179草
前回のあらすじ「ヘルバさんの体調全快!」
―夕方「孤児院の近くにある森の前」―
「ここから少し先に例の孤児院があります.。それと領主はこの森の中を少し歩いたところにいる模様です」
予定通り、夕刻に孤児院近くの村にやって来た俺達は、村には立ち寄らずにそのまま孤児院の近くにある森までやって来た。村に立ち寄らなかったのは、システィナによって村民たちは一度石化してしまっているのだが、その際にシスティナの顔を見ている可能性があり、下手な面倒事を増やさないための対策である。
そして、肝心の孤児院だが小高い丘の上に立っており、ここから少しだけ見上げるような場所に位置している。さらに辺りは木々がまばらに生えている草原のため、夕刻で暗くなっているとはいえ、もしかしたらあちらから俺達の姿が見えてしまうかもしれない。
「インビジブルを持つヘルバさんに感謝ですね。おかげでこうやって堂々と調べられますから」
「どういたしまして……けど、こうなってくると夜襲も危険かも。私だと部隊全体を隠すほどの能力は無いし、仮に暗闇で身を隠しても夜目が効くアビリティの人に簡単に見つかちゃうかも」
「そうね……けど、この森から逆に孤児院を見張るのは容易そうね」
「ただ、しっかり身を隠さないといけなそうですね……しかし、驚きましたね。最寄りの村から大分離れていますよ……」
モカレートはそう言って、村の方へと続く道を振り返る。その先に村は視認することは出来ず、ストラティオで駆け抜けたとしても10分ほどは掛かる。モンスターや野盗が普通にいるようなこの世界でポツンと1件だけ建っている孤児院というのはかなり危険である。
「あの~……少し言いにくいことがあるんですが……」
「どうかされましたか?」
「私、こっちから出たと思います……」
システィナはそう言って、森の方へと指を差す。
「この森から?」
「はい……建物から出た時、木々が茂っていたのは覚えているので……それで、確かこの道を走って逃げたと……思います」
そう言って、俺達が立っている道を眺めるシスティナ。
「暗い闇の中……必死に走って、森を抜けたら何にもない草原で……道があってその道をひたすら……もし、孤児院があることに気付いて、あちらに逃げていたら今頃どうなってたんですかね……」
すると、今度は丘の上にある孤児院へと視線を向けるシスティナ。おもむろに両手で自分の腕を掴み体を震わせ始める。
「大丈夫?」
「はは……少し怖くなりました。危うく実験生物になりかけていたんですね私」
「……そろそろここを離れましょう。ヘルバもずっとインビジブルを掛け続けるのは大変でしょうから」
「そうだね」
システィナへの気遣いとは思われないように、ココリスの話に乗って返事をする。さっさとこの場から離れた方がいいだろう。そう思って、全員で部隊が野営している場所まで移動を始める。すると、ドルチェが急に森へと顔を向けて何かを確認し始める。
「森の方から誰か来てる……!」
「敵意は!?」
「今は警戒中……だけど、こっちに向かって真っすぐ来てる!」
それを聞いた俺達は各々の武器を構え、システィナとミラ様には後ろに下がってもらう。こちらの姿は俺が消している以上、あちらには見えていないはず……だが、この世界の多様なアビリティのことを考えると安心は出来ない。
(……あっち。見えた)
ドルチェが念話で正体不明な相手を発見したと報告をする。そちらを凝視すると森の木々に隠れながらこちらを覗き込む何者かがいた。吐息から出る音を消すために口元をバンダナのようなもので隠しているように見える。
(あの様子だと位置は特定できても、こちらの姿までは確認できていないようね)
ココリスの言う通りで、バンダナで口元を隠したその何者かは頭を動かして周囲を見渡しているように見える。もし、こちらの姿が見えているなら、あんな風な動きはしないだろう。
(動くと……バレるかな?)
(音が出るからね。離れるまではこのまま静かにいたほうがいいかも……)
(……捕まえようか?)
(出来るの?)
(うん。だって……私、ドリアードだよ?)
