167草
前回のあらすじ「フカフカ天国」
―サンパロー・シーフの群れと別れてすぐ「ガンドラ山・エピオン大地」―
「これで掛布団作って貰おうかな……軽くて暖かいと思うんだよね」
「あら、いいわね。皆はどうかしら?」
「賛成! そろそろ冬の季節になるしね……」
「あの~。私も貰っていいのですか? 何もしていないんですけど……」
「気にしなくていいよ。こういうのは分配するのが基本だから」
サンパロー・シーフの群れと別れを告げ、次の目的であるブルー・カウを探しながら、大量に手に入れた羊毛の使い方を皆と相談している。売るのもいいのだが、金銭に余裕がある今ならこれを加工してもらった方がいいだろう。
「サンパロー・シーフから羊毛を取る方法は生け捕りにして羊毛を刈り取るのが基本らしいんですけど……ヘルバさんの慈愛の心のおかげで大量確保でしたね」
「そうでしたね。彼らに対して向けた慈愛の心は聖女として学ぶことがありますね……」
「止めて。単に気になっただけだから……あの行為にそんな高尚な気持ちなんて微塵も無かったからさ」
大量の羊毛を得れたことにうきうきしている皆が喜びのあまり俺をよいしょする。実際のサンパロー・シーフの羊毛の回収方法だが、殺してしまうと途端に羊毛が劣化してしまうので、生け捕りにしてから暴れるサンパロー・シーフの毛を狩らなければならず、その間に周囲にいる仲間も襲ってくる。そのせいで、羊毛を綺麗に採取するのは極めて困難らしく、ここまでの綺麗な羊毛を手に入ること自体珍しい……という話をモカレートが仕入れていた。
「それより……今回の目的はゾンビの調査だよ? 分かってる?」
俺はここで話を変える。そもそも目的はゾンビモンスターの調査である。さらには危険なモンスターも多く生息する危険地帯である。
「そうですね……次のブルー・カウは獰猛らしいですから、しっかりしないといけませんね」
モカレートのその言葉に皆で気を引き締めるのであった。そして、しばらく道なき道を進んでいくと次の標的であるブルー・カウを見つけた。青い体をしているだけで、それ以外は普通の牛と変わらなかった……ただ、闘牛ではなく乳牛と言うのに違和感がある。
「神経質で凶暴らしいので、あまり近付いてはいけないそうです」
「ふーーん」
モカレートの説明を聞きつつ、遠くからブルー・カウの群れを観察してるのだが、確かに気性が荒そうだ。足で地面を常に叩き、互いに頭をぶつけ合って喧嘩もしあっている。角は無いが頭突きされたら大怪我は免れないだろう。
「何か変な行動をしているのは……いなそうだね」
「そうね」
皆で変な個体がいないかを確認するがそれっぽいのはいなそうである。今回は素材集めが目的では無いので、用が無ければ次の場所へと向かうべきだろう。
「皆! 後ろに1匹いる!」
ドルチェの言葉に反応して、俺達は後ろを振り返ると群れからはぐれた1匹のブルー・カウがこちらを標的にしていた。そして、そのまま突進攻撃を仕掛けてきた。俺はあらかじめ用意していた種を前にばら撒いて蔦を生み出し、それでブルー・カウを捕らえる。倒れずに立ったまま暴れているが……蔦から脱出することは不可能のようだ。
「トドメは任して下さい……皆さん!」
身動きが止れないブルー・カウにマンドレイク達と一緒にトドメを差そうと杖を構える。ふと、そこであることを思い付く。
「チョット待っててね……」
「え? ヘルバさん?」
「危ないよ?」
ある事に気付いた俺は皆の制止を振り切って、ブルー・カウの真横でしゃがんで乳の様子を伺う。
「ヘルバ……中身が男だからって、いくらなんでもその胸は……」
「何か勘違いしているけど違うからね? ほら、これって乳牛っぽいからさミルクを搾れないかなって……
」
