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174草

前回のあらすじ 読者:「ハルートって誰?」

        作者:「156草に登場した人物。漫画なら1コマだけの登場人物です」

―夕方「平野の宿場町・冒険者ギルド」―


「……以上が現在の調査報告になります」


(なるほどな……流石、優秀な冒険者達だな。あっという間にここまでの情報を手に入れ、石化の原因となった少女を保護するとは……解除薬の方はどうだ?)


「石化した追手の体の一部を使って調合を試みたんですが、成果は芳しくないですね」


「私の方も同様ですね。まあ、移動中もアビリティを使って調べられるヘルバさんと比べれば圧倒的に少ないですが……」


(ホルツ王国でも一二位を争う薬師である貴女の意見は大変貴重だ。そう卑下にしないで頂きたい……とにかく、大至急追加の部隊をそちらへと派遣する。お前達は明朝、ガンドラの1つ手前の宿場町で待機して、追加の部隊と合流してくれ)


「それで依頼料のご相談なんだけど?」


(もちろん追加分は出す。今の10倍だ)


「10倍……私はいいと思うんだけど?」


「ええ。私も同意見……皆もいいかしら?」


 報酬が10倍……普通なら怪しいと思うところだが、その支払いをするのは皇帝なのだから支払いを渋られるような必要な無い。ただし……。


「それだけ危険ってことだよね……」


「そうですね……」


 これから向かう場所は危険なモンスターが保管されている場所であり、その中には改造生物のような強力な存在もいるだろう。下手するとシスティナの蛇達のように即石化などという反則級のモンスターもいるかもしれない。そう安易に引き受けるのも考え物である。


(ただ強いだけのモンスターが相手ならまだしも、今回の相手は特殊な状態異常を使えるかもしれないからな……それらを全て対処できる希有な人物はこの帝国内でもいないからな……)


「つまり……私達ではなくヘルバに頼みたいってことね」


(そういうことだ。どうせその少女の石化能力が誤って発動した時にはヘルバが何かしらの方法で対処したのではないか?)


 シュマーレン皇帝のその言葉に皆が苦笑いをする。何せつい先ほど起きた本当の出来事なのだ。あの時、俺がとっさに『ヴァーラス・キャールヴ』による薬の散布をしていなかったら、俺とシスティナ以外の皆が石像になってしまって、今いるこの宿場町に到着していなかっただろう。


(どうやら図星のようだな……っという訳だ。ヘルバ……すまないが手伝って欲しい)


「……断ったら?」


(さあ……どうだろうな? 検問所の審査が厳しくなるかもな……)


「はあ……分かった。手伝うよ。その方が都合がいいし……」


(それは……どいうことだ?)


「こっちの話だから気にしないで」


 俺はそう言って、この話を切る。思い出したくない……それでいて向き合わないといけない俺自身の問題。俺は前世の記憶があったからこそここまでやれてきた。そして、その記憶が今度は俺に牙を向いている。


 そんな心境の中、シュマーレン皇帝との話を終えた俺達は今日の宿へと向かう。その際にハルート率いる部隊の人達が宿場町を巡回しており、目が合うと軽く会釈をして俺達の横を通り過ぎていった。


「安全が確保されて、システィナも安心したでしょ?」


「はい。これからのことも皇帝から援助していただけることになったので、路頭に迷わないで済みそうです。皆さん……本当にありがとうございます」


「お礼は早いわよ。施設に突入する際に内部の構造に詳しいあなたがいたほうがいいってことで、一緒に行くことになったでしょ? お礼はそこから無事に帰ってからよ」


「分かってます。だけど……この髪の蛇をどうにかする方法があるとしたら、その施設にしか手段も情報も無いでしょうから……」


「私達も出来る限りのことはさせてもらいますね」


 その髪のせいで行く当てのないシスティナだったが、この件が終わり次第、シュマーレン皇帝の方で保護してもらえることになった。ホルツ王国に戻るまでにシスティナの身をどうするか決めるつもりだったが、それが早く片付いて大助かりである。


「あ、ハルートさんが言ってた宿ってここだよね」


 ドルチェが指差す建物を見ると、確かにハルートが言っていた宿屋である。俺は『スキャン』を使って宿屋の情報を見ると「安心して下さい! 敵はいませんよ!」と表示されている。


「安全だって……多分」


「「「「多分……?」」」」


 俺のその言葉に皆がどういうことだろうと首を傾げる。しかし、俺がこの情報を信用できないのはしょうがないだろう。何せ前世で見たことがあるネタをぶち込んでるのだ、ここが本当に安全なのか怪しいと疑ってもいいはずである。


