177草
前回のあらすじ「領主邸に殴り込みにいったら空振った」
―「宿場町ガンドラ・領主邸」―
ここの領主が用意した護衛やモンスターが待ち構えていると身構えながら、領主邸までやって来た俺達だったが、屋敷内に入った後もそれらと出会う事はなかった。今は領主邸内の探索と警備をハルートさんの部下達に任せ、俺達は一番怪しいと睨んでいる領主の書斎で家捜しの最中である。
「このチェックし終えた物は片しておきますね」
「ありがとうございますシスティナさん。それで皆さん。何か見つかりましたか?」
「全く見つかりませんね……ドルチェさんはどうですか?」
「特にこれと言ったものは見つからないかな……ヘルバは?」
「帳簿を見てる……それでティミッドっていう人とよく取引しているみたいなんだけど、この人って何者だろう?」
「ああ。それこの町の冒険者ギルドのギルドマスターですよ。怪しまれないように冒険者ギルドへの援助の名目で研究に必要な資金を回していたのでしょう」
「冒険者ギルドの長も共犯となれば、他の冒険者ギルドが持つ様々な情報も容易に得られるでしょうから、研究や護衛などの人材を集めるのにも一役立ちそうですね」
「まあ、それ以外にも共犯者が大勢いるんでしょうがね……」
本棚を調べつつハルートさんが溜息を吐く。本来中立の立場である冒険者ギルドのギルドマスターが共犯となればかなりの大事件であり、国内外の冒険者ギルドへの信頼の失墜になりかねない。また、それを犯した冒険者ギルドのギルドマスターもそれ相応の罪に問われる。今回の件で言えば、親族共々処刑とか鉱山送りは免れない。もし、ギルドマスターが共犯だとしたら、そんな危険を犯してまで何を得たかったのだろうか……。俺がそう思っていると、この部屋の扉を誰かが叩く。
「失礼します。冒険者ギルドのギルドマスターの件でご報告があります」
「入れ」
ハルートさんがそう言うと室内にハルートさんの部下の人が入って来る。そして、冒険者ギルドでの現状の調査報告がされ、ギルドマスターであるティミッドも数名の職員と一緒に行方を眩ましたとのことだった。この件に関して、帝都にいるシュマーレン皇帝とグランドマスターには報告済みであり、グランドマスターの権限でここの冒険者ギルドの調査が本格的に行われているということだった。
「これでティミッドの共犯は確定かな」
「領主の後を追った可能性もありますが……この資金提供も踏まえると一緒に逃げたってところでしょうか。そうなると、この宿場町は放棄したってことでしょうか?」
「でしょうね……もしくは時間稼ぎかもしれません。ここを管理する者達がいなくなった以上、町を維持するためにいくらか兵を常駐させたり、この後の方針を決めたりしないといけませんから」
「明日は研究所に向かうんだよね?」
「もちろんです。そのための引継ぎとか、この後の段取りの調整をしてくるので、この屋敷の探索は皆さんにお任せしてもよろしいでしょうか?」
ハルートのそのお願いに俺達はすぐさま了承する。領主達が変な手を打ってくる前に、明日すぐにでも移動したいと思っているので、ハルートにはそれらの用件をさっさと片付けてもらわないといけない。そして、俺達もこの領主邸の調査を今日中に終わらせる必要があるだろう。
「皆。頑張ろう!」
「「「「おおー!」」」」
それから途中休憩を挟みながら室内を探索したのだが、結局それに繋がるような物は見つからなかった。そこで今度は、皆で屋敷内を回ることになった。特に場所は決めず、俺の『スキャン』で怪しい物が無いか捜してみる。辺りを見回しながら廊下を進むと、先程の執事さんがハルートさんの部下の隊員と話しをしているのを見掛けたので、声を掛けてみることにする。
「こんにちは! 調子はどうですか?」
「お疲れ様です皆さん! 今はこの執事さんから話しを伺いつつ屋敷内を調べています」
「何か見つかりましたか?」
「いえ。特には……」
「大変申し上げにくいのですが……何かの間違いでは無いでしょうか?」
すると、俺達の会話に執事さんが割り込んでくる。その執事さんの発言に隊員の人達が憤るのだが、俺はそれをやんわりと窘めつつ執事さんの話を聞いてみる。
「坊ちゃまの元で長く務めさせて頂いてますが、領民だけではなく屋敷内の使用人達に気を配り、この前の疫病の騒ぎでは私財を投じたり、一部の温泉宿を貸し切って療養所としての利用させたりして鎮静化を図っていらっしゃいました。それなのに、違法研究などのような悪事を働くとは……。」
「しかし! 実際にそこの女性はその研究所で違法労働させられたとの証言もある! それに……」
「チョット待って! ねえ、執事さん。少し訊きたいことがあるんだけど……」
「何でしょうか?」
「領主様が出掛けてから何か無くなった物とかある? 例えばお金とか金目のような物なんだけど」