俺はそう思って、ブルー・カウの乳に触れて搾ってみると『ピュッ』とミルクが出て来た。ブルー・カウっていうから青色かと思ったが……普通の白色で助かる。
「えーと適当な入れ物を用意して……」
俺はさっそくブルー・カウから牛乳を頂く。これがあればシチューやグラタンにドリア……などの乳製品を使った料理を作ることが出来るし、『スキャン』も利用すれば手作りのチーズやヨーグルトも作れるかもしれない。腐らない『収納』もあるのだから、ここで大量の牛乳を得ても問題無いだろう。
「何をしてるんですか?」
「ブルー・カウから牛乳を貰って、料理のレパートリーを増やそうかなって……」
「そんなことをしてる場合じゃ……」
「気にしないわ。むしろやってもらっていいわ……ねえ2人共!」
ミラ様の意見に対して、他の3人は乳搾りすることに同意する。すっかり俺の作ったご飯の魅力にハマってしまった3人。その料理のレパートリーが増えるなら喜んで協力してくれるようだ。
(チョロい……)
そんな事を思いつつ、ブルー・カウからミルクを搾り取っていく、勢いよく出てくれたのとバケツ1~2杯分ほどという少量ということもあって、あっという間に終わってしまった。
「意外に少なかったな……きゃ!?」
少量しか取れなかったことに残念に思っていたら、俺の頬を湿った何かが撫でる。一体、何事かと思って振り向くと、ブルー・カウがこちらに顔を向けていた。その様子はとても穏やかであり、こちらに敵対心を抱いている様子は無かった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……気づかなかったけど顔をここまで向けられたんだね」
俺を嘗め回そうとするブルー・カウの頭を撫でながらミラ様に返事をする。どうやら乳が張って苦しかったのを紛らわすために暴れていただけらしく、先ほどのサンパロー・シープと同様にかなり懐かれてしまったようだ。
「ヘルバ……あれなんだけど」
ココリスに呼ばれ、その指を差す方向を向くと、気性の荒いブルー・カウ達が俺の背後で一列に並んでいた。
「……どうすればいいと思う?」
「絞るしかないんじゃないかな……」
その後、列に並んだブルー・カウ達の乳搾りを、俺が皆に教えつつ協力して行って大量の牛乳をゲットしていく。その間、マンドレイク達は牛乳を鍋に入れて弱火で煮立たせないように温めていく。
「低温殺菌して腹を壊さないようにしてるの」
「へえー……ミルクって搾れば終わりだと思ってたけどこんな風に処理してるんだね」
「これ意外にもコツが必要なのね……何でヘルバはそれを知ってるのよ?」
「体験学習で実際にやったから。指導してくれたオジサンが親切に教えてくれたんだよね」
そんな昔話をしながら、のんびりと採取をしていく。終わった後、ブルー・カウ達はこちらに感謝を述べるかのように何度か頭を擦り付けて去って行った。
「そうしたら次に行きましょうか」
そして次の目的であるホッパー・ラビットを探しに向かうのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―夕方「温泉街ガンドラへの帰り道」―
「……で、どうしてこうなったのかな?」
「いや、あなたのせいでしょ?」
今日の調査を終え温泉街ガンドラに戻る帰路に就く俺達。その道中の会話は今日の成果についてだ。あの後、他のモンスターにも出会い、そしてボスのガイア・ホースも難なく倒せた。だが、ゾンビモンスターに遭遇することは無かったし、石化解除薬に使えそうな素材も見つからなかったので、目的としては未達成である。だが……今回の話題はそこでは無い。
「羊毛、ウサギの毛、ヤギと牛のミルクに鹿角に卵に……全部高値の付く状態の物ばっかりですね」
「しかも、それらが大量ですからね……戦ったのって最初のネズミとボスだけですよね?」
「そうね」