「どうして多分なの?」


「前世で見た事のある芸人のネタと掛けてるからさ……本当に安全なのか少しだけ不安になっただけだから気にしないで……あ」


 ふと、そこでその芸人が映っているテレビを見ている光景が頭を過る。テレビを見ているのは俺だけではなく妻子も一緒……。


「ヘルバさん?」


「ん? な、なに……?」


 ありえない光景に戸惑っていると、ミラ様が俺の名前を呼ぶのでそちらを振り向く。すると、ミラ様は俺の額に手を当てて来た。


「少しばかり熱があるようですね……部屋で休まれたほうがいいですよ」


「……うん」


 俺は夕食はいらないと断ってから、自分に当てられた部屋へと入り、そのままベットの上に転がる。そして先ほどの光景を再度振り返る。俺の視界に映るのは間違いなく自分の妻子である。ただし、その名前は思い出せない。


(頭の中は理解してる。これは自分の記憶だと……しかし、それとは別にその記憶の男性とほぼ同年代の独身男性の記憶もある……髪のボリュームからしても別人なのも間違いない……)


 ゆっくり……今、思い出せる前世の記憶をそれぞれ比較していく。その中には時系列が分かるものもあり、ほぼ同時期なのに2人の私と俺が存在しているのが分かる。さらには過去と未来を比較するのだが……妙なことにそこまで年代は離れていない。新幹線の食堂車を利用した記憶に、バブリーダンスを踊ったり、VRを使用したゲームをやっていたりと、日本の高度経済成長期から100年先程度ぐらいの記憶しかない。


(……じゃあ本当の俺は誰だ?)


 今まで俺を支えた頭が寂しい中年おじさんの姿があやふやになり、俺という存在が曖昧なものになる。自分という存在が消える……いや、何か異物と混ざり合うようなその感覚に、俺はとてつもない不安を感じてしまう。俺はそこで考えるのを止めて、この不安を鎮めようとする。一番はこのまま眠りに就ければいいのだが、不規則に叩く胸の鼓動がそれを妨げる。こんな時はどうすればいいのかと振り返ると、寝付けずにいた僕のために母親が一緒にいてくれた記憶が蘇る。こんな状態でも、俺の記憶達が主張し合い、俺の精神を削っていく。そのあまりの辛さに、ついには俺は泣き出してしまう。そして、そのままベットの上で悶え苦しむ……。


「ヘルバさん!」


 不意に自分の今の名前を呼ばれ、ベットから体を起こす。


「……良かった。ヘルバさんうなされていたんですよ」


「私……寝てたの?」


「はい。夕ご飯を召し上がらずに休まれたので、様子を見に来たのですが……」


 ミラ様がそう言って、また額に手を当てる。その表情には焦りが見られ、薄っすらと汗を掻いていた。そんな暑くもないこの時期、むしろ夜なので肌寒いぐらなので、もしかしたら大分長い時間うなされていた自分を看病してくれたのかもしれない。


「やっぱり熱がありますね」


「ヘルバ。入るわよ」


 ミラ様が俺の体の様子を見ていると、ココリスがドルチェとモカレートを連れて室内へと入って来た。


「とりあえず解熱剤を持って来たので服用して下さいね……それと何か食べれますか?」


 モカレートが近くに来てベット横の棚に薬を置きながら具合を訊いてくる。だるさを感じるが空腹感はある。けど……何かを口にしたいとは思えなかった。


「食欲は……あるかな。ただ……胃が受け付けないけど……」


「昨日から様子がおかしかったけど……熱があったの?」


「そうかもしれない……かな」


 冷静な判断が出来なかったのは、記憶の混在が原因ではなく、体調を崩したからによるものかもしれない。よくよく考えれば、子供であるにも関わらずに長旅に加え戦闘に製薬など慌ただしくやっていたのだ。明らかなオーバーワークである。そう。それが原因……。


「それだけでは無いですよね? ヘルバさん何か悩み事があるようにお見えします。差し支えなければ、お話を伺いますよ」


 そこでミラ様に現実に戻される。俺が記憶を思い出したのは、熱が原因かもしれない。だが……それが嘘の記憶とはならない。記憶なんて曖昧な物のはずだが、何故か心が「忘れないで……!」と、これが嘘では無いと訴え続けてくる。


「……無理にとは言いません。ただ、疎い私でも今のヘルバさんが抱えている悩みが、極めて深刻な物だと察してます。それなら、少しでもいいので、言葉として吐き出しませんか? 問題の解決や苦しみを理解するとはいかなくとも、ヘルバさんの苦しみに寄り添うことはできますから……」


 ミラ様はそう言って……私を抱き寄せる。顔に感じる仄かな胸の温もりに男としての興奮ではなく、子供の頃の母親に甘えるような……そんな気持ちだった。それに気付いた時、私の目から涙が溢れていた。俺の時のワクワク感ではなく、私や僕が感じていた悲壮感が私の頭の中で一杯になる。


「う……ぐ……」


 私は静かに泣き出す。俺のせいで片隅に追いやられていた感情が溢れ出し、涙となって私の中から流れていく。


「どうして私だったの……家族が……子供が……」


 記憶と関係のある後悔が口から漏れていくのをお構いなしに、私は泣きながら吐き出していく。そして……いつの間にか寝落ちしていたらしい私は窓から入って来る朝日で目覚めるのであった。

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