反面、強力な攻撃系は有してないんで乱闘は避けたい」
「同じく。一応、殲滅は出来るけど無駄な殺生はしたくないかな」
「言える範囲でいいんだが……使えるアビリティは?」
「殲滅、攪乱……後は鑑定に隠密……」
「何でも出来る?」
「うん」
「普通なら信用できないところだが……あれほどの実力を見せつけられたら、信じるしかないだろうな」
「よく言われる。あ、それと……」
「ん? なんだ?」
「お兄さんが大好きなケモ耳娘とエッチな行為が出来るようになったのは、私のお薬のおかげだから」
「ぶふぉーー!?」
「ふふ……♪ さっき鑑定の際に見えちゃったw」
「た、頼む! それは誰にも言わないでくれ……!」
「分かってる。だけど、私の薬師としての腕と鑑定がどれほどのものか分かってもらえたかな?」
「あ、ああ……十分だ。これほど頼もしい相手はいないだろうな」
ジョークを交えた話で緊張がほぐれたところで、そこから静かに廃屋敷近くまでやって来る。
「インビジブル」
そして、俺とノートンの2人を不可視の状態にし木々から出て、さらに廃屋敷へと近付く。玄関付近までやって来たところで、玄関ドアに耳を当てて中の音を確認するノートン。すると、ハンドサインで俺に屋敷の壁近くに行くように指示されたので、指示された位置まで移動すると、ノートンはレッグポーチから取り出したものを玄関前の敷地へと投げる。すると、それは小さい破裂音を立てて爆発する。
「何か音が聞こえたが……」
「ああ。俺も聞いたぞ」
すると、中から玄関ドアが開き、そこから2人の冒険者らしき人物が出て来る。そいつらはそのまま周囲を警戒しつつ、爆発によって焦げた地面の元まで玄関ドアを開けっぱなしのまま行ってしまった。すると、ノートンが俺に再びハンドサインで移動する旨を伝えて来たので、すぐさま開いたままの玄関ドアから廃屋敷内へと潜入する。
「(嬢ちゃんのこのアビリティ、休みとか必要か?)」
「(まだ大丈夫)」
「(よし。じゃあこのまま進むとしよう)」
「(うん。それで1階と2階どっちから?)」
「(2階から行く。嬢ちゃんの予想通りなら1階のどこかに地下へと続く階段やら何やらがあるだろう。その前に、2階はどのような様子なのか把握したい)」
「(りょーかい。あ、後……これ使う)」
『ヴァーラスキャールヴ』と『音魔法』の組み合わせで、周囲にこちらの音が聞こえない空間を作り出す。
「これで小声で話す必要は無いかな。私のアビリティで周囲に音が漏れないから安心して」
「……本当に何でもアリだな」
俺のふざけたアビリティに呆れるノートン。だが、すぐに気を取り直して廃屋敷内の探索を始める。廃屋敷内はところどころ床や壁が崩れており、足音よりも床の木々が軋む音がうるさいのだが、俺のアビリティでそれらの音が外に漏れることは無い。
「羨ましいアビリティだ……っと、とりあえず最初はそこを調べるか」
正面にあった階段を昇った俺とノートンはとりあえず一番近い部屋から調べるのであった。




