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175草

前回のあらすじ「ヘルバという存在に迫る」

―早朝「平野の宿場町・大通りに面する宿」―


 窓から入る朝日によって目覚めた私は……俺はベットから起き上がり窓の外を見る。前にある道を行き来する人はおらず、外の冷えた空気が早朝だと教えてくれる。そこで昨日のことを振り返っていく。当然、思い出した記憶達も頭の中に現れるのだが、記憶に押しつぶされるようなことにはならなかった。


「熱が原因……だったのかな」


 記憶に押しつぶされる形で寝落ちしてしまった昨日の夜。窓から室内へと振り返ると、そこには誰もいないのだが、近くにある木製の椅子に置きっぱなしの膝掛けと、机の上にあるティーカップが誰かがここにいたのを教えてくれる。


「あ、ヘルバさん! 起きたんですね!」


 そこにミラ様が扉を開け、室内へと入って来る。その手にポットが握られていたので、ここにいたのはミラ様だったのだろう。そんなことを考えていたら、ミラ様が俺の額に触れて熱を計り始める。


「……熱は下がってるようですね。気分はどうですか?」


「うん。スッキリしてる……かな。ゴメンね……迷惑かけちゃって」


「いえいえ! 教会に来られる方々の悩みを聴いたりするのでお気になさらないで下さい。それよりも……」


「あはは……聞いちゃったよね? 私の大きな独り言……」


「……はい。ヘルバさんって前世は独身だったと聞いていたんですが」


「……そうだよ。だけど……別の私はお腹を痛めながら生んだ可愛い我が子もいたの」


「それって……」


「皆は?」


「食堂で朝ごはんを食べてますよ」


「じゃあ……私も行こうかな? 昨日から何も食べてないし……ミラ様は?」


「交代で取るつもりだったのですが……」


「それじゃあ一緒に。昨日、何があったのか説明しないといけないしね」


 俺はそう言って、軽く身だしなみを整えてから部屋のドアを開けて廊下に出る。ミラ様とどんな話をすればいいのか分からず、静かに食堂のある1階へと進む。夜は酒場としても利用しているらしく、バーカウンターも併設された造りになっていた。


「おはよう」


 そのまま皆が食事をしているテーブルへと移動し朝の挨拶をする。昨日とは打って変わって、落ち着いた俺の様子に皆が驚きの表情をするのだが、俺はミラ様と一緒に席へと座る。


「もう動いて大丈夫なの?」


「うん。色々、落ち着いたから大丈夫……昨日みたいに、何か頭が締め付けられるような感覚も無いし」


「システィナさんの様子を気にし過ぎて、子供であるヘルバさんへの気を配るのを疎かにしてしまいました……」


「気にしないで。いつも中身は大人だって言ってたし、それに……私のいくらかは子供だったからね」


「いくらか……それってどういう意味かしら? それに……色々気になることを言ってたわよね?」


「移動してる時にでも話すよ。お腹すいちゃったしね……」


 俺は椅子に座り、店員に注文する。それから、朝食が出るまでの間に今日の予定について話をする。昨日のシュマーレン皇帝との話し合いの後、俺がベットで休んでいる間に一度ハルートさんと相談をしていたらしく、俺の容態次第ではここで追加部隊と合流するつもりだったらしい。


「それじゃ……すぐにでもハルートさんに移動する旨を伝えないと……」


「ここで待ってればいいよ。ハルートさんが早朝にこの宿に訪れる予定だから……ヘルバは朝食を取ったら準備をしておいでよ」


「話を聞かなくていいの? 私って何か今回の作戦の要って気がするんだけど……」


「大丈夫! ほら、今日は移動するだけだからさ……移動時の陣形と緊急時の陣形を決めたり、休憩や休息をどのタイミングで取るのかその程度の話だと思うよ」


 ドルチェの言う通りで、確かに今日は移動だけになるだろう。しかも、俺達の周りをハルートさんが率いる部隊が同行するのだから、それを襲ってくる輩はそうそういないだろう。


「それとですが……ヘルバさんは私と相乗りして下さい。私が操縦すれば、ヘルバさんは寝ることが出来ると思いますので」


「マンドレイクは?」


「ハルートさんに頼んで他の隊員の方に載せてもらいます。皆も分かりましたか?」


 モカレートが床でまったりとしていたマンドレイク達にそう伝えると、驚くんーちゃんを除いた全員がその短い手を上げて了解の意を伝える。すると、このタイミングで店員が料理を持って来たので、それを早速いただく。食パンにマヨネーズと卵を和えた物たっぷりと挟み、それをピザトーストにしたような物をナイフとフォークを使って切り分け一口食べる。朝食にしてはかなり重めの料理だが、若い体のおかげで余裕で食べ進めることが出来る。


「それで今日の昼食だけど……あちらと一緒になるから、今日はお休みしなさい。あなたが作る料理を見せてしまうと、恐らく部隊全員の料理を作る羽目になると思うから……」


「分かった。それじゃあ……」


「それと……薬や種子の作成はほどほどに。体調を崩してるのだから休む事に専念しなさい」


「……はーい」


 ココリスのその母親のような発言に、俺は素気の無い返事をする。その返事の仕方に我ながら少し幼さを感じてしまうが……俺の一部が子供なのだから、それもしょうがないだろう。その後、朝食を取り終えた俺は部屋に戻り支度を整えた後、皆と合流して宿場町を出発した。俺達の前後を挟むように組まれた隊列であり、システィナを奪うなら真横からの襲撃に弱い気もするが、ドルチェの『ロード・マップ』による探知によって、不審者達の位置はすぐにバレるので問題が無かったりする。