俺はなるべく足音を立てずに近くの木までやって来て『植物操作』を発動させる。
「ぎゃあーーーー!!!!」
森の中から男性の悲鳴が木霊する。暗闇の中でいきなり周辺の木々が動き出して、自分を捕らえようとすれば、そのような反応になっても仕方ないだろうと思う。
「があ……!!」
「あ、やば……」
うっかり別のことを考えていたら、捕えた奴を強く締め過ぎたようで苦しむ声が聞こえてきた。俺は慌てて、少しだけ木々の束縛を緩める。
「捕えたよ。私もうっかりしてたけど……今の私って木の精霊だからさ。森って私のテリトリーなんだよねwww」
そう言って、俺は小さく笑う。これは嘘でも何でもなく本当にうっかりしていて、いつもは『種子生成』から作り出した植物を操っていたので、こんな風に自然に生えている植物を操るのは初めてだったりするのだ。
「つまり森はヘルバさんにとっては、全てが武器ということなんですね……」
「お、恐ろしい……これで多種多様な強力なアビリティが使えるんですもんね……」
ミラ様とハルートが俺を畏怖するような目で見る。確かに森全体が凶器になるというのは、俺自身、恐ろしいと思っている。それ以外にも、俺には『ヴァーラス・キャールヴ』という空間生成系のアビリティがあるのだから、俺が不利な空間で戦うことはまずない。そこに『オーディン』と『木魔法』というチートアビリティが成長中……もはや俺自身が恐ろしい存在と思われても仕方ないだろう。
「とりあえず……捕まえた男がどんな奴か見る?」
「そうね……そんな暇は無いと思うけど」
「ああ……それもそうか」
ココリスのその言葉に、俺は再度、木に手を当ててすぐさま反撃の準備を整える。あの男の悲鳴を聞いた奴らが集まるだろう。そこを一網打尽に出来れば……。そう思っていると、ドルチェから『ロード・マップ』に反応アリとの報告が来たので気を引き締め、相手が来るのを静かに待つ。
「来ないで下さい! 植物が襲って来ます!」
捕らえた男が叫び、森の中の仲間に植物に警戒を促すが、360度植物に囲まれた状況ではその情報はあまり役に立たないだろう。すると、何か重たい物を下に下ろすような音と別の男性の声が聞こえ始める。
「帝国軍関係者だと見受ける! こちらに争うつもりは毛頭ない! 我が名はヘルマ・ガンドラ! この辺りの領主だ!」
そう叫ぶ男性。ドルチェが『ライト』を飛ばして森の中を照らすと、捕らえた男よりさらに若い男性が両手を上げている姿が見えた。
「(間違いありません。ヘルマ・ガンドラです)」
ハルートさんがこの若い男がヘルマ・ガンドラで間違いないと断言するので、直ちに武器を下ろし、その場で地面に這いつくばるように命令する。本当なら、視界の悪い森の中では無くて、森の外へと出てきてもらいたいところだが、それだと孤児院から見られる可能性があるのでここは仕方なくその場に這いつくばってもらう。
「私とココリスさんにモカレートさん。それとマンドレイク達で見てきますので、ここで待ってて下さい」
ハルートさんはそう言って、3人とマンドレイク達で森の中へと侵入し、今も『ライト』によって照らされているヘルマ・ガンドラが立っていた場所へと向かう。その向かう最中に、特に邪魔などが入ることは無く、3人とマンドレイク達はヘルマ・ガンドラが立っていた場所に辿り着き、その場で他にいるだろうヘルマの兵に投降するよう促す。這いつくばっているだろうヘルマも大人しく従うように指示をするので、すぐさま2人の男と1人の女が現れる。3人が何かしらの確認をしたところで、俺達が呼ばれたので森の中へと入っていく。
「ごめんね……」
俺は森の植物達にそう言いつつ、『植物操作』で3人とマンドレイク達がいる場所まで続く簡易な道を作り出す。そして、俺だけ『インビジブル』を解除して先頭でその道を進み、先に森の中に入った皆と合流する。
「子供……? こんな子がこのような強力なアビリティを使用しているのか?」
捕らえられた連中が、俺を見て呆気に取られている。ここで俺はいかにも子供ですという雰囲気を出すための演技を始める。
「強力……私のアビリティって、やっぱり強いのかな?」
「称号持ちのモンスターを4体も狩ってる子供はあんたぐらいよ」
「ふーーん……それで、この人達どうするの? 必要ならこの子達が喋らせてくれると思うけど?」
俺はそう言って、『種子生成』から生み出した種を『植物操作』で一気に成長させた鋭い棘をたくさん持つマリシャス・ソーンの蔦をうねうねと動かして捕らえた連中に見せつける。また、周囲の木々も操作することで徹底的に相手の戦意を削いでいく。ココリスの先ほどの言葉と今の状況を見て、捕えられた連中の額から汗が滲み出ていた。
「ふふ……お好みで色々な毒薬もあるから、好きな物を選ばせてあげる♪」
「ひっ!?」
笑顔でそんな話を続ける俺を見て、ついに捕らえた連中の1人である女からか細い悲鳴が聞こえた。それを聞いていた俺はすかさず、そちらへとゆっくりと……マリシャス・ソーンの蔦と一緒に近付いていく。
「待ってくれ! 本当に待って欲しい!! 我々は皇帝と事を荒立てるつもりは無い!」
「じゃあ……ここで何をしていた? 既にこの辺りで違法な研究が行われていた事実をこちらは掴んでいるぞ。そして、そこに領主であるお前がいる。ガンドラの冒険者ギルドマスターであるティミッドの不審な行動に冒険者ギルドへの多額の資金提供……証拠は挙がっているぞ!」
「若様は悪事など働いていない! それよりも……」
「よせ! それ以上は……」
「黒幕はグランドマスター……か。なるほど……」
「なっ!? まさか……思考を……!?」
「……ふふ。ちょろい」
ある程度の予想はしていたので、とりあえず一番怪しい人物を口にしてみたのだが……どうやら当たりのようだ。しかし、冒険者ギルドのグランドマスターとは……何とも面倒な相手が敵のようだ。
「流石、ヘルバさん……演技がお上手ですね」
「それほどでも。それと……そっちの方向に領主達が構えた拠点があるから話を訊くならそっちの方がいいかも」
「なっ!? ど、どうして……?」
人を嵌めたり、的確に拠点を言い当てたりする俺に困惑している領主一行だが、俺達はそれには何も返答せず、全員をすぐさま拘束して彼らの拠点へと移動するのであった。