サンパロー・シーフとブルー・カウの群れにあった後、他のモンスターの群れも見つけてゾンビモンスターの調査をし続けたのだが、その際にモンスターの群れの問題を解決してあげたら、いつの間にか大量の素材を手にすることになってしまった。ミルクなんて1人で消費するなら1年分はあるかもしれない。
「あのダンジョンの素材の回収方法の一部はモンスター達のお世話をすることかもしれないね……」
「牧場の従業員になったつもりじゃないんだけど?」
「まあでも……いい金策になるし、今年の冬はいい寝具でぐっすり眠れるし、昼食が豪華になることは約束されたわね」
ココリスの言葉にここにいる全員が頷く。今日の昼食に、俺はさっそくブルー・カウのミルクを使って、フレンチトーストを作って上げたのだが俺も含めて一瞬にしてその味の虜になってしまう位に美味い物が出来てしまった。違うのはミルクだけであって、他の素材はいつも通りだったのだが……。
「あのフレンチ・トーストだけで店を開けるかもしれませんね……」
「ブルー・カウのミルクがあそこまで美味い物だったなんて……アレが毎日頂けると考えると!」
皆がきゃっきゃっと騒いでいる中、俺は『スキャン』で見たブルー・カウのミルクの情報を思い出す。「コクがありまろやかなミルクで栄養豊富……なお、毎日飲むのはオススメしない。豊満なボディになりたければどうぞ」と書かれていた……。
「ちなみにだけど……アレ太りやすいって。だから毎日飲むのはオススメしないだって」
「「「「!!?」」」」
皆が無言のまま非常に驚いた表情でこちらを見てくる。その後、週に1回ぐらいとか激しい運動した時とか皆で何やら相談している中、俺は皆の代わりに周囲の警戒を続けるのであった。
その後、特に何事もなく温泉街ガンドラへと帰って来ることが出来た。俺達はストラティオを返却した後、晩御飯と温泉を楽しむために寄り道せずに宿へと帰路に就く。
「ダメダメ! ほら行った行った!」
その途中、ボロボロのフードを被った女性が店から放り出された。昨日と同じ格好なので分かりやすい。
「その……少しでいいので……」
「ダメったらダメ!」
その店が飲食店なので残飯でもねだったのかもしれない。このような光景はこの世界では当たり前のようで、他の通行人も大して気にしている様子は無かった。聖女であるミラ様は少し動揺しているのだが、無責任な慈悲を与える訳にもいかないので大人しく見るだけだった。ドルチェ達も通り過ぎようとするので、俺もそれに従って通り過ぎようとするのだが……昨日から気になっていたので、残り1回だけ使用できる『フリーズスキャールヴ』を使って彼女の情報を確認してみた。
「ねえ! そこのお姉さん!」
彼女の情報を見た俺は、皆に相談するよりも早く店主とその女性の話に割り込む。
「え? 私ですか……?」
「そうそう……ねえ。この人ってご飯のおねだりしてたんだよね?」
「あ、ああそうだ」
「じゃあ……私が奢って上げる! 私が泊っている宿だけど……店主さんもいいよね?」
「え? それは助かるが……でも嬢ちゃん。それじゃあ……」
「じゃあ、もらってくね!」
俺はその女性の手を引っ張り、皆の元へと戻る。何の理由も話さず、突然の行動を取った俺に皆が戸惑った表情をしている。
「あ、あの……私。歓迎されてませんから……」
「大丈夫! 私が説明するから……だからお姉さん」
俺はアビリティの状態異常耐性をしっかりオンにした状態でフードで隠れた顔を見る。かなり汚れてはいるが紫色の目と薄緑色の髪をした可愛らしい女性だった。何が起こってるのか分からず困った顔をしているが……次の俺の言葉でその表情は怯えたものになってしまうだろう。
「それ。危ないから……フードは外さないでね?」
それを聞いた彼女は予想通り……いや、予想以上に怯えてしまうのであった。