「さて……そろそろ、話してもらっていいかしら?」


「そうだね……じゃあ、まずは皆が良く知る俺の話からかな」


 『淑女の嗜み』によって言えなかった「俺」という単語。それがすんなりと口にできたことにほんの少し驚きつつ、俺がどんな人物だったのかを説明を始める。


「俺は前世では会社員……まあ、どこかの商会に務めている人ってもらってもいいかな。趣味は釣りと釣った魚での料理。薄っすら頭皮が見え始めていて、しかも40代ということもあって……結婚は半ばあきらめていた独身男性……それが俺」


「ヘルバさんの様子からして何となくでしたが……まあ予想通りの前世の人物ですね」


「それで……僕は3人家族の男の子で。お父さんは仕事が忙しくて母親と2人暮らしで……信念を祝う初詣という行事の時に着物を着たお母さんは綺麗だったな……」


「それって……どういうこと?」


 話を聞いていたドルチェが、あたかも「俺」と「僕」は別人のように話をする俺にどういうことなのかを訊いてきた。そこで、俺は自分が分かる程度の事実を話す。


「……私。複数の前世の記憶をもってたの。ただ……前世という表現も今や曖昧で……一定の時代を生きている人達の記憶が有しているって感じかな……」


「複数の記憶……?」


「分かりやすく言うなら……ここにいる皆の記憶をそれぞれ有している感じかな。ただ、私は当然1人だから……」


「前世と呼ぶなら私達のいずれか1人であって、それ以外の記憶は誰かによって植え付けられた記憶……ってことかしら」


「うん。それで今、話した以外にも……」


 俺はそこから自分の記憶を1つ1つ紐解きながら話し続ける。料理が得意で結婚もしている女コックの「私」や、戦闘機に乗って敵の船に体当たりした「おいら」。引きこもりでオンラインゲームばっかりして、ゲーム内の友人が多かった「私」。両親が共働きで、祖父母の家で暮らしていた「わたし」など、ゆっくり……少しずつ話していく。それを皆は静かに……分からない単語とかもあったはずだが、ただただ聴いてくれた。とんでもなく長い時間話したつもりだったが、昼食を取るための休憩の前には話は終えてしまっていた。そして……今は隊員の人達が用意してくれた昼食を食べながら、今度は皆が思っていたことを訊いて答えていく。


「つまり……ヘルバは話してくれた37人の記憶を有しているって事?」


「多分だけど……もっといると思う。あまりにも断片過ぎて思い出せても何の手掛かりにもならない記憶もあったりするから……」


「その記憶の共通点の1つが、ある一定の時代ってことですが……どれくらい範囲なんですか?」


「100から200年……かな。しかも、思い出せる記憶の人達全てが日本っていう島国で死んだ人みたい」


「そう判断する理由を訊いてもいいですか?」


「過去の文明を築く前の人類の記憶とか……日本の戦国時代と言われる時代と繋がる記憶が無いんだよね。未来も同じかな」


「日本っていう島国で死んだ人……って表現だけど、島国の出身者って訳じゃないの?」


「少ないけど日本で死んだ外国の人も含まれているんだよね。そして……これらの記憶のもう1つの共通点なんだけど、この記憶の人達全員が何かしらの未練を持っていたり、理不尽な死に方をしているんだよね。突然の事故で死んだり、夜中に家に押し入って来た強盗に襲われたり……中には親のストレスの捌け口で首を絞められたり……」


 俺はそう言って、おもむろに首に手を当ててしまう。今は何もされていないはずなのに、何故か首を締め付けられる感じがしてしまう。


「じゃあ……昨日のアレって」


「私の中の記憶達の最後……その時の負の感情が溢れた感じかな。あまりの多さに私が耐え切れずに、最後は意識を手放しちゃったけどね」


 そこで、俺は皆を心配させないように薄っすらと笑みを浮かべる。だが、それを見た皆は俺を心配するような様子であった。普通の人ではありえない、大勢の人々の記憶を有するという事。それが自分だったら今の俺のようにいられるのかと想像したら不安になる気持ちは分からなくはない。実際に、昨日の俺は本当に心が壊れかけたのだから。


「気を失ってなかったら危なかったかもね……むしろあそこで気絶して良かったかも」


「それ、笑顔で話すような内容じゃ無いからね……」


「分かってるよドルチェ」


「ヘルバさん……フリーズスキャールヴには訊いたんですか?」


 ミラ様のその質問に俺は「まだ」と答える。すぐにでも訊いてみたい気持ちもあるが、何となく訊くのが怖いという自分の気持ちもあって、心の準備が整うまで……この件が片付くまでは訊かないと明言する。


「これで私の分かってる範囲の話は以上かな……」


「私も大変ですけど……ヘルバさんもかなり大変そうですね」


「システィナは気にせず、今は自分のことを優先すればいいわ。それでヘルバ……何と言えばいいか分からないけど……相談には乗るわよ」


「うん」


 ココリスのその言葉に、俺は二文字の短い返事をしてその話を終わりにする。どうして俺にこんな大量の前世の記憶があるのか、そしてその記憶の人々の共通点がどうしてその2つなのか……まだ、分からないこともたくさんあるのだが、今はガンドラで起きている事件を解決することを優先する。これが終わったら……教会に出向いて、恐らく事情を知っているはずであるアフロディーテ様から直接訊こうと思うのであった。


 そして昼食を終え、再びガンドラ手前の宿場町を目指して移動を始めるのだが、俺は昨日の夜の疲れもあったのかモカレートの女性特有の柔らかい体に身を預け、そのまま眠りに就いてしまうのであった。

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