170草
前回のあらすじ「ブルー・カウのミルク2回目……」
―翌朝「温泉街ガンドラ・穴場の宿」―
「凄いですね……あのミルク。体が少しふっくらしてます」
「そうだね……」
翌朝、システィナが部屋に備え付けられた洗面所で、昨日よりも大分健康的な感じになった自分の頬に触れながら嬉しそうにしている。ブルー・カウのミルクを夕食後にも飲んでもらったのだが、経った一晩で痩せこけた姿から、少しだけ痩せ過ぎぐらいの体型まで戻った。こうなると、このブルー・カウのミルクを飲むのは後2、3回ぐらいでいいだろう。
「毎日飲むのはオススメしない理由がこれで良く分かった気がするよ。昨日今日でここまであっという間に太っちゃうんだから……」
俺はシスティナへと向けていた視線を、鏡に映っている自分へと向ける。そこに映る俺の姿は昨日よりも少しだけ丸くなっているように見える。そこで、寝巻を捲ってお腹を見ると下着にお肉が乗っており、指で掴むことが出来るようになっていた。
「何か下着がきついなとは思っていたけど……ここまでとは」
こんなすぐに太ってしまう不思議なミルクに、俺は「流石、異世界の食材だな」と楽観的に思っており、太ったこと自体にはあまり深刻には悩んでいない。多少太ってしまったが、ブルー・カウのミルクを飲まずにいつもの食生活にすればすぐに戻るだろうし、衣服が全く着れないという訳でも無い。まあ……この胸を覆うブラがきつくて大変にはなりそうだが。
「おはようございます……おふたりで何をされているのですか?」
そこにまだ意識が完全に覚醒していないミラ様が目を擦りながらやって来る。その体型は今の俺達と同じように少しふっくらとしており、着ているパジャマの隙間から柔らかそうな贅肉が顔を覗かせている。
「おはよう……システィナの今の状態を確認してたの。ブルー・カウのミルクって本当に毎日飲むのはオススメしないね……私もこうなったし」
そう言って、自分のお腹の贅肉を掴んで見せる。それを見たミラ様は寝ぼけ眼のまま、自分のパジャマをその場で捲り上げて、お腹を触り始める。へそが若干潰れ、前にせり出したお腹。それはミラ様の手に合わせてお餅のように形を変えていく。見た感じだが……俺より太っている気がする。
「ああ、私もですね……ここまで太っちゃうのは恥ずかしいですね。それに聖女としての立場もありますから、あまり良くないですね」
「確かに。あまりふくよかな姿だと慢心していると勘違いされそうだもんね」
「ですね」
良くないとは言いつつも、そこまで焦っている様子が無いミラ様。今回は肥満薬で太ってる訳では無いので、痩せるのに時間が掛かるはずなのだが……。
「ってことで……ヘルバさん。食欲増進薬を調合してもらえますか?」
「え? あれを飲むと食欲が……ああ、そうか。アレの強烈なエネルギー消費で一気に痩せるのか……」
「そういうことです。多用は体を壊してしまうので、これ1回きりですね」
「リバウンドの恐れもあるからね……」
俺はミラ様の案に乗って『収納』から食欲増進薬と中和薬を取り出し、まずは最初に食欲増進薬を一緒に飲む。すると、強烈な空腹と共に体が痩せていく。
「結構……ゆっくりですね?」
「改良版の方を飲んだからね。通常版はあまりにも極端だったし……」
そうこうしているうちに、大体元の体型に戻った所で中和薬を飲んで効果を打ち消す。強烈な空腹は残ったままだが体がそれ以上痩せていくことは無く、鏡に映る自分の姿は元通りになっていた。
「これ……貴族に売れません?」
「売れるんだけど……これに頼りっきりになる奴がいそうだから要検討かな」
確かに一瞬にして痩せるということでダイエット薬として売れるだろうし、あのアフロディーテ様の事だから後遺症が残らないようになってるはずである。が、これを当てにして大食いする奴とかして不摂生な生活をしでかす奴が出そうなので公にしない方がいいだろう。そんなことを思いながら、洗面所からリビングへと戻る。
「ふん……!!」
「うう……」
「あ、上がらない……」
リビングでは着替えをしていたドルチェ達が身についた脂肪で入らなくなった服を必死に着ようとしていた。3人とも全体的にムチムチとしており、中には抱き心地のいいグラマラスな体と感じる男性も多いだろう。
「あ!? どうして2人は無事なの!? というか太ってたよね!?」
すると、元の体型に戻っていた俺とミラ様を見てドルチェ達が詰め寄って来るのであった。その際に俺が逃げないようにドルチェが抱きしめたのだが……「フカフカして気持ち良かった!」と俺の中に残るオジサンが叫ぶのであった。
そんな朝の一幕の後、出発の準備を整え帝都へと出発しようと部屋を後にしようとした。すると、部屋の扉を誰かがノックする。
「失礼します。至急、お耳に入れたいことがありまして参りました」
俺達は互いに確認してから、仲居さんを室内へと招き入れる。
「何かありましたか?」
「お客様を探されている方……領主の子飼いの連中だと思われます。至急、この町から離れた方がいいかと」
その言葉に思わず、俺達全員が驚きの表情をしてしまう。普通に考えれば、領主の関係者が探しているというなら大人しく引き渡すのが筋である。ましてやその領内で商売をしているのだから、余計にこのような行動を取るべきでは無いだろう。俺はそれが気になって『フリーズスキャールヴ』を仲居さんに使用する。