「金目の物ですか? いえ……先ほど屋敷内の貴重品などを納めている部屋にご案内したのですが、特に持ち去られた物はございませんでした。お金に関しましては、領土を納めるお金ならそのままでした」
「ということは……領主様がお金を持って行ったとしたらそんな高額ではない感じ?」
「そうですね……まあ、そこそこの大荷物を持っていかれていましたので、そこに詰めたと言われれば何とも……」
「大荷物?」
「はい。ストラティオにリュックやテントなどを載せていましたから……」
「テント……?」
「はい。それ以外にも食料とかもご用意されていたので野外の調査をされるのかと……」
「もしかしたら逃亡する気なのか……? 隊長に報告した方がいいかもしれないな」
「……ねえ。執事さんとしばらく話をしてるから報告してきていいよ?」
「ありがとうございます。すぐに戻りますので……」
隊員達がハルートへと報告に向かったところで更に執事さんに質問をしようとすると、その前に執事さんから質問が来る。
「貴女は一体……?」
俺を見てそう答える執事さん。見た目だけならロリ巨乳の俺。そんな子供が大の大人……しかも軍に所属する人達と対等に話をしているのは不自然だろう。
「私、これ……」
俺は冒険者カードを取り出し執事さんに見せる。この見た目でAランク冒険者という事実に驚きを隠せなかったようで、「こんな子が!?」と小声で漏れていた。だが、俺がAランクの冒険者だと分かると、すぐさま襟を正し、「どのようなお話でしょうか?」と尋ねてくれたところで、さっそく執事さんに質問してみる。
「執事さん。連れて行った兵ってどんな人達で何人連れて行ったの?」
「どんな人達ですか……坊ちゃまに忠誠を誓っており、そう簡単に裏切るような者達では無いですね。腕も立つので、そう後れを取るようなことは無いかと……あ、人数は3人です」
「3人……か。ねえ、後……」
隊員の人達が戻る前に、色々と質問をしていく俺。他の皆も質問したりするかと思ったが、俺と執事さんのやり取りを静かに聴いているだけだった。
「ありがとう!」
「いえいえ。坊ちゃまの疑いが晴れるならこのくらいは……」
そう言って、執事さんは帰って来た隊員達と一緒にこの場を離れて行った。
「……で、何か分かった?」
「あの執事さんは無関係だったよ」
こっそり発動させていた『フリーズスキャールヴ』で調べた執事さんの鑑定結果を話す。執事さんの話した通りで、先代からここの家に仕えており真面目な人だということが分かった。執事としての腕も確かであり領主の良き理解者とも出ていた。
「良き理解者……か」
「うん」
「ヘルバさんの鑑定結果から考慮すると、領主が悪事を働いていたらすぐにでも気付きそうですね」
「あの~……領主を守るために嘘を吐いているとかは? 逃げるための時間を稼いでいるとか……」
「システィナの意見ももっともなんだけど……先ほどの話を聞いてみると色々と不自然なんだよね」
「どういうことですか?」
「逃げるならお金ってそれなりに持って行った方がいいでしょ? それなのに領土の運営資金には一切手を出さず、それよりも野営の道具を持ち出した……これって逃げるにしては不自然じゃないかな?」
「そうですか? 宿場町に泊まるのは危険だから野宿を選んだとも……」
「そうだとしても、その後の逃亡生活を考えたらお金ってあった方がいいと思うんだよね……」
「それは確かに……」
「(すみません。ここを開けてもらってもよろしいでしょうか?)」
その声と近くの窓を叩く音が聞こえたので、そちらを振りむくと先日お世話になった仲居さんが窓の向こう側に立っていた。今、俺達がいるこの場所は2階であり、どうやって立っているのだろうか気にしつつも、窓を開けて中へと入って来てもらう。
「ありがとうございます。諜報員ということで表立って中に入る訳にはいかなかったもので……」
「今日はそちらの宿にお世話になろうかと思っていたのですが……何か急ぎの御用ですか?」
「はい。皆さんが出立してからの事でご報告がありまして、あの後、領主の子飼いの者がやって来たのですが……少し気になる事が」
「気になる事?」
「既に皆さんが出立したことをお知らせすると、小声でチャンスだと……」
「チャンス……か」
「はい。その後、他の者が追跡したのですがそのまま領主邸へと戻り、今日の朝、領主と共にどこかへと向かわれました」
「追跡はバレてましたか?」
「いえ……と言いたいところですが、一度こちらへと振り向く素振りを見せていたらしく、もしかしたら……」
「なるほど……」
俺はすぐさまシスティナに『フリーズスキャールヴ』をもう一度掛けて領主の事が書かれている情報を確認する。
「ああ……そう捉えることも出来るかな……」
「ヘルバ?」
「ごめん。もしかしたら私の鑑定に誤りがあったかも」
今までの話と『フリーズスキャールヴ』の情報を組み合わせたことによって、俺はとある可能性に気付き、自分のその考えを皆に伝えるのであった。