169草
前回のあらすじ「とりあえず1つ目の目的を達成」
―翌朝「ガンドラ山・エピオン大地」―
「じゃあ、行きましょうか」
翌朝、様々な問題がある中、とりあえずゾンビモンスターの調査をすることにした俺達はシスティナを連れて再びガンドラ山にやって来た。昨日の様子からして大分疲れているようだったので、宿で待っててもらおうと思ったのだが、1人になるのが怖いということで一緒に付いていくことになった。
本来、ダンジョンに入るためには冒険者ギルドに登録しなければならず、ここにいるメンバーならシスティナが未登録だったので、その登録をしてからダンジョン探索に入ることになった。もちろん偽名での登録だが。
「ねえココリス? 名前って偽名で呼んだ方がいいの?」
「別にいいわ。彼女が冒険者ギルドに入るのは今回だけ。ここの領主が黒だと分かった以上、あの頼りなさそうなガンドラ山のギルドマスターに事情を話すのは危険だわ。下手すると彼自身がギルドマスターと繋がっている可能性もあるし……」
「私が鑑定しようか?」
「しなくていいわ。それをするなら、帝国の司法関係者も同席の方がいいだろうし……システィナの身の安全も確保できた後にしないとね」
「何かご迷惑をお掛けしてすいません……」
自分が迷惑を掛けていることに謝るシスティナ。今、ニット帽に初心者向けの皮の軽装備を身に着けているのだが、昨日の痩せこけた姿ではなく、少しだけふっくらとした姿になっている。すると、肥満薬の効果が切れたようで元の痩せこけた姿になってしまう。
「あのー……また飲んだ方が……」
「少し時間を空けないといけないから直ぐには無理。それに……もう不要だよね?」
「うん。念のための変装みたいなものだから大丈夫だよ。帰り際にはもう1回飲んでもらうかもしれないけど……」
「分かりました」
「まあ……そのうち、先程より痩せた姿位には太ってもらいたいですね」
「そうね……まあ、それにちょうどいいモンスターがいるから、同じような状態の群れからいただきましょうか」
そう言って、皆してゾンビモンスターとブルー・カウを探し始める。ブルー・カウのミルクは栄養豊富過ぎて『毎日飲むのはオススメしない』と『スキャン』の説明欄に書かれてしまうほどであるが、今のシスティナにはちょうどいい治療薬である。
「それと何ですけど……皆さんのように戦えないんですが、私は何をしたら……」
「大丈夫よ。ほぼ戦わないから」
「……え?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―数時間後―
「……ダンジョン攻略ってこんな感じなんですか?」
「もっと殺伐してるんだけどね……何故かここはこんな感じとしか言えないんだよね……」
「もぉ~~!!」
ドルチェの言葉にタイミングよく鳴いたブルー・カウ。ドルチェに乳を搾って貰って無事にスッキリしたのだろう。ドルチェが手を離して、ミルクの入ったバケツを移動させるとすぐにその場を離れてしまった。その姿を見たシスティナは思わず口が開きっぱなしである。
「モンスターっていうより家畜ですかね?」
「まあ……失敗したらああなるからそうとは限らないけどね。バケツ一杯みたいだし運ぶのを手伝うよ」
「ありがとうございます」
話している間に、システィナも乳搾りが終わり、そのミルクの入ったバケツをドルチェと仲良く運んでいく。モンスターの世話をしてたためなのか、意外にも手際良く仕事をこなしてくれており、おかげでブルー・カウの乳搾りは早く終わりそうである。
ちなみに……2人が話していた失敗した奴が誰なのかだが、いつも通りにんーちゃんである。ブルー・カウにかち上げされて宙を綺麗に舞った姿はどこか芸術性のある姿であった。なお、今は仲間の1匹が看病している。
「モカレート……ちなみにだけどアレ大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。意外にもタフですから」
そう言って、乳搾りに精を出すモカレート。いつも通りのやり取りのため、特に問題が無いと判断して俺も取れたミルクを殺菌する作業に戻る。こちらをつぶらな瞳で『じーっ』とんーちゃんが見てくるのだが、お前の役割はそれだからと思ってるので無視するのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―お昼頃―
「んーー!! いい天気だね……あ~ご飯が美味しい」
「そうね」
レジャーシートに座っているドルチェとココリスが昼食のブルー・カウのミルクを使って調理したスパゲティを食べながらのんびりとしている。モカレートもマンドレイク達の世話をしながら同じように昼食を取っている。
なお、ブルー・カウのミルクは『毎日飲むのはオススメしない』ので、別の料理にする予定だったのだが、皆からシスティナのためにもと言われて作っている。決して、わざとでは無い。
「……あの。これ本当に冒険者の仕事なんですよね?」