「……こんなことをして仲居さんは大丈夫なの?」
「その時は通報する前に逃げられたとでも言っておきます。今は……ここの領主も冒険者ギルドも信頼できませんから……お客様方は既にご存知なのでしょう?」
「それは……」
「皆、話していいよ。この人……諜報員だから」
「その通りでございます。流石、皇帝から信頼を得ている方々です。まあ……諜報員はついでなのでここの仲居として扱って下さい。既に帝都に皆様が来る旨を文にして送ってますので、このまま帝都へと向かっていただければ」
「ありがとうございます。でも……私達がここに泊まらなかったらどうしてたんですか?」
「それはそれでここの仲居をやりながら出来ることをしたまでですよ。それよりお早く……」
俺達は仲居さんの案内で宿の裏口へと案内される。その際に他の従業員にも遭遇するのだが、何も言わずに静かにその場を離れていった。その様子からして、ここにいる従業員全員が皇帝に仕える何かしらの役職を持ってるのかもしれない。
「こちらを真っすぐ城壁までお進み下さい。そこに私どもの仲間が待機してますので、その者にお声を掛けて下さい」
「分かりました」
「あの……ありがとうございました」
「いえいえお気になさらず。またいらした場合は是非とも我が宿をご利用下さい……それでは」
仲居さんに見送られながら、俺達は教えてもらった通りに城壁へと進む。すると、城壁付近に仲居さんと同じ格好をした女性が立っており、その後ろの城壁には縄梯子が掛けられている。
「お待ちしておりました。この城壁の向こうに足となるストラティオをご用意しておりますのでご利用下さい」
俺達は軽くお礼を言って、縄梯子を使って城壁を上がっていく。城壁の反対側にも同じように縄梯子が掛けられていたので、それを使って下りることが出来た。ちなみに俺が一番最初に上っている。理由だが、強度の確認とかではなく、うっかり上を見て絶景を拝んでしまうのを防ぐためである。
「順調すぎて怖いのですが……」
「諜報員の人達が上手く誘導しているのでしょうね……そうじゃなければ、とっくに見つかってるでしょうし。それと、普段ならあの仲居を怪しむところだけど……ヘルバとドルチェの2人のおかげで味方だと分かっているのも大きいわね」
「うん。『ロード・マップ』に敵対の反応は無かったから安心して」
ここまでのやり取りを話しながら、待機していたストラティオに騎乗していく。モカレートはマンドレイク達と一緒に乗り、ココリスがセラ様と一緒に、そしてココリスとシスティナが相乗りする。
「私、1人でいいの?」
「ええ。乗れるようになっても相乗りはまだ慣れていないでしょ? それに……毒を巻き散らすのに邪魔でしょ?」
「ああ……そうだね」
この後、俺達を捕まえようと追手がくるだろう。その際に、俺が誰かと相乗りしているとパフューム系を使うのが難しくなってしまう。
「じゃあ、私達が先頭を走るから後を付いて来てね」
そう言って、ドルチェ達が先頭を走り始めるので、俺達はその後に続く。街道から離れた場所をしばらく走った後、ガンドラが見えなくなったところで街道に入る。
「まだ来てないわよね?」
「うん。このまま進んで大丈夫だよ」
ドルチェとココリスのやり取りを聞きながら、俺はストラティオを走らせる。その間に『ラボトリー』のアビリティを使って様々な毒薬を作っていく。ただし、『ラボトリー』のアビリティが上がって『自動生産』という機能が付いたため、いくつかの薬や毒はゲームのように作成一覧からボタン一つで後は勝手に作ってくれるようになったので、今回の毒の作成は完全にアビリティ任せにしている。
「種子複製」
さらに、今度は木魔法で妨害に使えそうな植物を生み出していく。強い衝撃が加わると大きな音を立てて弾ける種に、成長すると鋭い棘のある蔦など、いずれも妨害に役立つ物ばかりである。
「ヘルバさんはどんなのを用意してますか?」
すると、横を走っているモカレートから声が掛かる。ただ、ストラティオの操縦と『種子複製』の2つを同時に行っているので、そちらには振り向かずに答えていく。
「狂乱、麻痺、毒、睡眠……後は物理的に爆音とスパイクの罠かな」
「物理的……薬じゃなくて何らかの武器ですか?」
「植物の種で強い衝撃が加わると弾ける物があるの。殺傷能力は無いけど、相手がストラティオに乗って追いかけてくるなら、大分有効な方法だと思うんだよね。後はバラのような棘のある植物を罠として張ったりするつもり……」
「なるほど……それって私達が投げても有効ですか?」
「大丈夫だけど?」
「じゃあ、種が作れたらこちらに渡して下さい。この子達に投げてもらいますから」
「分かった……んーちゃんには持たせないでね?」
「分かってます。ってことでんーちゃんは待機ですよ?」
モカレートの乗っているストラティオにはマンドレイク達が乗るための籠が取り付けられており、その中でマンドレイク達が士気を高めていたのだが、今のモカレートの一言でんーちゃんだけその場に崩れ落ちるのであった。
「んーちゃん。籠の底を叩くのはダメですよ?」
「自爆防止……不穏分子は排除しないとね」




