171草
前回のあらすじ「温泉街脱出!」
―それから数時間後「レッシュ帝国・帝都に続く街道」―
「順調ね」
「うん」
温泉街ガンドラからストラティオを走らせて数時間……街道を順調に進んでいく。時折、荷物を載せた商人の馬車やストラティオに乗った冒険者達とすれ違いにはなるのだが、特に問題になることは無かった。そして今現在、向こうからストラティオに乗った集団が近付いていくる。
「スルーしていいよ!」
そこにドルチェの陽気な声が響く。俺達はその指示通りに警戒せず、そのまま横を通り過ぎていく。通り過ぎた後、念のために確認するのだがそのままその集団は走り去っていってしまった。
「このまま帝都まで行けるかな?」
「さあ……どうかしら。ガンドラに私達がいないと知って、慌てて追手を送ってるかもしれないわね。それと冒険者ギルドもグルなら、通信用の魔道具を使って私達を捕らえるように話をしてるかもしれないし……」
「じゃあ……冒険者ギルドに寄らない方がいいか。親しいギルドマスターとかいないし」
ホルツ王国なら親しいギルドマスターが数名いるので何とかしてもらえるかもしれないが、こちらのレッシュ帝国にはそんな人物はいない。自分達の身は自分達で守るしかないのだ。
「ココリス! 一度休息を取ろうと思うんだけど!」
俺とココリスが話をしていると、先頭を走っていたドルチェから休憩を取らないか訊かれる。俺としては、ガンドラからここまでストラティオが走り続けているので、大分溜まっているだろう疲労を回復させたいところである。それに……。
「私は賛成。システィナもそろそろきついんじゃないかな?」
「わ、私は……」
「我慢しないの。きついならきついで言ってちょうだい。それに私達を乗せてくれているこの子達も休ませないとね」
「は、はい」
ということで、慣れない移動で疲れているだろうシスティナのためにも一旦街道の脇で小休止する。ストラティオの世話を他の皆に頼み、俺はミラ様と一緒に軽食用のサンドイッチを作っていく。
「鳥系のモンスター肉に数種の乾燥させたハーブ、塩、胡椒……」
「贅沢ですね」
「アビリティで作ってるからタダだけどね。それでミラ様。パンを縦に切って軽く火で炙って貰っていい?」
「いいですよ。それと具材の野菜も用意しておきますね」
「お願い」
ミラ様に手伝ってもらいながら調理をすることおよそ15分。周囲に美味しそうなハーブの香りと肉の焼けた香りが漂う中、軽食のサンドイッチが完成する。
「香味チキンのサンドイッチの完成!」
「いい香りですね」
「美味そうね」
サンドイッチが完成したと同時にストラティオのお世話をしていた4人とマンドレイク達が戻って来る。奥の方ではストラティオ達が座ってうたた寝をしている。
「さて……昼食を取りながら、この後の段取りについて話しましょうか」
俺達は昼食を取りつつ、この後の段取りを話し合う……とは言っても、ただ街道を進み、必要なら迫りくる脅威を排除するのは決まっているので、この後の小休憩のタイミングや宿場町に泊まるか野宿するかを決めるだけである。
「しっかりと体を休めるなら、やっぱり宿場町でしょうか。人間、体が資本ですからね」
「そこなんだよね……私もベットで寝たいもん」
モカレートとドルチェが宿場町に泊まりたいと力説する。2人の意見はもっともであり、しっかりとした建物であれば防衛面でも安心感がある。
「ただ逃げるとしたら不便ですよね。宿に泊まるとなったら、ストラティオを一度返却しないといけませんし」
「宿場町で問題が起きれば、衛兵に事情を訊かれてしばらく拘束されるかもしれないわね……」
対して、ミラ様とココリスは宿場町に泊まる欠点を上げる。帝都まで逃げるのに余計なタイムロスは避けたい。ここは快適さを捨てて利便性重視を主張する。
「でも……」
「そうだけど……」
4人の話し合いが白熱する。それをサンドイッチを食べながら黙って眺めるシスティナ。一方、既に食べ終わっている俺はモカレートの代わりに肥料入りの水をマンドレイク達にあげておく。あのような状況では中身が男の俺では言い負けてしまうだろう。このような場合は気配を消し、『インビジブル』で姿を消して静かにしているのが一番である。
「ヘルバさん! ヘルバさんは当然宿泊……ってあれ?」
「いえ、ここは野宿……ヘルバ?」
すると、俺に意見を求めようとして4人が俺を探し始める。すると、キョロキョロと周囲を見渡す3人に対してドルチェがこちらに近付いて来る。その足取りはしっかりとしたもので、俺の姿が見えてはいないが明らかに俺がどこにいるのか把握している様子である。どうやら『ロード・マップ』には『インビジブル』は効かないようである。
「ヘルバ。何で姿を消してるの?」
「だって……討論しているお姉ちゃん達が怖いんだもん!」
「何で子供のフリをしてるの……?」
「ただのノリ。それで決まらなかったの?」
「うん。それでヘルバの意見を訊きたいんだけど……」