「あはは……実は私も思ってました。話で聞いていたのと全く違っていたので……」
「ですよね? それなのにこうやってのんびりとして……豪華な昼食を食べて……」
「え? 豪華……かな? さっき手に入れたミルクと用意していた食材を煮ただけの簡単パスタなんだけど……」
「そもそもこんな具沢山の料理を食べれないですからね。『収納』を持つヘルバさんだからこそ出来ることなんですよ……」
「そうか……」
今の料理は干し肉と刻んだ野菜、スパゲティをミルクで煮込んで調味料などで味を整えたお手軽パスタである。その気になれば、精肉を使ってしっかりとしたソースを作り、パスタをほどよい食感が残る程度に茹でて皿に盛り付け、副菜にサラダとスープを用意することも出来る。俺からすれば、これは手抜き料理である。
「そういえば……ゾンビモンスターってどんなモンスターか教えてもらってもいいですか? 戦えない分、一生懸命探したいので……」
「そうだね……」
俺はゾンビモンスターがどんな特徴なのかを説明する。実際に動いている個体を見ている訳では無いので、人伝に聞いた内容ということも踏まえて話していく。
「ちなみにですけど……システィナさんが働かされた建物ではそのような生物はいましたか?」
「いないですね……私の見たモンスターは実際に生きている生物で、死んだモンスターが動いているのは……」
「そうですか……まあ、システィナさんがゾンビという言葉を聞いてあまり反応しなかった点で、それは無いと思ってましたが……」
「そうですね……実際にそんなモンスターを見たら、頭から離れそうに無いです」
彼女の言う通りで、ゾンビモンスターを実際に見たとしたら、そのビジュアルと腐乱臭で忘れることは無いだろう。だから、システィナが実際にゾンビモンスターを目にしたことは無いのは間違いないだろう。だが、『システィナが起こしてしまった石化騒動』と『ゾンビモンスターの出現』は時期的に重なっていた。それだから全くの無関係と考えるには……。
「ああーー!!」
「ど、どうしたんですかヘルバさん。大声を上げちゃって……」
「ゾンビモンスターが突如として現れて、すぐにいなくなった原因……その建物で管理していたモンスターが逃亡したからかもしれない!」
「というと……?」
「昨日、システィナが建物から脱出する際に建物内の関係者をうっかり石化させちゃったって言ってたでしょ? それのせいで一時的に建物内の管理が行き届かなくなってしまって不具合が発生した……で、働かされていたシスティナも知らないような場所で管理していた実験中のゾンビモンスターが逃げ出したとしたら? 感染して増えるようなものじゃなければ、新たに増える事も無くただ数が減って終わりのはずだろうし……」
「もしそれなら……私のせいじゃ」
「責任は全て領主持ちで! だから……」
「ここを調べても無意味ってこと?」
そこでドルチェ達が話に混ざって来る。俺は「あくまで可能性」と答えるのだが、あのギルドマスターからの話や昨日、今日の探索、そしてシスティナの証言などから「信憑性は高い」ということになった。そこで、それらを前提としてこれからの行動を話し合うことになった。
「そうなると、既に倒されたゾンビモンスターを見た方が良さそうですね。ヘルバさんなら死骸からでも調べられますよね?」
「それら全て焼却処分済みだったはずよ……こうなってくると、証拠隠滅だったのかもしれないわね」
「帝都に死骸の一部を送って無いかな? これだけの事件だから原因究明のために送らないと怪しまれると思うんだけど……」
「それなら、レッシュ皇帝に連絡を取って素材があるか確認してもいいかもしれませんね」
「……直接出向いた方がいいかも」
俺がそう意見を出すと、皆がこちらを振り向く。俺は少し間を置いてから続きを話す。
「これは明らかな組織的な犯行。システィナの働いていた期間、ゾンビモンスターの騒ぎが起きてから冒険者、聖女、帝国の兵士が妙にあっさりと引き下がったこの状況……いくらなんでも、一領主が何とか出来るような事態とは思えない。それにそのシスティナの働かされた建物の中にいる連中をどうやって集めたかも……研究者なんてそこら辺から引っ張れる人材じゃ無いしさ」
警備や管理する人材は何とか出来ても、危険なモンスターを使う実験をしていたとなると、そこそこ専門的な知識を持った奴じゃ無いといけないはずである。それを一領主が管理する領土内で見つけるというのは難しいはずだ。
「それらに詳しい研究者を派遣させた奴がいるってことね」
「うん」
俺がそう返事をすると、ココリスはしばし考えた後、「急だけど、明日帝都に向かいましょう」と皆に提案する。その意見に誰も反対することはなく、俺もシスティナの身の安全のことも考えると、一度ここを離れるべきだと思う。
俺達は念のためにダンジョン内をその後も調べ、ゾンビモンスターがいないのを確認してから温泉街ガンドラへと戻るのであった。