「うーーん……出来れば宿場町で泊まりたい。けど、システィナを守るなら野外の方がいいかな。いざという時に掃除しやすいし……」
「つまり……?」
「決まってない。どちらになっても同じような利益と不利益を得られそうだもん。ただ……システィナの体調とかを考えるなら宿場町かな。素直に要望をを伝えられないと思うし……」
「あー……うん。そうだね」
そこで先ほどから傍観していたシスティナにも要望を訊くのだが、やはり俺達の都合に合わせるとういうことだった。これには論争していた4人も冷静になってシスティナにとって本当にいい方を選ぶことになった。さて……冷静になったところでここで一言付け加えるとしよう。
「とりあえず、ギリギリのところまで進まない? 着いた宿場町の様子を見てからでもいいんじゃないかな」
俺の意見に他の皆も納得して、とりあえず進める所まで進むことになった。贅沢な話だが、宿泊する宿の見た目や雰囲気を判断基準に入れても問題無いだろう。そんなやり取りをしつつ、昼食と休憩を終えた俺達は再びストラティオに乗って街道を進もうとする。
「あ、システィナ。これ」
俺は『収納』からフード付きのカーディガンを取り出してシスティナに手渡す。事前に使用していた『フリーズスキャールヴ』の情報からシスティナが若干寒がっているということが分かっていた。それは痩せ過ぎの体だからという理由だけではなく、頭の蛇達の影響も多少なりあるらしい。
「痩せ過ぎで少し肌寒いでしょ? これを羽織ってて」
「ありがとうございます」
そう言って、システィナはストラティオに乗ってから、肩にカーディガンを掛ける。今の気温ならこれぐらいで十分温かいだろう。
「じゃあ……しゅっぱーつ!」
ドルチェと掛け声と共に、再び走り出すストラティオ。秋の適度な温度を感じつつ、葉を落とし始めた木々を左右に見ながら街道を進んでいく。それから小休止もしながら進み、気付けば空が紅くなり始めていた。
「次の宿場町はもう少しね」
「そうですね」
一日中、移動しっぱなしで疲れている俺達。こうも疲れていると宿に泊まりたいところである。俺がそんなことを思っていると、対面から冒険者らしい奴らがストラティオに乗ってやって来る。
「……」
先ほどからドルチェは何も無ければ無視していいという指示を出していた。しかし、前の連中には無言。つまり……。
「タイミング悪……」
俺はとりあえず『ヴァーラス・キャールヴ』を使っていつでも風の防壁を張れるようにスタンバイする。そして徐々に狭まる距離……魔法を使って来るならこの辺りだろう。だが、怪しい奴らはさらに近付いて来る。近接戦でも仕掛けてくるのかと思ったのだが……そのまま俺達の横を通り過ぎていった。ここで後ろを振り向くと怪しく思われるので、連中が出すストラティオの足音が遠ざかるまで耐える。
「……私達が目的じゃなかったのかもね」
ドルチェが言葉を発する。そこで俺達の緊張の糸は解け、警戒態勢も解く。
「危なかったですね。こんな夕方に宿場町を出て移動するなんて早々ありませんから」
「ですね。追手じゃなくても野盗じゃないかと緊張しちゃいましたよ」
「うんうん。システィナも驚かせてゴメンね?」
「いいえ……大丈夫です」
一番、緊張していただろうシスティナ。前を走ってるので姿は見えないが、きっと酷く疲れた表情をしているだろう。そんな中で、俺は冷静に伝えなきゃいけないことを皆に伝える。
「皆。さっきの奴らだけど……服装は冒険者らしかったけど、レッシュ帝国の兵士が着用する装備を幾つも身に付けていたよ。それと、さっきのストラティオの馬具に帝国兵士を示す紋章が付いてた」
「もしかして……味方だったのかしら?」
「分からないかな……『フリーズスキャールヴ』を使うのは避けたから」
シュマーレン皇帝が先んじて怪しまれないよう冒険者の格好をさせた兵士を遣いに出した可能性もある。俺達を警戒したのも夕闇のせいで姿が確認できなかった俺達を盗賊だと疑ったのかもしれない。
「こうなるなら、フリーズスキャールヴを使えば良かったかな」
「そうでもないよヘルバ」
ストラティオを走らせつつドルチェがこちらを振り向く。その表情は緊迫したものであり、どうやら最悪の状況が起きている事を知らせる。
「さっきの連中だけど私達から少しだけ距離を取りながら後を付いて来てる。それと……前からまた集団が来てる」
「まさか……挟み撃ち?」
「かもしれない。それと……両方から敵意の反応があるよ」
それを聞いた俺はフカフカのベットで眠れないことを察しつつ、俺の今日の安眠を妨害した連中を徹底的にしばいてやろうと思い。先ほど用意した毒や種以外にも凶悪な毒を用意しておく。
「ヘルバさん……何か怖いですけど?」
「気のせい……あ、爆発四散させてもいい?」
「止めときなさい。こっちにも被害が出るから……」
「じゃあ白炎を使っていい? 汚物は消毒しなきゃ……」
「あなた……本当は宿に泊まりたかったのね」
「ん? 何の事かな……ふふふ」
俺は自分でも下品な笑みだと思うような表情をしながら、そう返答するのであった。